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駆除人  作者: 花黒子
~水の精霊を窺う駆除業者~
153/502

153話

「まぁ、アリアナ、今は皆で食べよう。話は後だ。せっかくの料理が冷めてしまう。いただこう!」

 ベン爺さんの一言で、サッサさんがひとくち料理を食べた。

「んん! これは美味しい! 姉様も立ってないで食べたほうがいい」

「そうね」

 女王はようやく俺から目を離し、料理を食べ始めた。

 女王が食べたことで、ラウタロや洞窟の民たちも食べ始めた。

 うちの社員たちとボウは、すでに口いっぱい料理を詰め込んでいる。

「急いで食わないとなくなるよ!」

「これは食事ではない。戦いだよ!」

 アイルとベルサが、ボウにろくでもないことを言っている。

「とにかくうまいな。フングッ!」

 ボウはとにかく目の前にある大きな魚の魔物の煮物を平らげるつもりらしい。

 メルモは温野菜のサラダの皿を抱え込みながら、さらに他の皿に手を伸ばしている。

 まずい! このままでは俺の分がなくなってしまう。

 気づけば、俺の手にはパンだけしか残っていなかった。

「セス! おかわり! 魔力切れ起こして腹ペコなんだ! 早くして!」

「私もおかわり! こっちは三日分食べ損ねてるんだから!」

 アイルとベルサは容赦がない。

 セスは早々に「こいつらは量さえ、あればいいな」と判断したのか、レンガサイズの魚肉ソーセージを幾つも空いた皿に乗せていった。うちの会社の女性陣は、皿に置かれると同時に奪うように両手で掴み、かじりついていた。その様は、まるで海賊か山賊のようだ。コップに入ったお茶がビールに見える。

 俺は隣で「う~食いきれないよ~」と言っているボウを手伝いながら、魚肉ソーセージを主食に、メルモから野菜を奪ったりした。周りを見てみたら、フードファイトになっているのは我々のテーブルだけで、他のテーブルは静かにマナーを気にしながら食事をしていた。

 そりゃそうだ。女王の御前なのだから。

 ただ、洞窟の民たちがフォークとナイフはどっちなのか、を議論する光景は、なんとも言えない残念な気持ちになった。

「うまいなぁ!」

「美味しい!」

「うまっうまっ!」

 うちの女性陣が言うように料理はべらぼうに美味い。セスに聞いてみると、料理はアプが教えてくれたそうだ。

「そうなのか。褒めてつかわす!」

 ベルサがアプを、上から目線で褒め称えた。

「美味しい料理っていうのは、作ってくれた料理人に敬意を払って、美味しそうに食べるのがマナーだからね!」

 ベルサは大きな声で、その場にいる者たちに聞こえるように言った。

「さすが元貴族の娘は言うことが違うなぁ!」

 アイルがベルサに言うと、急に周りのテーブルが騒がしくなった。

 洞窟の民たちは口々に「うまい」「バカうま」などと言いながら、料理のおかわりを注文していた。

 女王もサッサさんも気にしていない様子で、ベン爺さんは笑っていた。

 

 騒がしい昼食も終わり、後片付けをしていると、ベン爺さんが「ワシの水魔法で皿を洗おう」と言い始めた。

「先程のお礼だ。あれで、リタとレミリアの緊張が解けたんだ」

 元・水の勇者で、女王の旦那ではあるものの、ベン爺さんなので王家の面々も止めない。

「うちのベンジャミンは、顔に似合わず、家事が得意なのよ」

 女王も自慢するように言っていた。


 飯が終われば、洞窟の民たちは自分たちの仕事へと向かい、ラウタロやペドロなど代表者たちだけは残った。俺たちも、サッサさんから呼び止められた。俺たちの中に自然とボウもいる。

 回復薬を売りに向かう準備をした洞窟の民が、娼館の他に売れそうな場所について聞いてきた。

「王家の紋章でも描いて売り出せば、どこででも売れますよ。なんだったら、ラウタロさんかベン爺さんにポップでも書いてもらえば、即完売なんじゃないですか? 2人はこの国では有名な戦士たちなんですよね?」

「なるほど! ラウタロー!」

 その洞窟の民は回復薬を詰めたリュックを背負い、ラウタロの方へと走っていった。

王族が味方についているのだから、なんでも使わせてもらおう。これも南部開発機構の一端なのだから。


広場にはテーブル一台と、円卓を囲むように椅子が置かれた。

サッサさんが残ってもらった全員座らせ、女王の御者をしていた老人がお茶を入れてくれた。

「それでは、第一回南部開発機構の会議を始めます」

 サッサさんが宣言。サッサさんが会議を取り仕切るようだ。

「と言っても、見たところ報告通りみたいだけど?」

 女王がサッサさんに聞いた。

「まぁ、報告通りです。コムロカンパニーさんが短期間のうちに養魚池も畑も復活させ、回復薬の行商、さらには洞窟の民たちの治療及び社会復帰まで世話をしてくれたということです」

「私たちの仕事は報酬を出すくらいしか残っていなさそうね」

 女王の言葉にサッサさんは頷いた。

「ベルサさんが会計と聞いています。後ほど、お時間いただけますか?」

 とサッサさんが聞くと、

「ええ、構いませんよ。こちらは売れない爵位以外は、なんでも貰いたいと思ってますよ」

 とベルサが返していた。ブレないな。

「それで、先程おっしゃっていた水の精霊様をこの国から追い出すという件なんですけど」

 俺が気になっているのはこれだ。

「そうよね。それを説明するにはこのグレートプレーンズについて、説明する必要がありそうね。長くなるけど、聞いてくれる?」

 女王は砕けたように聞いてきた。

「もちろんです」

「この大草原は昔から、北東から来る魔物や北の魔法国・エディバラ、東の山脈を越えた国・アペニールの脅威にさらされてきたの。でも、南のジャングルに住んでいた星詠みの民と協力し、数々の敵と戦い、このグレートプレーンズを作ったと言われているわ」

 俺はベン爺さんを見ると「その末裔がワシだ」と言った。

「国境線を引いて、国としては成り立ったけど、魔物の脅威はなくならなかった。まだ魔王がいた時代だったはずだから」

 ボウが「ングッ」と唾を飲み込む音が後ろから聞こえてきた気がした。

「それが1000年くらい前だと聞いているのだけれど、レミリアあってるかしら?」

「ええ、そうです。1000年前に突然、南に崖ができて、星詠みの民がジャングルに帰れなくなったという歌が残っていますから」

 レミさんが説明した。

 1000年前といえば、北半球と南半球が分かれた頃だ。関係があるのかな。

「それ以降は、雨期の冠水をうまく利用して国を守っていたことが養魚池や水路の発見で、最近わかってきたことです」

「つまり、あなた達が復活させたこの避難所を1000年前の人も使っていたということよね?」

 女王が楽しそうに聞いた。

「そうです。たぶん、大平原にはこの避難所と同じような場所があったはずなのですが、未だ見つかってはいません」

「避難所なら南の崖にあるだろ? ワシらがいた洞窟が。ラウタロたちが広げたが、元々穴が空いていて、人がいたような形跡や魔石が取れるのだろう?」

 ベン爺さんが言う。

「あそこはダンジョンだった、と考えています」

「やはり勇者マルケスのダンジョンか……」

 レミさんの説明にベン爺さんが唸った。

 俺はダンジョンで暮らしているマルケスさんを思い出していた。たぶん、アイルもベルサも思い浮かんでいるだろう。不老不死のスキルを持った孤島のダンジョンマスター。また、いつか会いたいな。

「勇者マルケスが召喚されたのは300年前ね。魔王が現れ、その脅威に対抗するために異世界から召喚されたと言われているわ。そのマルケスが初代水の勇者よ。魔王を倒すため、仲間たちとダンジョンでレベルを上げた水の勇者マルケスは不老不死のスキルと一緒にダンジョンコアを取ってしまった。ダンジョンは崩壊し、今も土の中で眠っている……」

 女王が説明しながら、レミさんを見た。

「私は、彼を掘り起こしたいの。きっと彼の隣には顔のないエルフが眠っているはずだから」

 レミさんは考古学者として、俺に言った。

「その顔のないエルフって、もしかしてソニアって名前じゃないですか?」

 俺はマルケスさんに聞いたエルフなんじゃないかと思ったのだ。

「えっ知ってるの!? ああ、そうよね。吟遊詩人たちが歌にしているものね」

 女王の説明は続く。

「エルフのソニアはマルケスの恋人だったと言われているけど、マルケスと一緒にダンジョンに入った仲間でもあるの。水の精霊様はなにより2人の関係を初めは祝福していたそうなんだけどね」

「何かあったんですね?」

「2人を見て、人間に憧れるようになったのよ」

 精霊ってのは、やっぱり人間に憧れるもんなのか。

「愛に憧れ、愛に焦がれ、愛に飢えるようになった。なによりソニアの美しい顔に嫉妬したのよ」

「え!? もしかして嫉妬してソニアの顔を剥いだんですか?」

 だとしたら、怖すぎるんだけど!

「いや、そうじゃなくて。ソニアが『そんなにこの顔が良ければ、あげますよ。私が死んだ後なら、いくらでもどうぞ。その代わり、南部の冠水を止めてください』って水の精霊様にお願いしたの。当時、すでに南部と北部の格差が広がってたみたいでね」

 え? ってことは、死人の顔を剥いだの? いやいや、怖さのレベルがあんまり変わってないんだけど!

「ソニアはダンジョンで死に、水の精霊様はソニアの顔を剥いで、自分のものにしたのよ」

「ん? ってことはソニアが死んだ場所を水の精霊様は知ってるってことですよね?」

 俺が聞いた。

「そうね」

「だとしたら、レミさんは水の精霊様に場所を聞けばいいんじゃないですか?」

 マルケスさんは見つからずとも、ソニアの遺体は見つけられるはずだ。

「……それは、できないわ」

 レミさんは目をつぶったまま答えた。

「私とレミリアにとって、水の精霊様は恐怖の対象なのよ」

 女王が哀しそうな顔をして言った。

「……どういうことですか?」

「水の勇者は一代限りではなかったんだ」

 割って入るようにベン爺さんが話し始めた。

「水の勇者はどうやって選ばれると思う?」

「異世界からの召喚ですか?」

 いや、俺は勇者じゃないし、ガルシアさんは異世界から来たとは言っていなかったな。

「異世界から誰かを召喚する技術は我々にはない。神の御業とされているからな」

 確かに俺も神様に拾われた身だ。やはり異世界から召喚するってかなりの神業なんだな。

「むしろ異世界からやってきたマルケスだったから、水の精霊が目をつけ、水の勇者にしたのかもしれない。その辺りのことは我々にはわからない。ただ、二代目は、すぐに決まった」

「どうやってですか?」

「コロシアムで最も強く、魔王に対抗し得るほどの魔力の持ち主。つまり、星詠みの民の一人だ。ジャングル出身の星詠みの民は幼き頃より星の声を聞き、魔力の流れを感じ、他の民よりも水魔法をうまく操れるからな。勇者にはちょうど良かったんだろう。国の誰もが水の精霊に推薦したそうだ」

 星詠みの民のことを自慢しているのに、ベン爺さんの姿はどこか哀しそうだ。

「はなから強い者に水の精霊の加護が加われば、魔王に勝てるのも道理というものだ。すぐに魔王を討伐し、魔物たちを追い返した。ダンジョンが崩壊して3ヶ月も経っていなかったそうだ」

「悲劇はそれから始まったのよ」

 女王が右目の眼帯を外した。そこにはあるべき眼球も瞼もなく、肌色の穴が開いていた。

「水の精霊様は、勇者が愛した者の身体の一部と引き換えに、南部の冠水を止める約束を提案してきたの」

「ワシはそんな約束をしておらんがな」

 ベン爺さんは「ふんっ」と鼻を鳴らし、不機嫌そうに顔を歪めた。

「水の精霊様は美しい女性としか約束はしないのよ。きっと」

 女王は話を続けた。

「水の精霊は勇者を受け継がせることが出来ると知り、マルケスが大事にしていた『ある物』を勇者の証として代々受け継がせ、目印にしたの。勇者の証を目印に観察し、勇者が誰かを愛したら、愛した人の下に行き、提案する。そうやって身体の一部を集めて人間になろうとしているのよ」

 なにそれ、どうかしちゃってる! 身体の一部を集めたところで、人間にはなれないだろう。フランケンシュタイン的なことなのか? ヤバいよ! 水の精霊、ヤバすぎるよ!

「どうしてそんな提案を受け入れたんだ? どうして……」

 ベン爺さんは悔しそうに小声でつぶやいている。

「代々水の勇者の妻や恋人たちは、体の一部を水の精霊に捧げた。この国を愛していたからね。私もレミリアも、歴代の妻も恋人たちもね」

「……えっ!? レミさんって水の勇者の奥さんだったんですか?」

「ええ。ボリビアーノ・ホモス・レスコンティは私の元夫よ。隠しててごめんね」

 レミさんは何気ないことのように言った。レミさんの隣のリタが目を見開いたまま、固まっている。娘にも隠していたのか!?

「うちのバカ息子が迷惑をかけてごめんなさいね。親子共々、勇者っていうのは同じ場所に長く居れないらしいのよ」

 ということは、女王とベン爺さんの息子がボリさんなのか!

「考えてもみろ! 南部の冠水を止めるためとはいえ、自分が愛してしまったせいで、妻の身体の一部がなくなるんだぞ。半年も一緒に生活していると、自分を殺してしまいたくなってくるんだ」

 女王の言葉にベン爺さんが反論。

「だからって、2年も音沙汰が無いっていうのはどういうことなの!? しかも、自分だけリタちゃんの成長を見守って! 私がどれだけ我慢してきたか、わかる! 自分の孫の顔を、その成長をどれだけ見守りたかったか!」

 女王がヒートアップしてきた。

女王とベン爺さんの息子がボリさんで、ボリさんとレミさんの娘がリタというわけか。ってことは……。

「だいたい、レミリアも、レミリアよ! たとえ、うちの息子と別れてもあなたは私たちの義理の娘なんだから、もっと王家を頼りなさい! やりたいことがあれば、役所に申請しないで、直接城に申請書を持ってくれば、やらせてあげるんだから。それと、これからはリタちゃんを見せに来なさい!」

 女王の矛先がレミさんに変わった。

「はい。でも、女王陛下は公務がお忙しいと聞いて……」

「公務は公務。孫は孫よ。そこに優先順位なんてないのよ。今日、リタちゃんの成長した姿を見れて、どれだけ私が……」

 女王の目に涙が溜まっている。

「我々のバカ息子の功績があるとすれば、リタちゃんを守ったことだろうな」

 ベン爺さんがしみじみと言った。

「確かに、ボリビアーノの『あの宣言』によって娘のリタが守られたことは認めます。セイレーンと浮気して出ていったことは許しませんけど」

 今ではセイレーンの奥さんが4人もいるボリさんを思い出していた。その息子のコリーのことも。リタ、君には腹違いの弟がいるぞ、とこっそり教えたい気分だ。

「リタ! 大丈夫か?」

 突然、ボウが叫んだ。

 リタは固まったまま、青い顔をしていた。

「どうしたの!? リタ!」

 リタの顔にレミさんも聞く。

「あの、あの、勇者の証の『ある物』って、帽子でしょうか?」

 リタが王家の面々の方を向いて聞いた。

 女王は周りを見回して、御者とサッサさんに確認を取ってから頷き、

「そうよ。マルケスが異世界から持ってきた決して破けることのない帽子よ」

 と、優しく言った。

「私、その帽子なくしちゃいました!」

「「「「「えっ!!!!!」」」」」

「父さんの帽子だからと思って、ずっと花の籠の中に入れてたんですけど、最近、花を売りに行くこともなくなって。それで、気づいたら籠が家になくて、ずっと探してるんですけど」

「まずいな」

 サッサさんがつぶやき、女王もベン爺さんも慌て始めた。

 リタは泣きそうになりながら、過呼吸になっていく。

「落ち着いて。落ち着いてよ」

 そう言って黙って見ていたベルサが、立ち上がった。ベルサにしては珍しいことだ。

「リタ、よく思い出して。モラレスで花を売ってた時、私に籠ごと売ってくれたじゃない?」

「あ!」

 リタは、思い出したようにベルサを見た。

「ナオキ、籠」

 俺は言われるがままに、自分のアイテム袋からリタが花を売っていたときに使っていた籠を取り出して、リタに渡した。

「ああ、良かった」

 そう言って、リタは籠の中からビチョビチョの赤い帽子を取り出した。

「破けないから、水入れて花を挿しておいたらちょうどいいと思ったんですよ。籠の大きさにもぴったりだし。いや、勇者の証だなんて知らなくて、お母さんも被っちゃダメって言うし」

 言い訳でもするようにリタが説明した。

 どうやら、勇者の証は吸水スポンジと同じような扱いを受けていたようだ。





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[一言] ポリさんが世界一自由なクズだった事は良く分かり申した(・ω・)
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