147話
神様に通信袋で連絡して、諸々の事情を説明した。
『え~それ本当? え~ちょっと~! なんか証拠になるような情報とかない? ほらぁ、コムロ氏、環境問題とか得意じゃん!』
別に俺は環境問題が得意なわけではない。土の勇者の時はたまたまだ。
「アラル海については、たまたま知ってたってだけです。いやぁ~どうしましょうかぁ……あっ」
『どうした? なにか思い出した?』
環境問題と言われて思い出したが、グレートプレーンズの冠水の歴史について引っかかっていたことがあった。
レミさんの話だと300年前、つまり初代水の勇者ことマルケスさんがこの国にいた頃くらいまで冠水していたが、その後冠水しなくなったはずだ。100年前の探検家の日誌では「冠水していなかった」と記述されている。それから、ボリさんがいなくなった20年前から再び冠水が始まったんだったよな。
一応、ベルサに確認を取ると、「そう書いてあったね」と返ってきた。
「逆に考えると、水の精霊が300年前から20年前まで、南部の冠水を止めていたのかもしれないんです」
『ふむふむ。ということは?』
神様は面倒なことは考えたくないらしい。
そもそも、この南部の土地では冠水するのが普通で、冠水しないことが水の精霊の仕業と考えることも出来る。
「つまり、水の精霊はすでにこの国にいないかもしれません。20年前にどこかへ行ってしまった可能性もありますね」
『ええ!?』
「いや、この国の吟遊詩人たちが、ただのアホだと考えればの話ですが」
吟遊詩人たちが、いるはずのない水の勇者や水の精霊を20年間も探していたと仮定すると、とてもシンプルな結論が出る。
もちろん、かなり希望的観測だ。現実はとても複雑で、思ってもみない事実が潜んでいることもあるが、逆にとても単純だったということもよくあることだ。
『それだと、まぁ、意味はなかったね』
「神様、今、水の精霊がどこにいるかわかりませんか?」
『わかってたら、コムロ氏に頼まないよ』
そりゃそうか。
ボリさんのところにいるのか、はたまたどこか遠くにいるのか。
「でも神様、水の精霊が冠水を止めていたと考えると、とても高度な文明を破壊してしまったという証拠になりますよ。俺たちがやっていることは昔の人達が築いた文明を復活させているだけですからね」
『なるほどなぁ。じゃ、見つけ次第クビにできるわけだ』
「そうです。これは可能性の話ですけどね」
『どちらにしても、面倒だね。ま、コムロ氏頼んだ』
そう言って神様は通信袋を切った。
水の精霊がグレートプレーンズにいれば、俺たちは仕事を制限して証拠を残さないといけないし、いなければ手がかりから探さないといけない。
「うぉおおおっ! めんどくせー! マジで水の精霊どこにいるんだよ!」
「ど、どうしたんだ?」
俺がフラストレーションを爆発させた時、冒険者ギルドのギルド長・チーノがテントの中に入ってきた。
チーノは大きめの荷物を背負っている。北部の冒険者ギルドと交渉しに行ってたんだっけ。
チーノの後ろには怪訝な顔の衛兵がついてきていた。
「すんません、ギルド長。ちょっと今うちの会社で会議に使わせてもらってて、職員の2人は裏の居酒屋です」
「いや、ちょうどいい。全員揃ってるな」
チーノは衛兵に俺たちを「彼らがそうだ」と紹介しながら、荷物を奥へ持って行った。
衛兵はこちらを値踏みするように一人ひとり、じっくりと見てきた。
「パーティーの名前はコムロカンパニーでいいんだよな?」
荷物を置いたチーノが聞いた。
「そうですけど……なにか?」
「いや、お前ら収穫祭の時までいるだろ? ちょっと協力してくれ。めったに冒険者が来なかったんだが、今年はお前らがいるからな」
「祭りの手伝いですか?」
「そうだ。精霊様の護衛に推薦しようと思ってる。大した仕事は斡旋できないが、これくらいはさせてくれ」
チーノは帽子を脱いでモヒカンの髪をガシガシと掻きながら言った。
「精霊様って村の女性陣ですか?」
「いやいや、吟遊詩人たちのトップ、本物の水の精霊様だ」
本物? しかも吟遊詩人のトップ?
「水の精霊って、やっぱりこの国にいるんですか?」
「そりゃいるだろう。じゃなかったら、歴代の勇者たちの歌を誰が吟遊詩人たちに教える? 知らなかったのか!?」
チーノはかなり驚いたようだったが、何度か頷いて続けた。
「大丈夫だ。お前らなら、大丈夫。軽くその衛兵に実力を見せてやってくれ」
「それなら、問題はない。そこのお嬢ちゃんと坊っちゃん、コロシアムを荒らしまわったアイルとセスのコンビだろ?」
中年の衛兵が口を開いた。
「そうだ」
アイルが答え、セスが頷いた。
「なら、大丈夫だ。軍隊でも連れてこなきゃ誰も戦おうとはしない。吟遊詩人たちとの連携をうまくやってほしい。毎年、いざこざがあるんだ」
王都の吟遊詩人たちにも喧嘩っ早い奴らがいたな。
中年の衛兵は心底イヤそうな顔をして続ける。
「吟遊詩人たちは儀式の準備とかもあるし、忙しくてな。そのために衛兵が必要なんだが、気安く精霊様に近づきすぎる兵や、南部の民衆に舐められるような護衛をすると吟遊詩人たちから後々文句が出る。だから、その場限りの場馴れしている冒険者なんかが適役だと思ってたんだ」
「それは衛兵の質を上げればなんとかなるんじゃ……」
セスが尤もなことを言った。
「それが出来れば苦労しない」
中年の衛兵はため息とともに吐き出した。
「祭り当日は南部の貴族の私兵が豪華な装備をつけてやってくる。衛兵たちは萎縮して精霊様に近づきすぎて、また、民衆に舐められる。私兵とケンカしても後が面倒だ。それじゃ、衛兵のメンツが立たないから、手伝ってくれよ」
チーノが中年の衛兵の代わりに説明してくれた。
こちらも商売だ。付き合いもある。この先、冒険者ギルドには世話になることもあるだろう。
「わかりました。うちが引き受けますよ」
俺がコムロカンパニーの社長として答えた。
「よかった」
「なんだ、もう用が済んじまったな」
中年の衛兵は俺たちに依頼するために、モラレスまで来たらしい。
「祭りまで時間があるから何か必要なものがあれば言ってくれ。チーノに言ってくれれば、用意する」
祭りまで2ヶ月弱か。
「あの、本当に精霊様は……その、本物なんですか?」
「は? ああ、何年か見てるが本物だ。あんだけの美人はそんなにいないさ。まぁ、ボリビアーノがいなくなってから、ちょっと元気がなくなったかな」
俺の質問に中年の衛兵が答えた。
「ボリさんと知り合いなんですか?」
「お! おめぇさん、ボリビアーノ知ってんのか? この辺りで知り合いじゃないやつなんていねぇよ。今は何やってるんだか」
嬉しそうに中年の衛兵が笑った。
「世界で一番自由な干物屋をやってますよ」
「ハハハ! 相変わらず、予想外な奴だなぁ!」
中年の衛兵は「そうか、そうか」と笑いが止まらないらしい。
「信じてくれるんですか?」
「ああ本当なんだろ? 昔からそういう奴だったからな。あ、どこにいるかは言わなくていいぞ。あいつが勝ち得た自由だ。邪魔する気はねぇ、いい酒の肴が出来たよ。ありがとよ。また、祭りが近くなったら連絡する」
そう言って中年の衛兵はテントを出て行った。
吟遊詩人もいて、貴族の私兵もいて、衛兵もいて、軍もいる。軍と衛兵は違う部署で同じ組織かな?
「なんだかややこしいことになってきたなぁ~。とりあえず、会議終了。皆、あんまり仕事はやる気出さないようにね」
「「了解」」
「「OKです」」
片付けて、冒険者ギルドを出ることに。
「すみません、勝手に場所借りて」
冒険者ギルドのテントを出る時にチーノに挨拶をする。
「いや、いいんだ。頼むな……この国を」
チーノは何かを含んだ言い方をして、俺の背中を押してくれた。