140話
俺は街道から少し離れた人の行き来がないところを走った。
「ナオキくん、そのアイテム袋バレてるかもね!」
背中のレミさんが言った。
「やっぱりそうですかね。でも、軍の輜重部の人にアイテム袋は見せられないなぁっと思って」
「ん~確かに! アイテム袋なんかあったら、輸送する仕事なくなっちゃうものね!」
「あ、そうだ。ちょっと向こうに連絡します」
そう言って、俺は走りながら、通信袋を取り出してセスに連絡した。
「セス!」
『あ、社長!どうでした? うまくいきました?』
「うん、今、査察官の人がモラレスに向かってる。3日後にモラレスで待ち合わせってことになってるんだけどさ。先に俺とレミさんが避難所の方に戻るから」
『そうなんですね。今日、帰ってきます?』
「どうだろうな。明日の朝までには帰るよ。それより、洞窟の民たちの交代、まだだよね」
『ええ、ベン爺さんが仕事の割り振りを決めているところです』
「そうか、ちょっと洞窟に帰る前に、回復薬作り教えるから待っててもらえるかな」
俺は考えていた計画を話す。
『回復薬ですか?』
「うん、この国の医療がグズグズだってことがわかったから、洞窟の民たちが薬売りになって各地に行けば、結構儲かると思うんだよね」
『なるほど、わかりました。薬草はどうします?』
「俺が採取しながら帰るよ。アイルたちにも暇な時に採ってきてもらうよう言っておいて」
『はい、OKっす!』
「宴会してもいいから、空き瓶集めておいてね」
『おおっ! 皆さん、今夜は宴会でーす!』
通信袋から『『『おお~~~!!!』』』という声が聞こえた。
「じゃあ、また何かあれば連絡して~」
『は~い』
通信袋を切った。
「回復薬作り?」
レミさんが聞いてきた。
「ええ、洞窟の民たちが一人一人薬屋になったら、食い扶持も出来るし、国の医療にとっても良いと思うんですよね」
この国では、コロシアムがあってけが人が多いのに、教会が少ないし、回復薬も高価だ。需要があるのに、供給がない。なら、そこを狙っていけば稼げそうだ。
戻ったら、やるべき仕事が多そうだ。
自然と走る速度が上がった。
「ひゃっほ~~~!!!」
背中のレミさんが楽しそうに叫んだ。すっかり俺のスピードに慣れてしまった様子。
かなり飛ばしたので、夜中には避難所に着いた。飯とトイレ休憩以外はほぼ走っていたが、レミさんは俺の揺れる背中で爆睡するという荒業も見せていた。
「ああ、着いた?」
「ええ、着きました」
避難所は宴会中で、すでにほとんどが酔いつぶれているようだ。
「あ、社長! 帰ってきたんですね。先輩たち起こさなくちゃ」
メルモが、眠そうに目をシパシパさせながら、アイルとベルサを起こしに行った。
「メルモちゃん、うちのリタどこにいるかわかる?」
「向こうの小屋にいますよ」
レミさんの質問にメルモが答えた。レミさんは「じゃ、私は休むわ!」と言って、奥のリタがいる小屋へと向かった。
避難所の住居は随分立派になっていて、洞窟の民たちは藁葺き屋根の下、ハンモックで眠っていた。
「お、社長じゃないか。帰ってきたんだな。駆けつけ一杯、ほら」
起きているのはラウタロなど、筋肉ムキムキで体力が有り余っている奴らばかりだ。
広場に集まり、酒瓶を次から次へと空けている。その空き瓶をセスが回収していた。
「あ、社長。すみません。飲み過ぎました。とりあえず、寝ていいですか?」
「ああ、寝ろ寝ろ。後やっておくから」
「すみません。回収した空き瓶は広場の真ん中に集めておきましたから」
そう言ってセスは近くの小屋のハンモックへ向かった。
俺は広場の真ん中に積まれている空き瓶をアイテム袋に、ポイポイ入れていった。
「おお、やっと帰ってきたのか」
「うまくいったのか?」
ベルサとアイルが頭と尻を掻きながら、近づいてきた。
「うん。3日後、いや、もう2日後か。モラレスで査察官たちと会うことになってる」
そう言いながら2人にクリーナップをかけてやる。
「ああ、久しぶりのクリーナップはいいな」
「やっぱり、風呂が欲しい」
「わかった。明日、作ろ。それで、どうかしたのか?」
わざわざ俺を迎えるために、メルモに起こしてもらったわけではないだろう。
「ああ、どうせ走ってきただけで、体力は未だあるだろ?」
「うん、そんなに疲れてないよ」
アイルの質問に答える。実際、走っていただけなのでさほど疲れていない。
「だろうと思って、私たちは先に酔いつぶれてたんだ」
「帰ってくる途中で、見たと思うけど、水路は完成した」
暗かったため、肉眼ではほとんどわからなかったが、探知スキルで見ると確かに川から避難所に向かって水路が完成していた。畑も耕しているかはわからなかったが、すでに手が入っているようだった。
「ああ、見たよ。畑は、あれもう耕してるのか?」
「うん、種まきも終わってる。あとはマテ(トマトのような植物)の苗を買ってこようと思ってる」
アイルが答えた。仕事が早い。
「養魚池の方は?」
俺はベルサに聞いた。
「言われた通り、水の中で生きてる虫系の魔物を入れた。それで窒素だっけ?」
「ああ、悪い。説明するよ。通信袋で言っただけじゃわかんないよな」
「うん、そうなんだけど。ちょっと見てもらいたいものがあるんだ」
「ん? なに?」
「ちょっとついてきて」
そう言うとベルサは養魚池とは反対側、川の方に向かって歩き始めた。
「養魚池じゃないのか?」
「うん、こっち。アイル、魔石灯点けて」
アイルが、いつの間にか手に入れていたランタンのような魔石灯を持って魔力を込めると、辺りが明るくなった。
どうやら俺に見せたいものは避難所の外のようだ。
黙ってついていくと、渡り鳥が眠る沼に着いた。モラレスの男たちが網の罠を張って捕まえていた沼だ。
「見せたかったのはこの沼?」
「そう。どうして渡り鳥がこの沼に来ると思う?」
俺の質問に答えたベルサが、クイズを出してくる。
「どうしてって、繁殖のためだろ」
「うん。なら、渡り鳥たちはどうしてここを繁殖場所に選んだと思う?」
どうして?
「豊富な食料があるから? 魚の魔物? ……まさかっ!?」
「この沼の奥にもう一つ沼がある。そっちは水草だらけ」
「この沼は浅いところはくるぶしくらいしかないけど、深いところは私の身長よりもある。ちょうど、養魚池と同じくらいの深さなんだ」
ベルサとアイルが答えた。
「じゃ、この沼は養魚池と同じ作りの人工の沼だってこと!?」
「そう。実は2つの沼は水路で繋がっている」
避難所の養魚池よりも遥かに大きい。300年以上前の文明ってどんだけ進んでたんだよ!
「今、沼を繋ぐ水路は枯れ枝で塞がれてるんだけど、年に一度冠水する時に、一気に水が流れて水路が繋がるらしい」
「この沼は古代の養魚場で、避難所の養魚池のモデルになると……」
俺は唖然としてしまった。
「そう。この沼ではほぼこの魚の魔物しか獲れない」
そう言ってアイルが、アイテム袋から大きな魚の魔物を取り出した。
俺はそれを受け取って、魔石灯の明かりを当ててよく見た。重さは1キログラム程だろうか。鋭い歯が特徴的な、大きなピラニアという印象だ。
「モラレスの男たちはカプーと呼んでいた。睾丸を噛みちぎられるらしいから、モラレスの男たちはあんまり沼の深いところまで行かないそうだよ」
マジかよ!
「このカプーは、20年前の冠水が始まる前までは、こんなに大きく育ってなかったってベン爺さんが言ってた」
冠水が原因で育っちまったってことか?
「水草には、マルケスさんのところのキノコと同じような効果があるのかな?」
「まだ、なんとも言えない」
俺の疑問にベルサが答えた。
「この沼ではカプーしかいないけど、養魚池の底を掃除した時、いろんな魚の魔物の骨があったでしょ?」
「確かに、そうだったね」
「私、もう一回、ヘドロを出してよく調べてみたんだ」
ベルサの探究心には頭が下がる。
「ヘドロの中には、このカプーよりも、もっと大きな骨もあったけど、今じゃグレートプレーンズのどこにもそんな大きな魚の魔物はいないんだって」
「じゃ、どこから持ってきたの?」
「わからない。可能性があるのは崖の上かな……」
アイルが答えた。崖の上、つまりジャングルか。
「そう考えると、仮説が立つんだ」
ベルサが人差し指を立てて言った。
「仮説ってどんな?」
「300年以上昔、草原のグレートプレーンズの民と崖の上のジャングルの民とは交流があったと考えられる。グレートプレーンズの民はジャングルの魚の魔物を買い取り、今は避難所になっている養魚池で実験して、もっとも養殖しやすい種の魔物が選別されていたんじゃないかと」
「それで、カプーが選ばれ、この沼で繁殖させることになったんじゃないかってことか。あり得る話だな。ただ、ジャングルに民はいなかったよな? 廃村はあったけど、それも海辺だったし。 あれ? でも、星詠みの民の歌で、自分たちはジャングルからやってきたって歌ってたような……」
「本当か!?」
「明日、ベン爺さんに聞いてみよう!」
そういうことになった。




