14話
翌朝、二日酔いの頭を、魔法陣で一瞬で治し、エルフの薬屋に戻った。
カミーラにセーラとバルザックのことと、旅に出ることを告げる。
「なんで!? 意味がわからない!? なんで? はぁ!?」
大混乱で、老婆の姿から若い姿に変わってしまった。
「この世界を旅して、いろんな町や景色を見て、また戻ってこようかと思って」
「そう。じゃ最終的に戻ってくるのね! 絶対ね!」
「そうするつもりだよ」
「つもり? だいたい何年、旅に出る気?」
「さあ? とりあえず、セーラとは7年後に会う予定だけど」
「7年? そんな旅してたら私老けちゃうんだけど?」
「ん? 老けてもいいんじゃない? ていうか、カミーラはエルフだから、そんなに老けないじゃん」
「気持ち的によ! 気持ち的に! はぁ~~あ、もう。あんたはそういうやつだと思ってたわよ! 全く!」
「じゃ、そういうことだから払ってた家賃はバルザックが困ったら、助けてあげて」
「私が助けられる可能性のほうが高い気がするけど、わかったわ」
2階の自室に行き、荷物をまとめる。
セーラも自分の荷物をまとめながら、いちいち溜め息をついている。
「やっぱり、魔法学院に行かなくてはいけませんか?」
セーラがポツリと呟いた。
「ん? なんだ? 不安なのか?」
「いや、そういうことではないんですけど」
「大丈夫だ。たとえ退学になっても、7年後には会いに行くから」
「そんなこと言って、ナオキ様は忘れるんですよ、きっと私のことなんか」
「め、めんどくさいやつだな。よしわかった」
俺は巾着袋に、魔石粉を溶かした水に浸けた糸で魔法陣を縫った。
工作技術10だと、5分で2つ仕上がった。
「いいか、これは魔力を込めると、俺と通話が出来る袋だ」
「え!?」
「まぁ、寂しくなったり辛くなったら、俺に連絡しろ。ただし頻繁には駄目だ。多くても1ヶ月に1回のみ。そして、俺の時間が空いてる時だけだ。これなら旅の間でも俺と連絡が取れる。どうだ?」
「これさえあれば、どこでもいつでもナオキ様と連絡が取れるわけですね!」
セーラは俺から奪い取るようにして通話袋を受け取った。
「手紙は? 手紙はありですか?」
「俺からは出せるけど、セーラからは受け取れないよ。居場所が確定しないからな。長期滞在する時は連絡する」
「わかりました。絶対ですよ! 絶対連絡してください!」
「わかったよ」
セーラは袋の紐を首から下げ、インナーの中に仕舞った。
旅支度が済むと、そのまま町の共同墓地へと2人で向かう。
墓地の横に家が隣接され、そこがバルザックの新居となるらしい。
ドアをノックすると、マスクのように手ぬぐいを顔に覆ったバルザックが現れた。
「あ、ナオキ様、セーラも、ようこそ。ちょっと今散らかってますが、どうぞ」
バルザックは快く家の中に入れてくれた。
家の中はかなりホコリだらけで、台所も油汚れが酷い。
俺は生活魔法のクリーナップを家全体にかけた。
ホコリも汚れも綺麗さっぱりしたが、今度は隙間風が吹いてきた。
板や土で壁の隙間を塞いでいく。
ちょうど粘着性のある板を持っていたので、虫対策として隅の方に仕掛けておいた。
バルザックにも通話袋を作って渡す。
「この通話袋に魔力を込めて話すと、俺とセーラに連絡が取れるようになる。寂しくなったり辛いことがあった時はこれで連絡してくれ」
「わかりました。この前のとは違い、期限はないんですね」
バルザックにも渡しておけば、セーラも恥ずかしがって、そんなには連絡してこないだろう。
「どうだ? やっていけそうか?」
「まだ、わかりませんよ。でも、なんとかしてみます」
バルザックはにっこり笑って返す。
「そうだな。バルザックは大丈夫そうだよな。問題はセーラだな」
「私ですか? 大丈夫ですよ」
ふくれっ面のセーラが言う。
「まぁ、王都の魔法学院っていうくらいだから、優秀なやつや嫌なやつもいるかもしれない。イケメンだってたぶんいるだろう。見識を広げておけよ。その内、旅の途中で王都に立ち寄るかもしれないからな」
「ほ、本当ですか!? 私、頑張ります!」
今朝、ギルドの教官にはセーラの推薦状を魔法学院に送ってくれるよう頼んだ。
行けばなんとかなるだろうくらいにしか思っていない。
「あ、そうだ。はいセーラ」
俺は有り金が入った財布袋をセーラに渡した。
「何かと入用だろ?」
「え? でも、こんなにはいただけませんよ。それにこのお金が無くなったらナオキ様は一文無しじゃありませんか?」
「大丈夫。俺はギルドから報酬を取り立てればいいんだから。必要な物は買っておきなさい」
「ありがとうございます」
セーラは財布袋をカバンの奥の方に仕舞っていた。
「それじゃあ、セーラの奴隷印も消しておくか?」
「え? 今ですか?」
「うん、肩見せて」
セーラは顔を赤くして肩を出した。
奴隷印に解呪の魔法陣を描き、一瞬で消す。
「これで、セーラは俺の奴隷じゃなくなった。魔法学院でも奴隷としていじめられることもないだろう」
「これで自由なら、ナオキ様に付いていく自由もありますよね?」
「そしたら一生口利かない」
「わかってますよ。冗談ですよ。才能あるみたいだし、魔法の勉強します。でも、絶対会いに来てくださいね」
「さて、そろそろ行くか?」
ギルドに寄ってアイリーンに挨拶する。
セーラは後日、馬車で王都に向かうことになったそうだ。
それまではバルザックの家か、エルフの薬屋に泊まることになる。
「では、俺が一番早く旅立つことになったな」
「初めはどちらへ行かれるんですか?」
バルザックが聞いてきた。
「港町がある南へ行こうかと思ってるんだ。地図が欲しいんだけど、あればいいなぁ」
「遠くへ行ってしまうんですね?」
寂しそうにセーラが言う。
「いいじゃないか、直ぐに連絡は取れるんだから」
「それはそうですけど……」
セーラの頭をゴシゴシ撫で、ちょっと早いが出発することにした。
あんまり長くいると出て行くタイミングを失いそうだ。
町の出口にはセーラとバルザックの他に、アイリーンやカミーラも来ていた。
俺が町を出ると聞いて、牧場の羊の獣人たちも来てくれた。
皆、同じツナギ姿だ。
「いやー冬になる前に旅立つんだね。これを持って行ってくれよ」
羊の獣人が暖かそうなマントをプレゼントしてくれた。
マントは丸めてリュックの上に乗せて縛る。
「じゃ、行ってくる!」
「「「「いってらっしゃーい!」」」」
別れはあっさりしていたほうがいい。
セーラは涙を流していたが、湿っぽくなるのは嫌だ。
手を振って、歩き出したあとは振り返ることなく、まっすぐ街道を進んだ。
疲れれば休み、飯を食べる。
魔物への警戒は怠らず、常に探索スキルを発動している。
たまに行商人の馬車が通るが、乗せてもらうことはなく、自分の足で歩いた。
こういう旅がしたかったのだ。
たとえ、誰かが後ろをついてきていようと、だ。
セーラはバルザックと一緒にいたので違う。
向こうは姿を見せる気はないようだ。
なにか仕掛けてきたら、対応しよう。