137話
宿に帰り、役所の職員への対策を練る。
嘆願するだけなら魔物でも出来るということで、計画書や成功の見込みなどの詳細を決めながら書いていく。
レミさんは「南の領主は資料なんかほとんど目を通さないから」と言い訳しながら、エサの量や必要な人員と日数などをキレイな羊皮紙に書き込んでいく。実際のところ、計画通りに行くとは限らないし、失敗することも考えると、経費は多めに申請しておきたい。
「エサの量……?」
なにかが俺の中で引っかかった。
「なにかおかしな所でもあるの?」
「なにか見落としてるような……いや、なんでもないです」
結局、引っかかったなにかの正体は、この時わからなかった。
「エサはチョクロを潰して練ったものでいいのよね」
チョクロとはとうもろこしに似た雑穀類で、グレートプレーンズではよく食べられている。
「いいと思いますよ」
「水路の方の畑でチョクロを育てるとして、初期のエサは買うとして、結構な量が必要よね」
「そうですね」
養魚池を作るとして、運用していかないといけないのだから経費がかかるのは当たり前だった。どうやら、俺は人員のことしか頭になかったようだ。
詳細が書けたら、インクを乾かして、すぐに役所に持っていく。
すでに日は高く、役所の前には列ができていた。
最後尾に並び、順番を待ち続けた。役所の職員たちは、カウンターに何人もいて、順番に捌いている。
1時間ほど待ってようやく順番が回ってきた。俺たちはウロコのある獣人の職員に計画書など書類を見せながら、養魚池の説明をした。
「これは、どの種族がやるんだ?」
「種族?」
職員は爬虫類系の獣人の男だった。
「種族は関係ないんじゃありませんか? 皆、水の勇者や水の精霊ですよ」
レミさんが説明した。
「水の勇者など関係ない。ウロコのない種族はすぐに水の中で、病気にかかるからな。こういう水関係の計画ではニュート族やタートル族などを雇ったほうが間違いがない」
水の中での病気って水虫とかのことを言っているのだろうか。
どちらにせよ、かなり偏った職員のようだ。
「種族差別ですか? ウロコのある種族だって、ウロコにカビがはえることだってあるじゃないですか」
「なんだ、君たちはそんな身体にカビが生えるような環境で働かせる気か!? 話にならん! 却下だ! 次!」
「ちょっと待って!」
「いいか! 嘆願書を持ってくるのは君たちだけじゃない! いったい何人待っていると思ってるんだ!?」
職員が指差した先では、列に並んで人たちがこちらを睨んでいる。
「ほら退いて! 次の方どうぞ!」
俺とレミさんは役所を出るしかなかった。
「ここに来て種族差別だなんて……」
レミさんはため息を吐きながら言った。
獣人差別があるとは聞いていたが、ここまで露骨なものだとは思っていなかった。
「でも、諦めないわ! せっかく王都まで来たんだから!」
レミさんは前向きだ。
「そうですね。役所の職員さんも皆、ウロコ持ちの獣人ばかりではなかったようですし、今日の人に当たらなければ、対応も変わってくるかもしれませんし」
「そうね!」
俺たちは元気をつけるため定食屋に入り、ガッツリとした肉定食を食べた。
二人とも、そんなに若くなかったため、しっかり胃もたれした。
宿に帰り、計画書を確認し、養魚池や水路が完成した際、南部にどれだけの影響があるのかを予測していった。水路によって畑の整備が上手く行けば、それだけでも食料の備蓄が増える。もちろん南部にいる人たち全員がそれで雨期を乗りきれるとは思わないが、成功事例のモデルケースがあれば、広がる可能性が出てくる。雨期に北部の劣悪な環境で働く必要もなくなる。
俺とレミさんは夕食も忘れて、案を出し合った。かまぼこやちくわなどの特産品を作ることで、需要を生み出したりする方法も考えたが、決定打にかける。
結局、職員が食いつくような案が出ないまま、できるだけツッコミどころがないような計画書を書いた。
明日も朝一で役所に向かうことにして、早めに就寝。
翌朝、前日もいた掃除の中年男性がいた。
「おはようございます!」
「おはよう。今日も来たんですね?」
「ええ。どうも落ち着かないので、手伝って良いですか?」
「ああ、もちろん」
正直、不安でしょうがない。ちゃんとした計画書を書いたつもりだが、見落としていることは多い気がする。
「うまくいってないのかい?」
渋い顔をしながらクリーナップを地面にかけていたら、中年男性が話しかけてきた。
「そうなんですよね。昨日は昼にも来たんですが、なかなか嘆願書も計画書も受け取ってもらえず……」
「頭の固い連中だからね。あれ!? お連れさん大丈夫かい?」
中年男性に言われて、役所前のベンチに座っていたレミさんを見ると、腹を押さえて具合悪そうにしていた。
「レミさん! 大丈夫ですか!?」
「ナオキくん……お腹すいた……」
「あ、忘れてた! 昨日、夕飯も食べてなかったですもんね」
俺は急いでアイテム袋からセスとメルモが作ってくれた料理を出して、ベンチに広げた。
「あ、食べます?」
中年男性がこちらをじっと見ていたので誘った。初めは遠慮していたものの、匂いに釣られたのか、「頂いていいですか」と料理を手に取った。料理は餃子のような形の大きめのパンで、中には肉や野菜のスープが入っている。スープは温かく非常に美味しい。
「これは美味しい! 是非ともこれを調理した人にお会いして、褒め称えたい!」
「そう言ってもらえると、本人たちも喜びます」
「あなたたちは、いつもこのような料理を食べてるんですか?」
「まぁ、だいたい」
「羨ましい限りだぁ」
「そうですかね、ハハ」
「発想が素晴らしい! スープをパンに浸けるのではなく中にいれてしまうなんて……あ、失礼、飯のこととなると興奮してしまって」
「いえいえ。料理人さんですか?」
「いやぁ、私は料理人になりたかったけど、なれなかった口でね。いやぁ、お恥ずかしい。サッサです。サッサ・ティアゴ」
中年男性が自己紹介して、握手してきた。
「ナオキです。ナオキ・コムロ」
「レミです」
「早起きすると良いことがあるんですね」
その後、サッサさんに、王都の美味しい食堂のことや、コロシアムについて聞いていたら、職員が出勤してきた。
サッサさんはお礼を言いながら去っていった。
朝の職員は厳しい人族で、
「この人員の南の洞窟の民とは誰だ? 得体のしれない奴らを使う理由はなんだ? なぜ奴隷を使わない。経費の無駄だ。そもそも、南部の公共事業で業績を上げているものなどほとんどない。うまくいくとは思えないな」
と、却下した。
「過去の南部の公共事業は、自分たちとは全く関係ない」という抗議は、聞き届けられなかった。
「今日は少し休みましょうか?」
レミさんは少し頭を休めたいようだ。
「そうですね。せっかくなんで観光しませんか?」
「いいわね!」
落ち込んでいたレミさんがちょっと元気になった。
噴水や大きな戦士の像などのランドマークを、道行く人に聞きながら見て回っていると、この前会った盗人の一人が道に転がってきた。
「釈放だ! 次はないぞ!」
衛兵が詰め所から叫んでいた。
盗人は服はボロボロで顔もボコボコ。腕も折れてるようだった。
「おい、大丈夫か?」
盗人とはいえ、あんまりだったので一応、声をかけた。
「お前は! いてっ!」
盗人は口が切れているようだ。
「教会行って治してもらえよ」
俺は盗人の横を通り過ぎた。
「うるせーよ……」
盗人はヨロヨロと家の壁に手をついて立ち上がって、俺たちとは反対側へ歩き始めた。
「ナオキくん。教会じゃケガは治せないのよ」
「え? なんでですか? 教会の僧侶なら回復魔法くらい使えるんじゃないんですか?」
「あー、えーっと、教会が吟遊詩人ギルドになってるって話はしたわよね?」
「ええ、でも、一人くらい僧侶がいるんじゃないんですか?」
「その僧侶が回復魔法を使えるとは限らないのよ。前は星詠みの民がまじないで治すこともあったんだけどね。今の吟遊詩人たちは歌しか歌えないから……」
なんだそりゃ。この国、大丈夫か?
「じゃ、ケガしたらどうするんですか?」
「薬屋で回復薬を買うか、自分で薬草を探しまわって見つけるしかない。どちらも、大変なんだけどね」
マジかよ。養魚池作る前に診療所を作ったほうがいいんじゃないか。
「おい、これ塗っとけ!」
俺はアイテム袋から塗るタイプの回復薬を取り出して、盗人に放り投げた。
盗人は回復薬を受け取って俺を見ていたが、関わると面倒くさそうなのでとっとと立ち去った。
俺たちは、サッサさんが言っていたことを思い出してコロシアムへと向かった。
昔の戦争を再現した演劇っぽいこともやるようで、人殺しばかりしているわけではないらしい。基本的に戦闘不能にしてしまえば終わりで、よっぽど汚い手を使ったりする選手は観客から「ギルティ!」と言われ殺されると言っていた。強ければ軍にスカウトされるし、弱くてもこれから強くなっていけばいいという精神が王都のコロシアムにはあるのだとか。俺が想像していたコロシアムとは違っていた。
コロシアムに近づくと、普通に奴隷が売られている広場に出た。
奴隷たちは鎖をつけられ、ほとんど裸だ。
筋肉ムキムキの奴隷もいれば、女の奴隷もいた。
実際に文化として根付いているとはいえ、あまり見て面白いというものではない。買っても、仕事が見つかるまで責任を取らないといけないことは経験済みなので、スルー。
コロシアムの入り口で金を払い中に入る。
円形闘技場で、魔王軍に立ち向かった二代目の水の勇者の演目が披露されていた。
途中から見たのでなんだかよくわからなかったが、観客たちは興奮していたので、きっと面白い演目なんだろう。
ただ、魔王に勝利したはずの水の勇者役に魔物が噛み付くハプニングがあり、闘技場中が一気に恐怖のどん底に落ちたような地獄絵図と化した。
すぐに控えていた戦士が魔物を倒し、勇者役は助けられた。ハプニングが演出だったのかどうかはわからないが、観客は腰を抜かす者や失禁する者が多く、拍手はまばらだった。
俺とレミさんは臭いし、なんだか白けてしまったのでコロシアムから出ることに。
アンモニア臭のする観客席を離れ、コロシアムの出口に向かっている最中に、俺はあることに気がついた。
「アンモニアだ!」
「え!? なに!?」
「あ~~! そうかぁ俺はバカか。レミさん、養魚池のエサ代、必要ないかもしれません」
「え!?」
「ヘドロがあったわけじゃないですか。あ~何やってんだろう~」
俺とレミさんは急いで宿に帰った。
アイテム袋から通信袋を取り出し、ベルサに連絡する。
「ベルサ」
『どうした? ナオキ』
「重要なのは環境を作ることだったんだぁ~~」
『はぁ? また、何か変なこと言い出したな』
「俺も人から聞いた話だからよくわからないんだけど、そう考えると水草もヘドロも全部繋がるんだ。マジで古代人頭良すぎて、意味がわからねぇ!」
『こっちはナオキの言っていることがわからないよ!』
「窒素だ。窒素」
『チッソ? なにそれ?』




