136話
レミさんと街道を北に進む。
歩く速度は遅く、何人もの商人や馬車が俺たちを追い越していった。
「ごめんなさいね。歩くの遅いかしら?」
何人目かの商人に追い越された時、レミさんが気を使って声をかけてきた。
「問題ありませんよ。俺たちは目的を持って旅をしてますが、俺が旅に出るきっかけは世界を見たかったからなんです。いつも走ってばかりでよく見れてないんで、こういう旅はありがたいです」
「そう。やっぱり遅いのね!」
少しムッとしてレミさんが言った。
「いやいや、そういうことじゃなくて!ゆっくり行きましょうよ。自分たちのペースで!」
慌てる俺にレミさんは顔を伏せて笑った。
からかわれているようだ。
「ふっふっふ、ナオキくんはそんな感じよね?」
「どんな感じですか!?」
「雰囲気を大事にしているっていうか」
「殺伐としてもどうにもならないですからね」
そう言いつつ、俺は拾った小石を投げて、街道脇にいたアルマーリオを仕留めた。畑を荒らす害のある魔物だ。
「食べます?」
「ふっふっふ、ええ、お昼に頂きましょう」
レミさんとの旅はこんな感じで、駄弁りながらゆっくり北を目指す感じで、なんだか親戚のおばさんと旅をしているような気になった。
盗賊が出ても特に慌てることなく、辛いスプレーを顔に掛けて悶絶しているところをロープで縛ったり、魔物が出ても音爆弾で仕留めたりしていた。
モラレスの北の町に着いて宿に泊まる時、レミさんが義足を外して、マッサージをしていたので塗るタイプの回復薬を渡すと「これ効くわね!」と喜んでいた。
夜は飲みに出かけた。
「リタがいないからね!」
レミさんが居酒屋に案内してくれることに。
町の道は良く整備されていて、夜でも石に躓くというようなことはなかった。
「グレートプレーンズの国民は北部と南部って分けるわね。この町は南部。王都は北部で、まだ先。ここよ、この居酒屋!」
レミさんが俺にいろいろ教えてくれながら、歩いていると目当ての居酒屋に辿り着いた。小さな居酒屋で、奥には小さなステージがあり、弾き語りのおじさんが弦が多いギターのようなものを弾きながら歌っていた。客は多く、俺とレミさんはカウンター席を見つけて座った。
「このお店は本物の歌が聞けるから人気なの」
店主に果実酒を頼んだ後、レミさんが言った。
「本物?」
「勇者の恋物語じゃなく、国の歴史や、遥か昔に戦った戦士たちの話。星の巡り方。今歌っている人は星詠みの民よ」
ベンさんたちと同じということだ。
弾き語りのおじさんはキレイな歌声で、千年前、大きな天変地異があり世界が分かれてしまったと歌っていた。星の巡りから、2つの世界が一つになるのは近いという。北半球と南半球のことだと思っていたら、グレートプレーンズの2つの世界とは平原とジャングルのことだという。建国の民たちは元々ジャングルにいたそうで、故郷のジャングルに思いを馳せる歌になっていった。
歌が終わると、居酒屋にいた人たち全員が拍手を送っていた。
「歌は何も恋物語ばかりではありません。どうか今日の歌を、仕事中でも食事を作っている時でも、寝る前にでも思い出してみてください」
そう言って星詠みの民のおじさんは、にっこり笑って出て行った。
酔いつぶれることもなく、いい気分で宿に帰った。
「この国はどこかおかしい……」
ベッドに寝転んだレミさんが言う。
「皆、おかしさに気づいていながら、言えないでいるのよ。だから、あの居酒屋には人が集まるの」
窓の外では、相変わらず吟遊詩人が勇者の恋物語を歌っている。
恋の歌は前の世界でも人気だったが、確かにそればかりではどこかおかしい。この町の人も気づいているのか、誰も足を止めて吟遊詩人の歌を聞いてはいない。
「明日から、背負子に乗ってもいい? できるだけ急ぎたいの」
「ええ、もちろんいいですよ」
翌日から、レミさんが背負子に乗ったため、進む速度が一気に上がった。
いくつかの町を通り過ぎ、コロシアムの観光もしなかった。
街道を急ぐ俺に、馬車に乗った商人たちが度々話しかけてきた。速度が異常なのだそうだ。病気の母親を王都の薬師に見せるために急いでいるのだと、適当なウソをついているとレミさんも咳込んだりして合わせてくれた。
北部に入ると、草原だけでなくちょっとした崖や森も出てきた。森で見つけた気になる、つまり毒草っぽい草は採取しておいた。
日が暮れると、近くの町で宿をとった。
北部の町の夜は騒々しかった。
「コロシアムの試合を見た興奮が冷めていないのよ」
レミさんの言うように、町の中心にはコロシアムがあり、周囲の居酒屋では盛大な宴会が開かれていた。観客たちは今日行われた試合について語りあっているようだ。
中心から少し離れた場所に俺たちがとった宿があり、近くには三角屋根の家が建っているのが窓から見えた。
「あれは教会ですか?」
「今はほとんど吟遊詩人ギルドの建物のはずよ。一応、中には僧侶もいるし、懺悔がしたいなら聞いてくれると思うけど、ナオキくんってそんなに信心深かったの?」
「神はいると思ってますよ」
実際会ってるし。
「へぇ~意外!」
「神は必要な時に頼ることにしてるんです」
「いいわね!私もそうしよ!」
俺は本当に頼る気でいるけど。
夕飯は宿の食事がまずそうだったので、アイテム袋からセスとメルモが作った料理を食べた。
夜中に鐘が鳴り響き、騒々しかった町が静かになった。通りには同じような鎧を着た男たちが歩いているのが見えた。
「軍隊……?」
俺の疑問に回答はなかった。振り返るとレミさんは眠っていた。
翌朝、宿を出て、街道の先へと進む。
「不思議だ」
俺がつぶやいた。
「何が?」
「強盗も魔物も北部に来てから少なくなった気がするんです」
「軍が機能しているからよ。強い水の勇者は軍に引き抜かれるの」
「南部にはいませんでしたよね?」
「南部は軍人崩れや領主の私兵がいるでしょ。あとは少ないけど冒険者もいる。ただ、ほとんど現金収入がないから北部に強い人達は集まるわね」
レミさんは親指と人差指で丸を作って言った。
「世の中、金ですね」
「そう。私たちもその金を手に入れにいかなくちゃ!」
ほとんど魔物に遭うこともなく街道を進んだ。レミさんは、ほとんど背負子に乗っていたが、「時々体を動かさないと気持ち悪くなっちゃうから!」と自分の足で歩くこともあった。
「見て!あれが王都よ!」
王都に辿り着いたのは夕方近くだった。
グレートプレーンズ王国、王都ラパ・スクレ。
すり鉢状の盆地に白壁とオレンジ色の屋根の家が立ち並んでいる。
その真ん中に大きな白い建物があった。その丸い白い建物には幾つかの塔が建っていて、誕生日ケーキにろうそくが刺さっているように見えた。
「あれがお城。東に見えるのがコロシアム」
レミさんが指差した方を見ると、城とローマのコロッセオのような建物が見えた。
王都だけあって人口密度が高く、商人たちが路上で果物や生活雑貨、壺、魔道具などを売っていて、なかなか進めなかった。
レミさんが「スリには注意」というので警戒していると、美人に話しかけられた隙にポケットから財布を盗まれている人が目の前にいた。盗人の手を掴んで財布を取ろうとすると、仲間に財布を放り投げた。受け取った盗人の仲間は一目散で逃げていった。ようやく財布を盗まれた事に気がついた人が叫んで、辺りが騒然となった。
俺は探知スキルで見ていたので、逃げていった先がわかる。
「こここいつが犯人ですか!?」
財布を盗まれた人がこちらを見て言った。
「俺はやってねぇ! どこに証拠がある!」
俺が捕まえていた盗人が叫んだ。
「証拠はないがこの目で見た!」
俺が証言する。
「そんなのデタラメだ!」
なるほど、そういう論理が通用するのか。
俺は隣りにいたレミさんに笑った。後で聞いたら、この時の俺の顔はとても悪い顔をしていたらしい。
俺は回復薬を取り出しながら、盗人の腕の骨をバキバキに折った。
「ぎゃーーーー!!!」
盗人はのたうち回りながら、叫んだ。
「あんた、ちょっとなんてことするのよ!」
盗人の仲間の美人が叫んだ。
「俺が何かしたかい?」
「何って、腕を……!」
俺は盗人の腕をまっすぐ伸ばして回復薬をかけた。
「どこに証拠があるって言うんだー? そんなのデタラメだー」
盗人の腕は完璧に治っていた。
「素晴らしい町だ。証拠がなければ何をしてもいいらしい! そうだ! 街道の途中で採取した毒草を試してみようか? なぁに、心配はいらない。君たちの死体を処理するのに、10秒もかからないさ!」
盗人と仲間の美人は尻餅をついて固まってしまっている。
「王都っていうのはいろんな人が集まるらしい。その中にはおかしな人間もいるから気をつけろよ」
盗人と仲間の美人は首を縦に何度も振って返事をした。
俺は手早くロープで盗人と美人を縛りあげ、
「そこの角に隠れている仲間を呼んで、財布を返したほうが賢明だと思うぞ。ノールールでいいなら、俺のもっとおかしな仲間たちを呼んでもいい。あいつらは容赦っていう言葉を知らないからな」
と、ニッコリ微笑んでみた。
盗人たちはすぐに仲間を呼んで、財布を盗まれた人に返した。
その瞬間、周囲の野次馬がどっと沸いた。ちょうど軍人っぽい制服を着た人たちが野次馬をかき分けて来たので、俺はレミさんを抱えて、近くの建物の屋根に飛んだ。
振り返ると、野次馬たちが軍人っぽい人たちに事情を説明していたので、大丈夫だろう。
「いやはや、お恥ずかしい。柄にもないことをいたしました。屋根伝いに宿に向かいましょう。人混みは苦手です」
「ふっふっふ。そっちに宿はないわ」
俺はレミさんに笑われながら、屋根の上を走った。
レミさんには口止めしておいた。アイルやベルサに知られると、確実にからかわれる。
「ふっふっふ『王都っていうのは……』ナオキくんこそ初めて来たというのに」
「やめてくださいよ」
夕陽で赤くなった顔が紛れますように、と願いながら、宿へと向かった。
宿で、飯を食べ、部屋でアイルやベルサの報告を聞く。養魚池も水路も順調だという。
王都では、酔っ払いたちの喧騒も吟遊詩人たちの歌声も一晩中聞いていた気がする。夜中に鐘の音も聞こえたが、あまり関係ないらしい。
その代わりと言っては何だが、早朝はとても静かだった。
外は霧が盆地全体に立ち込めていて、空気はひんやりとしていた。
王都の役所は城に隣接している大きなオレンジ屋根の建物で、入口付近を箒で掃除をしている人がいた。長身で細身、口ひげを生やした中年男性が作業着のような服を着て、たった一人、掃除をしていた。同業者だろうか。
「おはようございます」
「おはようございます! 早いですね。まだ、役所の職員さんたちは来ていませんよ」
「待っても?」
レミさんが聞くと、「どうぞ」と入口前のベンチを勧めてくれた。
物音一つしない中、箒で地面を掃く音だけが響いている。
「手伝ってもよろしいですか?」
「へ? ええ、構いませんが……」
暇なので中年男性を手伝うことにした。といってもクリーナップで石畳の地面をキレイにするだけだ。ただ、生活魔法を鍛えている人にあまり会ったことがないのか「ほうっ!」と驚いていた。
「便利ですね」
「ええ。硬い毛のモップがあれば、もっと磨けるんですけどね」
「はぁ~! 硬い毛ですか。失礼ですが、お仕事は何を?」
「清掃駆除業者です。だから、清掃に関しては本職なんです」
「なるほどですね~」
中年男性は少し剥げている頭を撫でながら、何度も頷いた。
「同業者の方かと思ったんですが?」
「いえ、私の本業は違いますよ。酔っぱらいが多いから、朝から見たくもないものを見ないように、できるだけ、お城の回りをキレイにしたいなぁって思ってるだけで」
「すごい、立派ですね」
「そんなことないです」
その後、適当な天気の話をして、おじさんは本業の仕事に出勤するため、去っていった。
しばらくして、役所の職員が出勤。
嘆願書を提出するも、ほとんど門前払いのような扱いを受けて撃沈。
城の方にも行ってみたが、普通に門前払いを食らった。
道のりは長そうだ。




