134話
宿で、軽いミーティングのつもりで、勇者と精霊の情報について、皆に聞いてみた。
「勇者と精霊に関係してるかわからないですけど、僕が北の町で食料を買ってた時に、吟遊詩人に絡まれたんですよ」
寝床の用意をしながらセスが話し始めた。
「絡まれたって何されたんだ?」
「水魔法を放ってきたから、手で弾いたら『水魔法を使えないのか?』って聞かれて、『使えない』って答えたら、『そうだよな。お前なんかが勇者なわけないよな』って言われてどっか行ったんですけど」
「前も絡まれてたよな?」
吟遊詩人に絡まれたって話は前もしていた。
「そうなんですよね。なんなんでしょう?」
「本人に聞かなかったのか? そういう奴は身体に聞いたほうがいいぞ」
アイルが言った。
「あんまり揉め事は止めてくれよ。面倒だから」
「次、絡まれたらやっちまえ! 責任は社長のナオキがとるから」
「だから止めろよ!」
なおもけしかけるアイルに俺がツッコむ。
「冗談はさておき、北の町に行く度に吟遊詩人に絡まれてたら、いつか手が出る日が来るよ」
「本当になんなんでしょうね? モラレスの町の吟遊詩人はそんなことないのに」
ベルサとメルモが言った。
「北の町でやらかしたことといえば、コロシアムで暴れたくらいだから、理由は十中八九、それなんだけどな。それにしたって、強い奴に一々絡んで勇者を探すなんて、そんな効率の悪いやり方するか?」
確かに、そうだ。吟遊詩人たちは、よっぽど勇者の手がかりがないのか。
「ナオキなら、どうやって今の勇者を見つけようとする?」
ベルサが聞いてきた。
「前勇者の近親者を人質にするかな」
「前勇者ってことはボリさんの近親者か?」
「そう、ボリさんは宣言によって、今の勇者を市井の人の中に隠しただろ? ってことはボリさんは今の勇者が誰だか知っているわけだ。ボリさんが無茶な宣言までして隠したい人物って、親とか子供、兄弟と考えるのが普通だろ。親友って線も捨てきれないけど。でも、とりあえず、ボリさんの近親者を探して、誘拐してみるかな?」
「人の道に外れてるけど、効率はその方がいいな」
そう言ってアイルが唸った。
「でも、見つかってないってことは、誘拐できない理由があるのか」
「他には?」
ベルサが聞いてきた。
「他にぃ……んん~……」
「水の精霊が自分の味方だったとしたら?」
「水の精霊かぁ。だったら……雨でも降らせてみるかな。水の精霊ってどんな能力があるかわからないけど、雨粒に当たった人を勇者かどうか識別する能力くらいはありそうじゃない? ……あれ? 雨?」
この国には雨期がある。20年前から、町を冠水させるほどの雨が降っている。
「雨期も冠水も水の精霊の仕業か」
「そうなんだ。私もその考えに辿り着いた」
ベルサが言った。
「だとしたら本当に勇者を探しているのは、吟遊詩人じゃなくて水の精霊か」
「うん。私は雨で勇者を識別させるとは考えてなかったけど、冠水させて避難所に人を集めたほうが見つけやすいって思ったんだ。今は仮説にすぎないけどね」
ベルサの仮説は当たるからなぁ。
「ってことは、少なくとも精霊は国の南側に勇者がいると思ってるんだな?」
「そう」
「そして、吟遊詩人を辿って行くと水の精霊がいると?」
「それも、たぶんそうだと思う」
調べる必要があるなぁ。
「吟遊詩人のギルド本部って王都?」
「吟遊詩人のギルド職員に絡まれたのは王都です」
セスが言った。
「少し、落ち着いたら、一回行ってみるか?」
「了解」
「わかった」
「OKっす!」
「OKです」
そういうことになった。
翌日、朝飯を食べて、皆で避難所に向かった。
ベンさんとレミさんが、住居から離れて真剣な話し合いをしていた。
「おはようございます! 何か問題でもありましたか?」
「ああ! おはよう! いや、なかなか役人が首を縦に振ってくれなくてね。どうしようかって話」
レミさんが困ったように、頬に手を当てて言った。養魚池復活計画に補助金が出ないということか。
「領主はアホだからな。いざとなったら王都に行って嘆願するしかないか」
ベンさんが腕を組んで言った。
「まぁ、粘ってみるわ! 皆もがんばってね!」
そう言うとレミさんは手を振って、モラレスの町の方に向かって行った。
「レミさんと仲よかったんですね?」
「ん? まぁ、な」
ベンさんが照れたように頬を掻いて、ドーナツ型の住居の方に向かった。
住居の方では、洞窟の民たちが朝食の後片付けをしていた。すでにボウとリタが、屋根に上って作業している。
「おはようございます!」
「「「「「おはようございますー」」」」」
「今日もよろしくお願いします。さっそく、作業はじめましょうか。今日は池に水入れる人と、隣の窪みで池の掃除する人に分かれましょうか?」
ラウタロとベンさんが洞窟の民たちに仕事を割り振って、それぞれが現場へと向かう。ベンさん率いる星詠みの民が、水魔法によって池に雨を降らせるという。2人が班長さんのような役割をしてくれるので、非常にやりやすい。うちの社員たちもそれぞれ現場へ向かった。
隣の窪みに行くアイルにいくらでも水が入る水袋を一つ渡していると、
「社長さーん」
と、洞窟の民の一人に呼び止められた。
「どうかしました?」
「先の話で申し訳ないんですが、魚の輸送に関して、ちょっと見てほしいものがあるんですが…」
俺とアイルはメルモに水袋を預け、先に作業をしているように言って、その洞窟の民についていった。
洞窟の民は、避難所の外に出て、丘の下にある谷のように地面が下がっている場所で止まった。周囲の草原より少し雑草が成長している気がする。
「ここ、見てもらっていいですか?」
草むらの中に穴が掘られていた。
「昨日の夜、トイレのために穴掘ってたんですが、ここの土が柔らかくて、朝確認したらこのちょっとした谷が川の方まで続いているみたいなんですよね。ここを掘って水路作ったほうが魚も安全に輸送出来るんじゃないかなぁ、と思って」
「なるほど。アイルちょっと上から見てみて」
「うん」
アイルは頷いて、空中を駆け上がった。
「すいませんね。トイレはまた別に作るんで」
「いえいえ、それくらいは自分たちで作りますよ。向こうに作ってるところです」
簡単な水魔法と農業スキルを持つというその洞窟の民は、昨日の作業ではなかなか役に立てなくて、歯痒い思いをしていたと言った。
「よっ!」
俺と洞窟の民が会話をしていると、アイルが下りてきた。
「どうだった?」
「確かに川まで続いているね。一見よくわからなかったんだけど、これ網目状になってる気がするんだ。ちょっとナオキも見てみてよ」
俺は空中に防御魔法陣を描き、階段にして空中を上った。
わかりづらいが、川まで周囲よりも成長している草むらが真っ直ぐ続いているのが見えた。そして、アイルが言ったように、真っ直ぐ続いている草むらの両脇の草原には網目状になっているような箇所があった。直線的すぎるから人工のものだろう。灌漑農業の跡か? もし、灌漑農業をしていたとしたら、避難所の養魚池と言い、水路と言い、昔の人は水をコントロールする高度な技術を持っていたということだ。
「ベルサ、ちょっとこっちに来てくれ。避難所の丘を下りたところにいる」
地面に下り、ベルサを通信袋で呼ぶ。
ベルサが来ると、アイルが上空まで持ち上げて、下の様子を見せた。
「確かに、避難所の丘の上からじゃ気が付かないけど、水路跡と見て良いんじゃないかな」
「今後、魚の輸送もあるし、水路を掘ってみようかなぁ、と思うんだけど」
「うん、良いんじゃない?」
ベルサはどうして聞くんだ? というように言った。
「川まで結構距離あるんで、人手が必要なんだ。池の方の人を借りることになるけど……」
「ああ、そうか。アイル、お金ってまだある?」
「あるよ。ま、無くなれば、一緒に徹夜で魔物狩りに行こう。魔石なら金の代わりになるし」
アイルは俺の肩を叩きながら言った。
「じゃ、ラウタロとベンさんに相談して、人増やしてもらおう。ボウにも住居を増築してもらわないとな。ま、大丈夫だ。水路掘って、両脇に畑作ればボウも文句は言わないさ」
まだ、完全に住居もできていないというのに、増築の話になっているが、仕方がない。
お金も補助金が出れば楽なんだけどな。
ボウに人が増えることを伝えると、目が点になっていたが、畑が出来ることを言うと納得していた。
池で作業をしているラウタロとベンさんにも、もう少し人を増やしたいと伝えた。
「そちらが良ければ、こちらは全く問題はない」
「水路か。土魔法と農業スキルだな。また、お前さんが荷台を曳くのか?」
ベンさんが眉を寄せて聞いてきた。
「マズいですか?」
「いや、今、洞窟に残ってる連中の中には怖がりも多いんだ」
「なるほど、じゃあ、セスってあそこにいるうちの若いのに曳かせますよ。俺よりはスピードが遅いはずです」
「そうか、わかった。すぐに出発するか?」
「いや、ゆっくりでもいいですよ」
池の環境が整わないことには、川から魚を運ぶこともない。
「いや、問題がなければ、早めに連れてこよう」
ベンさんとラウタロは、すぐに洞窟から連れてくる人のリストを作り、水路を見つけた洞窟の民ことペドロに渡した。
セスが空の荷台を曳き、ペドロと一緒に南へと向かうことになった。
「じゃあ、いってきます!」
「何かあれば、通信袋で知らせてくれ」
「OKっす!」
セスとペドロは昼前には南の洞窟へと出発した。
「お前さんたちはフットワークが軽いな。気づいた事があれば、何でもやってみるっていうのが社訓か?」
隣で見送っていたベンさんが聞いてきた。
「そういうわけでもないですけどね。変なのが集まって来ちゃっただけです。そのお陰で失敗することもありますから。死体見つけちゃって、牢屋に入れられたり」
「ハハハ! まぁ、なんにせよ、領主や吟遊詩人たちよりはよっぽど良い」
ベンさんはそう言って、作業に戻っていった。
その後5日間、俺たちは洞窟の民たちと一緒に池の水を抜き清掃して、水を入れるという作業を続け、計11の窪みの池を清掃した。どの窪みの池も2つあり、片方が水草用になっていたようだ。
ボウははじめに予定していた住居の屋根を取り付け、増築部分へと取り掛かっていた。リタは、一先ず水路を作ってから畑に取り掛かることにしたので、ボウと一緒に屋根作りをしていた。
レミさんは相変わらず、役所に通い、突っぱねられていた。レミさんは毎朝必ず、作業の様子を見に来ていた。本当は一番昔のことがわかっているから作業に加わりたいんだろうなぁ、と思った。水路と灌漑農業について話した時は、めちゃくちゃ興奮していた。
セスとペドロが、洞窟の民を30人連れて帰ってきたのは5日目の夕方だった。