132話
翌朝、俺が起きると、すでに洞窟の民たちは全員起きだし、テントを畳んでいた。
「早いですね」
「いや、昨日のお前さんを見て、皆少し気を引き締めたんだ」
ベンさんは自分の荷物のベルトを締め、「よろしく頼む」と頭を下げてきた。
他の人たちも準備運動などをしていて、やる気を出している。
せっかくやる気を出しているようなので、朝飯を食べずに出発することにする。
昨日、ベンさんが言っていたとおり、半数が荷台に乗り、残りの半数は走るという。
ラウタロたち元犯罪奴隷たちは手錠のせいで走りにくそうだったので、「外そうか?」と提案した。
「出来るもんならやってみろ」
ラウタロが両手を差し出してきたので、手錠の付け根に描いてあった施錠の魔法陣を消して、力任せに広げ、ラウタロの手を引き抜いた。
ラウタロを含めた全員が驚愕の表情で俺を見ていた。
「あ、まずかった? 養魚池の作業が終わったら、もう少し強い手錠作ろうか?」
鉄製じゃなくても、強い手錠は作れるだろう。
「いや……俺たちが逃げるかもしれないぞ」
ラウタロが言った。
「逃げて、他にどこか行く所あるのか?」
「ない」
「ならいいんじゃないか?」
俺は、ラウタロ以下、元犯罪奴隷たちの手錠を外して走りやすいようにしてやった。
「よし、じゃあ行こう!」
俺は荷台を曳いて、軽く走った。
後ろを走っているのはラウタロを含めた元犯罪奴隷12人と、石化の呪いをかけられていたという2人にベンさん。意外にも1番元気なのはベンさんだ。ただの老人じゃないようだ。
元犯罪奴隷たちは筋肉があるので、ある程度走れるだろうと思ったが、そんなに速くはないようだ。ただ、1時間ほど走っても、疲れた表情は見せなかった。逆に石化の呪いをかけられていたという2人は、初めは速かったものの、徐々にへばってきていた。
「そんなことでは立派な星詠みの民になれないぞ!」
ベンさんが大声を張り上げて、励ましていた。走っていた2人は星詠みの民だったらしい。
俺は探知スキルで全員を見つつ、モラレスへと向かった。
4時間ほど経った頃、ようやくモラレスの町が見えてきた。
「走りっぱなしじゃないか」
さすがに元気だったベンさんも弱音を吐いていた。
一先ず、休憩して、朝飯にする。
洞窟の民たちはそれぞれ携帯用の食料で、腹を満たしている。
何の魔物の肉だかわからない燻製と、固そうなパンを食べていた。
アイルに連絡すると、向こうはちょうど朝飯が終わった頃だったらしい。
残り物をメルモが持ってきてくれるというので、俺は待つことに。
セスも近くにいるらしいので、合流するという。
町の方から、巨大なリュックを背負ったセスがやってくると、洞窟の民たちが目を丸くしていた。
「社長! おはようございます」
「おはよう。食料どうだった?」
「なかなか、集められなかったですね」
「まぁ、7日間ぐらいは大丈夫だろう。もうすぐメルモが朝飯持ってくるから、一緒に食おう」
「食料は社長のアイテム袋に入れときますか?」
「そうだな」
セスと会話していると、妙に後ろから視線を感じる。振り返ると、洞窟の民たちがこちらを見ていた。
「な、何か?」
「その男は何者なんだ?」
ベンさんが聞いてきた。
「うちの社員のセスです」
「セスです! よろしくお願いします!」
セスはしっかり頭を下げて、自己紹介した。
「本当に社員か? コロシアムの剣闘士ではないのか?」
ラウタロがこちらに近づきながら聞いてきた。やはり、この国でセスは剣闘士に見られるようだ。
「違います。コロシアムは出入り禁止ですから」
「出入り禁止!? お前も犯罪奴隷なのか?」
「いやいや、違いますよ! ちゃんとした清掃駆除業者です!」
出会った時のセスは船荒らしだったからか、慌てて否定している。
ラウタロは「本当か?」という目で俺を見た。
「うちの会社では船長をやってもらってる」
「船長だと? 海の男ってやつか? へぇ~」
ラウタロはセスを上から下まで見て、鼻で笑っていた。海の男が、大平原で何が出来るのか、ということだろうか。
セスも苦い顔をしていた。
「料理もできるし、力持ちだ。試しに戦ってみるかい?」
「社長!」
「セスは海だけで活躍するわけじゃないだろ? 俺に見せてみろよ」
セスはぐっと黙ってしまった。
見せてみろ、とは言ったが、正直、俺にとってはセスが強いかどうかはどうでもいい。
セスには、この会社での自分の役割に気づいてもらおう。うちの会社は変な奴らが集まってしまった。女性陣は考え方がぶっ飛んでいるし、俺も異世界人なので常識がないところがある。まともなのはセスぐらいだ。本来、洞窟の民たちのような臨時社員に仕事を教える場合、適しているのはセスだろう。
「やりますか」
セスがラウタロに言った。
ラウタロは自分の肩を回して、ニヤリと笑った。
「何!? 力比べか?」「ラウタロと!?」「あのマッチョな獣人が?」
一気に周囲の洞窟の民たちがざわついた。セスとラウタロを中心に人の輪が出来た。
俺は誰も見ていないことを確認し、セスのリュックから食料をアイテム袋に移していった。
歓声が聞こえるので、いい勝負をしているようだ。
拳で語り合って、仲良くなってくれれば、それでいい。
「相変わらず、フェイントが下手なんだなぁ。セスは」
町の方から歩いてきたメルモが言った。その手には鍋。朝飯を持ってきてくれたようだ。視線は人の輪の中心で戦っているセスに向けられている。戦っている様子は人と人の隙間から見える。
「社長。朝飯です」
「ありがとう」
俺はメルモから鍋を受け取って、中身を確認。例のカボチャに似た野菜のスープが入っていた。
「誰と戦ってるんですか?」
「犯罪奴隷だったラウタロって人。養魚池作るのを手伝ってくれるんだ。朝から走ってきても、セスと戦えるくらいには元気だから体力はあるみたい」
「ラウタロさんって人はあまり体力を使ってないみたいですよ。むしろ、セスが動きまわってる。セスの攻撃は直線的だから、読まれやすいんです。あんな戦い方したら、アイルさんに怒られる」
体術スキルのない俺にはわからないが、メルモにはわかるらしい。
「セスー!朝飯来たよ~!」
俺が人の輪の中に声をかける。
直後、ラウタロが吹き飛んで、人の輪が崩れた。
汗をかいたセスが肩で息をしながら、ラウタロに近づいて肩に担いでこちらにやってきた。
「社長、回復薬下さい」
そう言ってセスはラウタロを地面に寝かせた。
俺はアイテム袋から、回復薬を取り出して、ラウタロに振りかけた。目を覚ましたラウタロが、セスを見つけると「負けた」と一言つぶやいて、急に笑い始めた。
「ハッハッハッハ!負けた負けた!」
ラウタロの笑い声に、周囲の洞窟の民たちも笑い始めた。
「ラウタロが負けるとは」「魔法も使わずにラウタロに勝つなんて」「いつぶりだ?」
皆、セスの背中をバシバシ叩いて、勝者を称えている。
「お、そのお姉ちゃんも社員さんだったのかい?」
笑っていたベンさんがメルモを見て言った。
「そうです。メルモと言います」
「メルモです。よろしくお願いします!」
メルモが自己紹介すると、「可愛い可愛い」と洞窟の民たちから声が上がった。
「セスの彼女かぁ?」
ラウタロが軽口を言った。
「可愛いのは初めだけですよ。メルモは僕より強いのに、相手の血を見るまで止めませんからね。皆さんも怒らせないように気をつけてくださいね」
セスの言葉に一瞬、洞窟の民たちが「へ?」という表情をした。
「大丈夫ですよ。うちの社長の回復薬は、大抵のけがを治してしまうので」
メルモはニッコリ笑って説明している。俺もセスも「そういうことじゃない!」というツッコミを飲み込んで、朝飯を食べた。
「セスの言ってたことは本当か?」
ベンさんがこっそり聞いてきた。
「うちの会社の女性陣は変人が多いから……」
「社長が一番変なんですけどね」
俺とセスの説明に、ベンさんは苦笑いをして納得していた。
食後、セスが荷台を曳いて、避難所へ向かう。
途中の川は俺が荷台ごと持ち上げて渡った。洞窟の民たちも、一瞬固まっていたものの、何度も頷いて、どうにか納得していた。
少し走ったので、昼前には避難所に到着した。