129話
「それでね、池の調査なんだけどね。予測としてはこの池、昔は養魚場だったと思うのよ」
レミさんが説明してくれた。
「そのために、池の水を一度全部抜いて、底に溜まった沈殿物を調べたくてね。ということでナオキ、水を抜くために水袋を作ってくれるか」
ベルサが俺に頼んできた。
「なるほど了解」
「本当にそんなこと出来るの?」
レミさんは疑わしいというように俺に聞いてきた。
「まぁまぁ、見ててください。メルモも手伝ってくれ」
「はーい」
魔物の革と裁縫道具を取り出して、メルモに水袋を作ってもらい、空間魔法の魔法陣を縫っていく。
紙に魔法陣を描いて、メルモにも、縫ってもらうことに。少し修正したものの、やはり裁縫スキルの高いメルモのほうが圧倒的に早い。結局、いくらでも水が入る水袋が2つ出来上がった。
水袋を2つとも池に沈めて、池から水を水袋に入れていくのだが、なかなか池の水位は下がらない。
「やっぱり水袋程度じゃ、一気に水を抜くことは出来ないかぁ」
ベルサが言った。
もう少し水袋の口を広くしたほうが良かったか。
大きめの魔物の革を取り出して、メルモにもう一度水袋を作ってもらう。口を大きくして、空間魔法の魔法陣と一緒に重力魔法も縫って吸い込めるようにした。
大きな水袋を池に入れるとみるみる池の水位が下がっていった。
「本当に池の水を抜いたわね!」
レミさんが驚いていた。
「おーい!こっちの池の水も抜けてるけど良いのかぁ!?」
アイルが窪みの中にあるもう一つの池の方から叫んだ。
「ああ、大丈夫!」
ベルサが答えた。
「避難所の窪みにある池はどの窪みでも必ず2つあるんだけど、やっぱり2つの池は繋がっているようだね」
ベルサが言った。
「なんで?」
「用途別になってたんだと思うの!こっちの池には水草はないけど、向うの池にはあるのよ。どこの窪みでも片方の池には水草が生えていて、もう片方には水草がない。ただ、なんでそんなことをしたのかは不明なんだけどね。水が抜けたら、それを調査しましょう」
レミさんが説明してくれた。
すっかり池に水がなくなると池の底にはヘドロのような沈殿物が溜まっていた。臭いもかなりきつい。
うちの社員は全員マスクをして、ツナギに着替える。
「良いね。かっこいいじゃーん!」
レミさんは俺達を見て言った。マスクは余っていたので、レミさんとリタにも渡す。
全員で池の底に降りる。
池の底はグチョグチョとした踏み心地で、しばらくいたら埋まっていきそうだった。
池の深さは、170センチくらいある俺の身長よりもチョットだけ深く180センチほどだろうか。池は高さが180センチ、長さと幅はともに20メートルほどと、正方形に近く大きい。
「ほら、やっぱり!魚の魔物の骨があるよ!」
レミさんは白い骨をヘドロの中から拾い上げていた。魚の魔物が生きていたとしたら、30センチくらいはある立派な魚の魔物だったようだ。
「貝の魔物もいたみたいだね」
ベルサが貝殻を拾っていた。
リタとうちの社員たちも次々に魚の魔物の骨や貝殻を拾っていた。魚の魔物は様々な種がいたようで骨は大きさや形が違うものが出てきた。
「養漁場だったってことで間違いなさそうだね」
「うん。でも、やっぱり、生きてるのはいないみたい。一匹くらい生きててもいいと思うんだけど」
レミさんとベルサの会話が聞こえてきた。
「そりゃ、こんなにヘドロがあるんだから、魚も生きていけないだろうな」
何気なく俺が言うと、2人とも振り返って俺を見た。
「ヘドロ?」
ベルサが聞いてきた。
「あれ? ヘドロって言わないのか? 今、俺たちが踏んでる泥のことを、オレが前にいたところではそう言ってたんだけど……」
また、俺、変なこと言ったか?
「泥じゃなくて、ヘドロ?」
ベルサが聞いてきた。
「だって臭いだろ?」
「うん、臭いな」
「いや……だから、微生物とかが死んで、腐ってるから、こんな臭いになってるってことだろ?」
「「んんっ!!?」」
ベルサとレミさんが揃って顎に手を当てて、俺を見た。
「あ! 微生物じゃなくて微魔物か? ほらシーライトとかの仲間だよ」
「シーライトの仲間? この池光るの?」
ベルサがレミさんに聞いていた。
「光らない光らない」
レミさんが真面目に答えている。
「ナオキ、ちょっと詳しく教えてくれ」
ベルサが泥だらけの手で、俺の肩を掴んで言った。手が非常に臭い。
「わかったわかった、教えるから。ちょっと上に上がろ。臭いから、な!」
一旦、全員池の底から上がって、休憩することに。
俺は全員にクリーナップをかけて、汚れを落とす。
「なんでも出来るのねぇ!」
レミさんが感心していた。
「それで、ヘドロって?」
ベルサが聞いた。
なぜか授業でも聞くように、全員が俺を取り囲んで座っている。
「その貝殻とかに付いてる臭い泥のことだよ。ベルサは顕微スキルがあるんだから、見てみればいい。小さな魔物の死骸じゃないか?」
「え!? ちょっと待て、これ全部、魔物の死骸だっていうのか!? イヤダニより小さいじゃないか!」
ベルサがヘドロを顕微スキルで見て、驚きの声を上げた。
「それで、なんでヘドロがあると、魚の魔物が死ぬの?」
レミさんが聞いてきた。
「んーと……俺もそんなに詳しくはないんですけど、微生物、じゃなくて……微魔物っていうものすごく小さい魔物がいるわけですよ」
「え? どこに?」
「どこにって、たぶんどこにでもいると思うんですけど。ほら例えば、食べ物を放っておくと腐りますよね?」
「そりゃ、食べなければ腐るわよ」
「カビが生えることもある」
「ええ、カビることもあるわ」
「カビは微魔物の集合体です」
「「「「え!?」」」」
俺の言葉に全員が驚いていた。魔物学者のベルサも驚いてる。
「ベルサは魔物学者なんだから、生態系の循環はわかるだろ?」
「それくらいはわかってるよ。植物を食べる魔物がいて、その魔物を食べる魔物がいる。そして魔物が糞をして植物を育てる。魔物の糞を畑で肥料に使うのはそのためだ」
「糞は糞のままじゃないだろ? 糞を分解してる小さい魔物がいるはずなんだよ……」
「え? それが微魔物か?」
ベルサが目を大きく開いて俺を見た。
「そう……だと思うよ。俺も確認してないから、なんとも言えないけど。俺が前いたところではそうだった」
「それでそれで?」
レミさんが聞いた。そうだった。池の話だった。
「池の中にも微魔物はいるんですよ。その中には植物性のと動物性のがいて、植物性の微魔物は池の中で光合成をするんです。ほら、この葉っぱみたいに」
俺は周囲に生えている細長い葉っぱを摘みとって言った。
「光合成……?」
話を聞いていたアイルが首を傾げていた。他の皆も首を傾げている。
「お、そっからか」
俺は葉緑体の説明から、二酸化炭素や酸素の説明、肺の役割、富栄養化などなど、前の世界にいた時に学校で習うようなことを皆に教えていった。
「つまり池の水が酸欠になって魚の魔物も死んだんだと思う。……わかったかな?」
「うーむ、情報が多すぎて、一度には覚えられない!」
アイルが文句を言ってきた。
「でも、なんとなくわかります。何気なくこうしている間にも、いろんなことが起こってるってことですよね!」
メルモが興奮したように言った。
「すごい、どういう知識を修めているんですか?」
「びっくりだよ、もうびっくり!」
リタとレミさんは目をパチクリさせながら言った。
「社長っていつもそんなこと考えてるんですか?」
セスは呆気にとられていたようだ。
「やはり、ナオキはおかしいんだ」
ベルサがしみじみと言った。
「でも知識は所詮、知識でしかない。使いこなせてこそだろ?」
「その通り!」
レミさんが俺を指差して言った。
「ナオキ君の知識を活かして、この養魚池を復活させましょう!」
「この養魚池を復活させることが出来れば、他の窪みの池でも出来るでしょ? そしたら雨期の食糧難の解決にも繋がるんだ」
レミさんとベルサが俺に真剣な眼差しを向けてきた。
「そのための調査だったのか」
「そう!」
ベルサが良い返事をする。
「じゃあ、工事するって言ってたのは養魚池を復活させる工事だったんだな?」
「うん。クリーナップで池のヘドロを消せれば、工事はそんなに時間かからないと思うけど?」
俺は池に向かってクリーナップをかけてみたが、少し表面のヘドロが削れただけだった。
「無理だな」
「だと思って、人手を頼んでおいたじゃないか」
にやりと笑うベルサ。
「そうか! なるほど。南の洞窟の人たちに頼む仕事って、これか! アイル、お金はあるんだよね?」
「ああ、だいぶ稼いだからな」
アイルは胸を張った。前金は確保してある。
「池の底を清掃して、養魚池を作る、か。悪くない計画だね。報酬は出るのかな?」
「私が役人に掛け合うよ。養魚池が出来ればモラレスの人たちが、かなり助かるんだ。少しくらいお金は出してもらわなくちゃね!」
レミさんが任せといて、とばかりに胸を叩いた。
「成功しますか?」
リタが俺に聞いてきた。
「ヘドロをキレイにして、実際にやってみないとわからないね。水草の謎もあるし」
「そうだ!なんで窪みに2つ池があるのかもわかってない!」
ベルサが言った。
「たぶん昔の人の知恵なんだろうけど、理由がわからないと使えないからね」
「実験と観察を繰り返すしかないね」
俺とベルサの言葉に、セスとメルモは「砂漠でもそんなことを言ってましたね」と笑っていた。
一先ず、お腹が減ったので、ボウの小屋に行って、竈とテーブルを使わせてもらうことに。ついでにボウの様子も見てくる。畑はどうなっているのか。ベルサが少し手伝ったと言っていたので、心配だ。
リタは未だレミさんをボウには会わせてないのか、「ボウの小屋に行こう」と言った時には、慌てふためいていた。