124話
翌日から、清掃と駆除の仕事をしつつ、本格的に水の勇者と精霊の調査を始める。
基本的には水の精霊にバレないように、20年前の出来事と今の勇者の居場所、精霊について調べるわけだが、モラレスの町に限らず、情報がある場所には大平原のどこでも行くつもりだ。調べていく中で、精霊が勇者にうつつを抜かし、サボっている証拠も見つかればいいのだが。
朝食後、メルモに事情を話し、ボウ用の帽子を頼んでおいた。
「わかりました。角隠しなら魔物の革とか丈夫なほうがいいですよね」
「悪いな」
俺はそう言いながら、アイテム袋から使えそうな魔物の革を取り出す。
「ああ、これじゃ、ダメですよ。ちゃんと鞣したやつでないと。アイルさん持ってます?」
「ああ、あるぞ」
結局、ボウ用の帽子に使う革はアイルが出した。
「じゃ、私は宿で帽子作ってます。お昼頃に冒険者ギルドに行けばいいですか?」
メルモが聞く。
「そうだな。皆も午前中バラバラになっても昼には一度、冒険者ギルドに集合しよう。どうしても手が離せなければ、夜に宿で情報を言い合おう。緊急の時は通信袋で連絡を取り合おう」
「了解」
「わかった」
「OKっす」
「OKです」
メルモを宿に残し、4人で冒険者ギルドに向かう。
冒険者ギルドのテントには相変わらず、人がいなかった。
ギルドマスターのチーノに挨拶して、仕事が来ていないか確認する。
「来てないな。ただ一件、北で野菜畑をやってるって奴が畑に入ってくる魔物の駆除もしてくれるのか、聞いてたぞ」
「その農園の場所わかります?」
「ああ」
チーノがこの辺りの簡易的な地図を広げた。
「毎年、地図が変わるから、地図は簡単なのしかないんだが」
「大丈夫ですよ。大体の場所で行きますから」
チーノが地図を指差しながら、野菜畑はモラレスの北東にあり、川の近くだと教えてくれた。
「ありがとうございます」
俺は社員たちに向き直り、
「じゃ、俺が野菜畑行くとして…」
「私は営業してくる。街の人たちには知られたほうが情報も入りやすいだろ」
アイルが言った。
「ナオキ、回復薬出してくれ。売り歩いてくるよ」
ベルサの言葉に、俺はアイテム袋から回復薬の液状タイプと塗るタイプを出して渡した。
「セスはどうする?」
「僕は……社長についていきます」
「OK。じゃ、アイルとベルサ。昼にはここに集合なぁ~」
俺たちは冒険者ギルドのテントを出て、それぞれ散っていく。
俺とセスはモラレスの町を出て北東へ向かう。
野菜畑は柵があるわけでもなく、急に始まっていた。
魔物が荒らしに来るんじゃないかと思ったが、柵を作っても雨期には沈むので仕方がないのかもしれない。川が近いので樹木も少なからず、生えている。
畑ではスイカに似た野菜やカボチャのような見た目の野菜など、地面に近いところで実る野菜を育てており、作業をしている人たちの姿も丸見えだ。
作業をしている人たちは手首や足首にはウロコがあり、爬虫類系の獣人であることがわかった。そういえば、ボリさんがもしかしたら、獣人の差別があるかもしれないと言っていたな。耳のある獣人は下に見られるとか。
セスは猫の獣人なので差別されるかもしれないが、筋肉ムキムキだし服もパッツンパッツンなので、無闇に攻撃されることもないだろう。あんまり酷いこと言われたら帰ろう。
「こんちはー!」
近くの畑で作業をしている獣人に声をかけた。
振り返った獣人のおじさんはこちらを見た
「はい、こんにちは。何か?」
特に警戒心もなく返してくれる。
「こちらに冒険者ギルドで駆除業者について問い合わせた人いませんかね?」
「え? ああ、それなら俺だ。あんたらが駆除業者か?」
問い合わせた本人だったようだ。
「そうです」
「駆除ってこの畑みたいな広い範囲でも構わねぇのかい?」
「ええ、構いませんよ。どんな魔物なんですかね? 対象がわかれば、駆除できるかもしれません」
「アルマーリオって魔物なんだけど、穴掘って野菜を根っこごと食べちまうんだ」
「魔物の大きさはどのくらいですか?」
「まぁ、こんなもんだな」
獣人のおじさんは手を広げて教えてくれた。大体、大玉のスイカ2つ分くらいか。小さい魔物じゃないなら、魔物除けのスプレーとベタベタ罠で対処できるかな。
「やってみます」
「お、できるか」
「ええ、罠仕掛けるんで、畑から出るときに踏まないように注意しといてもらえますか?」
「おお、わかった。報酬なんだけどよ、現物でもいいかい?」
獣人のおじさんは野菜を手にとって聞いた。チーノも魔物討伐したら現物支給とか言ったな。モラレスでは、あんまり現金を使わないのかもしれない。
「大丈夫ですよ」
「じゃ、用意しておく」
作業に入ろうとした時、セスが畑の方を見ていた。
「セス、どうかしたか?」
「いや、見られてるな、と思って」
確かに、畑の方を見ると、屈んで作業をしていた人たちが全員立ち上がりこちらを見ていた。特にセスの方を。
「すみません。一応聞いておきますけど、やっぱり耳のある獣人は差別されるんですかね?」
「いやいや、ごめんごめん。そういうじゃないんだ。あんちゃんはアレかい? 王都でコロシアムとかに出てた口かい?」
突然、おじさんがセスに聞いた。
「はい?」
「ああ、ごめん。悪いこと聞いちまったかね?」
おじさんは後頭部を掻きながら申し訳なさそうに言った。
「いや、僕はコロシアムには出てませんよ」
セスは否定した。
「そうか。あんまり立派な身体してるから、剣闘士でもやってたのかと思ったよ」
「王都にコロシアムがあるんですか?」
俺が聞いた。
「ああ、あるらしい。王都だけじゃなく国の北の方の町にはコロシアムがある。あんたら北の方から来たわけじゃないのか?」
「ええ、俺たちは南から」
「南?」
「ええ、ジャングルを越えて」
「ちょっと何言ってるかわからないけど、まぁなんでもいいや。アルマーリオの駆除を頼むよ」
「かしこまりました!」
俺とセスは作業に入った。
白い花を煮て作った深緑色の魔物除けの液体をポンプに入れ、畑の周囲に撒いていく。
風魔法の魔法陣が描いてあるマスクをして、畑の作物にあまり影響が出ないように少し離れて撒き、一定の間隔でベタベタ罠を仕掛けるだけだ。
作業の途中で探知スキルに魔物が引っ掛かったので見に行くと、灰色の皮膚をしたアルマジロの魔物がいた。どうやらそれがアルマーリオらしい。
セスが捕まえると身体を丸めた。固い背中をセスがいくら叩いてもあまり効果がないようだった。逆に両手でギュッと押しつぶすと、バキッと骨が折れて絶命していた。
農作業をしていた獣人たちは、そんなセスを見て目を丸くして、なぜか拍手していた。
「とりあえず、魔物除けの薬を撒いて、罠を仕掛けておきました。明日、様子見に来ますので、今日はこれで」
俺はおじさんに言って、冒険者ギルドに戻ることに。
「ああ、わかった」
「この国の人は耳がある獣人を軽んじることがあるって聞いたことがあるんですけど、特にないんですね?」
「え? ああ、昔はあったけど、今はそんなこと言ってる奴はいないね。ほら田舎じゃ、そもそも人が少ないからね。誰でも歓迎するよ。それに、今は種族に関係なく、皆、水の勇者だからな。そんな差別する奴がいるとしたら、王都で仕事なくなった奴らくらいなもんだ、ハハハ」
獣人のおじさんが笑いながら説明してくれた。
「あんちゃん、もしどっかのバカになんか言われても気にするなよ! ハハハ、あと、うちの娘たちに手出すなよ」
そう言いながら、おじさんはセスの肩を叩いた。
「は、はぁ……」
セスは袋にアルマーリオの死体を入れながら、愛想笑いをして返していた。
帰り際におじさんが野菜を大量にくれた。明日も来るというのに、良いのだろうか。
「前払いだ。前払い、ハハハ」
おじさんが言っていたので良いとしよう。
農作業をしていた娘さんたちが手を振って見送ってくれた。
セスが手を振ると娘さんたちから「キャー」という歓声が上がった。
やはり筋肉をつけるとモテるのだろうか。