122話
「ボウは魔物だな?」
「人ノ世界デ魔モノ、魔ゾク、チガウカ?オレ、魔ゾク」
魔物ではなく魔族か。
「魔物と魔族の違いはあるのか?」
「魔ゾク、スキル使ウ。魔物、使ワナイ」
「なるほど。わかりやすい。もしかして、あの小屋はスキルを使ったのか?」
「ナオキ! アノ小屋好キカ? キテキテ、入ッテ」
ボウは小屋の話にテンションを上げている。自分が作った小屋を見てもらいたいらしい。
招かれるままに小屋を入ってみると、作りがしっかりしていて、本当に立派な小屋だ。イスやテーブルもあり、しっかりした石造りの竈もある。
「ん~すごいな! ボウは工作スキルが高いのか?」
「工作スキル、チガウ。建築スキル」
「建築スキル? すごいな!」
「エト、エト、チョットマテ……」
ボウは革の鞄から分厚い本を取り出して、パラパラとめくって何かを探しているようだ。
「その本は辞書か?」
「辞書? 辞書ナニ? コレ、見テ」
ボウは俺に本を開いて見せてくれた。そこにはこちらの世界の文字と、不思議な文字が並んでいた。辞書のようだ。
「この文字は魔族の文字か」
「ソウ」
魔族の文字は四角いマスがいくつも並んでいて、そのマスの中に様々な絵が描かれていた。魔法陣に似ている気がした。
「良い辞書だな。これは」
「辞書カ。コレハ辞書」
ボウは辞書を知ったようだ。
「何の話だっけ? あ、建築スキルな」
「オレ、城ニイタ。壊レタ城ダッタカラ建築スキルトッタ」
ボウは辞書で城と調べつつ、説明してくれた。建築スキルを取って城を直そうとしたんだろう。
「城って魔王城か?」
「魔王サマ、スゴク前ニ死ンダ。勇者ニ倒サレタ。魔王サマ死ンダケド、城残ッタ。魔族ガ住ンデル」
「そうか。魔王城には魔王が死んでも、魔族が住んでるんだな。それで、なんでボウはここに来たんだ?」
「追イ出サレター。魔王サマジャナイ奴ガ、自分ヲ魔王言イ始メタ。オカシイ?」
「うん、それおかしい」
「オレモ、ソウ言ッタ。追イ出サレター」
俺は思わず笑ってしまった。ボウも笑ってる。
「ボウは人を襲おうと思わないのか?」
「ナオキハ、オレ、オソウカ?」
質問に質問で返された。
「別に襲わないよ。俺に攻撃してきたら、やり返すと思うけど」
「オレモ、ソウ。デモ、襲ウ人イルダロ?」
「まぁ、いるなぁ」
「サッキ、イタ鎧着タ女、襲ウカ?」
「ああ、アイルはどうだろうな。たぶん、襲わないよ。俺の仲間だ」
「ソウカ。魔族モ人ヲ襲ウ奴イルケド、襲ワナイ奴モイル」
ボウは頷いていた。
「それで、さっきリタが言ってた話わかったか?」
「リタ!? アノ人良イ人。トキドキ飯持ッテクル。良イ人」
なんだ、リタはちゃんとやってるらしいや。
「冠水するって話、わかった?」
「カンスイワカラナイ、ナニソレ?」
「雨降って水浸しになるんだって。水で埋まるんだ」
「水デ埋マル?」
説明してもよくわからないようだ。
荒い紙と木炭を取り出して、絵で説明してやると、「大変ダ!」と言っていた。
「ソレヲ言ッテタノカ。北へ行ケッテ言ッテタノハ?」
「畑に適した土地があるらしい。ここは育ちにくいって」
「デモ、北ノ方ハ人ガ多イダロ。石投ゲラレル。魔ゾクダカラ、難シイ」
ボウは下を向いてしまった。
魔族と言っても理解は出来ないだろうなぁ。魔物と魔族の違いがそもそもわからない。
「そうか。雨期まであと3ヶ月はあるらしい。それまでに居場所を見つければいいさ」
「ウン」
「飯はどうしてるんだ?」
「夜ニ魔モノヲ倒シテ、魔石ヲ取ッテル」
「魔族は魔石を食うのか?」
ボウは首を振り、
「魔力ダケデモ、7日クライ生キラレルンダ」
魔族は魔石から魔力を吸うのか? 魔族は身体の構造が違うようだ。
「魚の干物いるか?」
俺はアイテム袋の中から、ヘリングフィッシュの干物をテーブルに積み重ねた。
「コンナニ! イイノカ?」
「うん、飯で苦労するのは辛いからな」
ボウは呆然と干物を見ている。
「ドウシテ? ドウシテ、ナオキ、オレニ優シクシテクレル?」
「どうしてって、最近、セイレーンと人族の夫婦を見たからかなぁ。俺は探知スキルを持ってるんだ。探知スキルで見ると、魔物や魔族は赤く見える。要は敵として認識…見えるんだ。でも、ちゃんと話ができた。一緒に飯食べて、道案内もしてくれた。だったら、友だちにもなれるだろ?」
「トモダチ?」
「そう、そして俺は今、ボウと話ができた。もしかしたら友だちになれるかもしれない」
「デモ、敵ジャナイノカ?」
「探知スキルではね。『スキルはあくまでスキルだ。人生を楽しむために使ったほうがいい』って長く生きた友だちが言ってたんだ。俺はそれを信じてる」
マルケスさんの言葉だ。今ではこの世界で生きる俺の指針になりつつあるような気がする。
「スキルハ……スキル」
「誰がスキルってものを作ったのか知らないけど、これで俺とボウが友だちになったら、そいつの想定…考えていた未来を、俺たちが超えることになる。それってすごく面白いことじゃないか?」
神様が管理してるんだっけな。
「フハッ!オモシロイ」
ボウは笑った。
「俺がボウに優しくする理由はそんなところだ。あ! ちょっと待てよ。俺、仕事で魔物を駆除してるし、たぶん、魔族も結構殺してるかもしれない。それでも友だちになってくれるか?」
マルケスさんの島で、スキル持ちの魔物は殺したし、この前も言葉を話す奴を倒したな。
「駆除ッテナンダ?」
「駆除ってのは、ある場所に悪い影響を与える魔物を追い払ったり、殺すことだな」
ボウは『影響』を辞書で調べて理解していた。
「全部カ? 悪イ魔物全部殺す?」
「うん、だいたい殺すね」
「ソンナコト出来ルノか?」
「うん。それが仕事だ」
魔物以外も請け負っちゃって大変な目にあってるけど。
「すごイな。ソンな仕事アルのか?」
「ああ、駆除業者だ。清掃もしてるけどな」
「おもしろイ種族だナ」
「ちょっと待て。ボウ、さっきより言葉が上手くなってないか?」
「エッ? あ! 【言語能力】ってスキル出てルー!」
すぐにボウは【言語能力】のスキルを取ったようだ。
「たぶん、ナオキとたくさん喋ったからだ」
「ラッキーだったな。俺が来て」
「フハッ! ラッキー」
「飯、食うか?」
「食う!」
そんな感じで、魔族の友だちが出来た。
飯は一度も使ったことがないという竈で、干物を焼いて食べた。
水と固いパンもつけてみたが、料理らしい料理はボウも得意ではないらしい。
飯を食べながら、ボウの一日の予定を聞くと、なかなか面白かった。
朝起きて、笑顔の練習。午前は畑作りをしてから、飯がある時は飯を食べ、笑顔の練習。昼寝してから、草原で植物の種を探したり、薬草を採取したりして、夕方、笑顔の練習。夜は影の魔物であるシャドウィックが出るので、斧で倒して魔石を回収して、寝る前に笑顔の練習をするらしい。
「なんでそんなに笑顔の練習するんだよ!」
俺が笑い転げていると、ボウは怒ったように、
「笑顔は大事! 笑顔にしてたら、馬車の荷台に乗せてくれたおじさんもいたんだ!」
「そうなのか? で、どんな練習するんだよ」
ボウはニッと牙をむき出して、最高の笑顔をかました。不器用な笑顔とわかる程度で、幼児に見せたら確実に泣くレベルだ。
俺が爆笑していると、
「ナオキもやってみろ!」
「よーし、俺が手本を見せてやる!」
俺は最高の笑顔を小屋中に振りまいた。
ボウは「アホだ! そんな顔したら、女が逃げるぞ!」と言っていた。どうやら、俺はイヤらしい笑顔しか出来ないようだ。
昼食後、小屋を出て、アイルたちと合流することに。
ボウは出て行く時に、やたらと自分の角を気にした。どうにか目立たないように、フードで隠していた。
「俺の仲間に帽子でも作ってもらおうか?」
メルモならすぐに作ってくれそうだ。
「いいのか!」
「もしくはカツラか」
「カツラ?」
「偽物の髪のこと?」
「なんだソレ?」
「なんだソレ?って言われちゃうと、なんだろうなカツラって」
まぁ、角で浮いちゃうか。
そんなどうでもいい話をしながら、通信袋でベルサと連絡を取り、俺とボウは東へと向かった。
ボウは通信袋に驚いていたが、魔王城にも水晶のような大きな通信機器があったと教えてくれた。