120話
『そのような事実は一切ございません』
俺とセスは酒場を出た後、モラレスの教会を探したがなかった。仕方がないので、町外れに行き、通信袋で神様に連絡を取り、グレートプレーズの国中が水の勇者と水の精霊になっちゃってることを伝えたところ返ってきたのが先の言葉だ。
「そんなこと言ったって、皆それを信じてるというか……」
『もう一度言うけど、「そのような事実は一切ございません」これ良い言葉だなぁ。コムロ氏の記憶の中にあった言葉だよ』
「神様、なんで俺の記憶を見てるんですか?」
『転生するときにコピーしておいたんだよ。新しいスキルを作るときに役立つと思って。ところで、コムロ氏のいた世界、職業多すぎない?』
多いけど! 今それどころじゃなくて!
「その話は置いといてください。それより、水の勇者が増えたってことはないんですね?」
『ないよ~。いくら僕がちょっとドジだからって、そんな国民全員が勇者の国なんて出来たら、さすがに気づくよ~』
そうか。ということは自称なのか、良かった。いや良くはないか。結局、水の勇者と水の精霊を探さないと行けないんだな、などと考えていたら、
『コムロ氏、「せ」って職業なに?』
通信袋から神様の声がする。
「は?」
『いや、「は」じゃなくて「せ」だよ』
「せ……ああ、SEですか?」
『SE? え? そんなのが職業になるの? ドギャーン! とか、ズッキューン! とか言ってるとお金になるの?』
「いや、サウンドエフェクトじゃなくてシステムエンジニアです。あれ? でも、サウンドエフェクトをつけてるっていう職業もあるかも」
『システムエンジニアって何するの?』
「さあ、俺もあんまり詳しくないです。システムを管理したり構築したりするんじゃないですか?あ、スキルシステムの管理とか任せると喜んでやってくれるかもしれませんよ」
『なにそれ、是非とも欲しい! コムロ氏がこの世界に来てから、新しいスキルが湯水のように湧いてくるんだけど。それで、あんまり、寝てなくて超忙しいんだけどー。この状況で人材確保とか無理ゲー過ぎるんだけどー!』
俺の記憶見て変な言葉覚えやがったな。神様の愚痴は聞き飽きたので通信袋切ろう。
「まぁ、とにかく、水の勇者も水の精霊も1人なんですね?」
『そう、たいてい精霊と勇者は対になっているよ』
「それじゃ、もう魔力切れ起こしそうなんで切ります」
『じゃ、あばよ、とっつぁん!』
「誰がとっつぁんだ!」
通信袋を切ると一気に脱力感が襲ってきた。
「大丈夫ですか?」
セスが俺を心配してくれる。
「ああ、神と話すと、魔力と精神力を削られるんだ」
実際、通信袋に込めた魔力量で、俺は魔力切れを起こしかけていた。神のいる場所が遠すぎるせいだ。
「で、なんて言ってたんですか?」
セスが聞いてきた。
「あれ? 聞いてなかったの?」
「僕には、キーンとしか聞こえなかったので」
そうか。神とか邪神て人によって、どう見えるかだけじゃなくて、声も聞けないことがあるのか。
「この国の人たちが勝手に勇者を自称してるみたいだ。結局、勇者探しは変わらないな」
その後、アイルと連絡を取り、宿で全員と合流することに。
宿は竪穴式の丸い建物で、屋根は茅葺きっぽい。外見以上に中は広く、真ん中に囲炉裏があった。客は俺たちしかいないので、気が楽だ。
3日間、5人で銅貨5枚という破格の安さだった。宿の主は隣で干物屋もやっていて、自宅もそっちらしい。最近、干物屋に縁がある。
「何かあったら隣に来て。あとは適当に」
そう言って、宿代を受け取った宿の主は、宿を出て行った。
囲炉裏を囲んで、知り得た情報の共有。
水の勇者が複数いること。水の精霊が分身しているのかもしれないこと。
などが報告されたが、俺が20年前の勇者の宣言によって国民が水の勇者と水の精霊になったことを告げると、「なんだよ! それ!」「ふざけんなよ!」と非難の声が上がった。
「ということで、本物の水の勇者探索はかなり大変そうだ」
俺の言葉に、アイルが酒が入ったコップを呷った。
「歴代の水の勇者の話を吟遊詩人がしていたんですが……」
メルモが唐突に話し出し、ベルサの方を見た。ベルサとメルモは一緒に行動していたはずだ。
「ああ、そうだった! ナオキ、初代の水の勇者はマルケスさんだ」
ベルサが言った。
「え!? そうなのか!? いや、そうか。マルケスさんは元勇者だもんな」
マルケスさんは水の勇者として召喚されていたのか。
「あの例の成長を促進させるキノコもこの大陸で見たし」
「確かに! ……で?」
水の勇者は継承されていくとボリさんから聞いた。もうマルケスさんは勇者ではないから、何か関係があるのかな。
「それだけだな。その後の水の勇者たちは名前が長すぎて覚えられなかった」
「やっぱり情報が足りない。アイルは何かあった?」
「東に川があった。川の向こうは湿地帯になってるらしい。『自称勇者たち』に聞いた話だが、今は湿地帯に渡り鳥が来るシーズンだから忙しいんだって。それぐらいだ」
「ん~そうか……」
俺は腕を組んで考える。
「どうした? やはり情報が足りないか」
ベルサが聞いてきた。
「それもそうなんだけど……。別に困ったことが起こってるわけじゃないよな?」
「ん? どういうことだ?」
「土の勇者の時はアデル湖の問題やグール病があったけど、今回は水の精霊がサボって大変なことになってるのかな? 先代の勇者が変な宣言をしたってくらいだろ」
「確かに、この町の人たちは普通だよな」
アイルが言った。
「精霊をクビに出来ないんじゃないかなぁ……まぁ、もう少し、調査してみるか」
「了解」
「わかった」
「OKです」
「OKっす」
クビにできなければ、神様には「水の精霊はちゃんとやってたよ」と報告すればいいか。
囲炉裏で野菜たっぷりの鍋をメルモとセスが作ってくれた。
野菜はモラレスの近くで穫れたものらしい。トマトに似た赤い野菜だったので鍋は赤く、味も似ていて美味しかった。
久しぶりに屋根があるところで眠れるので、早々に就寝。
夜中、外から歌声が聞こえてきた。ベルサたちが言っていた吟遊詩人だろう。何代目かの勇者が町の美人に恋をした話や、魔物によって恋人との仲を引き裂かれてしまった勇者の話などを歌っていたようだ。勇者も自分の恋愛話を晒されて大変だ。
翌日、冒険者ギルドで仕事の依頼募集の張り紙を書き、ギルドマスターのチーノに渡した。俺以外の社員はすでにモラレスの町中で調査兼営業活動中である。
「清掃・駆除って、何をやるんだ?」
チーノは張り紙をボードにピンで留めながら聞いた。
「家の掃除とか小さい魔物、昆虫系の魔物の群れを駆除するんです」
「そうか。それで5人、食えてるのか?」
チーノに心配された。
「まぁ、それなりに」
「冒険者のランクが高い社員もいるんだろ?だったら、そっちで稼げばいいんじゃないか?」
「何か、ありますか?」
「シャドウィックの討伐なら常時受け付けている。報酬は現物支給だが、どうだ?」
「わかりました。考えておきます」
「おう。冒険者が少ないからな。頼むことも多いかもしれん」
「はーい」
俺はチーノに手を振って、冒険者ギルドのテントから出た。
冒険者ギルドから、モラレスのメインストリートらしき通りを目指して歩いていると、「うぁ~!」という女性の泣き声がした。大人の女性が大きな声で泣いているなんて、と思い、そちらの方を見ると、泣かしたのはベルサだった。あいつ何やってんだよ。
ベルサは、泣いている女性に服を掴まれ、オロオロとしている。徐々に人の注目を集め始めている。めったに見られない光景なので、人垣に隠れてしばらく黙って見ていたら、バレた。
「ナオキ! 助けてくれ!」
人をかき分けて、近づいていくと、泣いている女性は色んな種類の花を籠に入れて持っていた。花売りの少女のようだ。
「あんまり人を泣かすなよ」
俺はベルサに言った。
「いや、私は何もしてないぞ。花を買っただけだ!」
「じゃ、なんでこの人は泣いてるんだよ」
「知らないよ! 助けてくれ!」
「なんで泣いてるんですか?」
俺はできるだけ優しい声で女性に聞いてみた。
「あの……花を全部買ってくれたからぁぁ」
そう言った女性は俺の胸に顔をつけながら泣き始めた。女性2人、男性1人の状況で女性の1人が号泣している。傍から見れば、すごい修羅場だ。
「全部買ったらダメだったんだよ」
「え? そうなのか?」
「いえ、そうじゃなくて、全部買ってくれる人なんていなくて、いつも売れないから」
嬉し泣きだったようだ。俺は周囲の野次馬に両手を上げながら、「嬉し泣きです! 修羅場ではないです!」と説明して、お引き取り願った。
どうにか女性を落ち着かせ、ベルサは花を籠ごと受け取った。女性は20代半ばくらいで、藍色の民族衣装に、先が丸いかわいい靴を履いていた。黒髪で顔は誰かに似ているような気がするが誰かはわからなかった。前の世界で見た芸能人だろうか。
「私は研究のために欲しかっただけだから。別にかわいそうとか、そういうことは思ってないからな」
ベルサは言い訳するように言った。
「研究ですか?」
「魔物学者なんだ。ナオキからも説明してくれよ」
「魔物学者のベルサだ。身なりはヨレヨレのローブか、青いツナギしか着てないから、怪しく見えるが、こう見えて性根は……守銭奴で、お金に厳しい。ちなみにいくらで花を売ったんだ?」
俺はベルサの説明をする。危うく途中で嘘つくところだった。
「銀貨2枚です」
「もっと取れたぞ」
「余計なことを言うな!」
怒られた。
「もし、こういう珍しい花が咲いている場所があれば、教えてくれないか? お金を払ってもいい」
珍しいこともあるものだ。ベルサが自らお金を払おうとしている。雨でも降るんじゃないだろうか。
「わかりました。全部買ってくれたお礼に教えます!」
女性は純粋な目をしていた。
「こっちです。ついてきてください、えっとベルサさんと……」
女性がこちらを振り返った。
「清掃駆除会社を経営しているナオキだ」
「花売りのリタです」
「よろしく」
俺とベルサはリタについていった。