117話
早朝、皆が眠る中、俺は1人で、キャンプファイヤーの後片付けをしていた。
海水で残り火を完全に消して、浜辺近くの森の地面に穴を掘り、燃え滓を埋めた。
汚れた食器類も海水で洗ってからクリーナップをかける。キャンプファイヤーに使わなかった木を板にして、ベタベタ罠を大量に作った。いくらあっても困るようなものでもないだろう。
ついでに眠り薬や麻痺薬などの薬も出来る限り補充しておきたい。森のなかに入り、ガガポとビーセルたちの追いかけっこを見ながら、眠り薬に使う花や麻痺薬に使うキノコがないか探した。見つけたガガポは抱きかかえて保護し、向かってくるビーセルたちは実験用にベタベタ罠で捕獲した。
眠り薬に使う花などは見つけられなかったが、食べると幻覚を見るようなキノコや、笑って死ぬと言われているタイプのキノコなどが見つかった。全て以前、カミーラが見せてくれた本に載っていたものや、カミーラの薬屋で売れずに残っていたような素材だった。意外なところで意外な知識が役に立つものだ。
幻覚剤と笑死剤を試しに作ってみた。笑死剤など作ったこともないし、過去にあったかどうかすら怪しいが、物は試しだ。
作ったら、捕まえたビーセルで試し、診察スキルを使いながら観察。ビーセルはこの島では害獣なので、殺しても問題はないだろう。
結果、笑死剤では死なないことがわかった。そもそもキノコには致死性があるのかどうかも怪しい。が、どちらも幻覚を見たようで、トロンとした目で口からダランと舌が出て、状態異常になっていた。
遅効性の毒キノコもあったので、毒薬を作る。毒薬もビーセルで試すかどうか迷ったが、試すことにした。毒団子にして口の中に入れ、のたうち回るビーセルを診察スキルで観察。内臓にかなりのダメージを与えることがわかったところで、楽にしてやった。
死体は魔法陣で消し炭にし、地面に埋めた。
2種類の幻覚剤と遅効性の毒薬が手に入った。やはり地域ごとに作ることができる毒の種類は変わるものだ。こうなってくるとカミーラが持っていたエルフの毒薬がすごい効果だったことがわかる。今度、バルザックに連絡して、カミーラに素材を聞いてみよう。
浜辺に帰ると、シオセさんが起きていた。
「すまない。後片付けを任せてしまったな」
「ああ、いいんですよ。逆に色々と補充できました」
後片付け、というか清掃は自然と身体に染み付いてしまっているのか、意識していなかったな。
「ビーセルに襲われそうになっていたガガポを一匹保護しましたよ。もう森で放してしまいましたが」
「そうか。ビーセルはどうした?」
「幻覚剤と毒薬の実験台にして殺処分しました」
「実験台か……。えげつないが助かるよ」
「あ、そうだ。幻覚剤で思いついたんですが、ガガポの偽者のようなものを作って罠って出来ませんかね?」
「ん?それはどういうものだ?」
俺は思いついた罠をシオセさんに話した。
ガガポのぬいぐるみのような物の中に幻覚剤を入れて、釣り糸で引っ張ってビーセルに噛みつかせるという罠を提案した。
「ビーセルが噛み付いたら、幻覚を見て動かなくなると思うんですけど」
「なるほど。しかし、俺の場合は見えてるビーセルなら弓で殺せるからなぁ」
あ、そうだった。この人、弓の鬼なんだった。
「じゃあ、幻覚団子でもバラ撒くっていうのはどうです?ガガポが誤って食べても死にはしませんよ」
「しかし、誤って食べたガガポは恰好のエサになってしまうんじゃないか?」
確かにそうだ。んむぅ。なかなか難しいな。
「毒薬って言ってたが、どんなものなんだ?」
シオセさんが聞いてきた。
「遅効性の毒で、身体の内側にダメージを与えるタイプの毒ですね。摂取するとのたうち回って死に至るかと」
「なるほど、それを魔物の肉に仕込むっていうのはどうだ? ガガポは肉食じゃないから肉は食べないが、ビーセルなら死肉でも食うんだ」
「それがいいかもしれませんね!」
「毒の素材を教えてくれるか?」
「もちろん、ちょっと森に一緒に行きましょう」
そう言って俺はシオセさんと森に入った。
毒キノコはなかなか見つからず、結構、歩きまわった。
ようやく崖下の洞窟入口の枯れ木に群生しているのを見つけた時には、日がかなり高くなっていた。
軍手をはめて、8割収穫し、シオセさんが場所を覚えておくことになった。
「いやぁ、助かった。正直、俺とルシオだけじゃ限界があるから、罠を作らないとな、と思ってたんだ。罠作りの技術を持ってる業者の話はとてもためになるな」
「でも、思いついたのはシオセさんですよ」
「いや、俺だけだったら、こんな方法は思いつかない。せいぜい小さな落とし穴を作るくらいだったろう。やはり根本的な考え方が違うな。魔物は獲ったら食うというのが基本だと思っていたが、その辺からして違うな」
シオセさんは駆除業者を褒めながら、浜辺に帰った。
浜辺ではすでに全員起きて、昼飯の準備をしていた。
昼食は、ヘリングフィッシュの干物と野菜炒め。それから馬鈴薯に似た野菜(ベルサがバレイモと名づけていた)の煮物。セイレーンの奥さんたちもすっかり打ち解け、コリーも料理を運ぶのを手伝ったりしていた。
俺とシオセさんはしっかりと手を洗い、午前中に森でしていたことを皆に話した。シオセさんはしきりに、「駆除業者ってのはすごい。考え方が根本的に俺たちとは違う」と言っていた。
昼食後、俺は毒薬作りをシオセさんとルシオに教え、アイルとベルサは、ボリさんとコリーを連れてガガポを見るために森に入った。セスとメルモはセイレーンの奥さんたちと一緒に食器を片付け、お茶を飲んでいた。奥さんたちはお茶に驚いていたようで、目を丸くして、はしゃいでいた。
「これを煮て、このタイミングで上げて……」
などと鍋を前に説明をしていると、シオセさんがこちらを見て固まっていた。
「ナオキ……殿、君は薬学スキルはどのくらいなんだ?」
ルシオが聞いてきた。
「へ? ああ、10だね。大丈夫だよ。この毒薬だけ覚えればいいんだから、そんな難しくはない。失敗はたくさんできるし」
俺は採ってきた毒キノコを見ながら言った。
黙っていたシオセさんは一度髪をくしゃくしゃっとかき上げて、真剣な表情になって、「よし! 先生、頼む、もっかい教えてくれ!」と、前のめりで言った。何か気合が入ったようだ。
一度、俺が見本を見せて、2人が作り始めた。
何度も失敗していたが、成功するまで止めるという気はなさそうだった。
「まさか、この年で新しいスキルに挑戦するとは思わなかった」
「僕は、城ではこんなことをやらせてもらえなかった」
2人はちょっとずつ毒薬づくりが楽しくなっているようだ。
「うまく出来ると楽しくないですか?」
「「楽しい!」」
2人がノッているうちに毒消し草と薬草から、アンチドーテという毒消し薬と回復薬の作り方を教えておく。草をすりつぶす乳鉢は、森の川原で拾ってきた物を渡した。
一通り作り方の説明が終わり、
「これを繰り返すだけです。あとは練習するかレベル上げて薬学スキルにスキルポイントを振ってください」
「わかった。ありがとうございます!」
「ありがとうございます!先生、見本作っておいてもらえますか?」
「わかりました」
俺は見本用に、毒薬とアンチドーテ、回復薬を、瓶3本ずつ作った。
「それ、町で売ると1本金貨1枚になりますからね」
お茶を運んできたメルモが言った。
「そんなに金持ってないぞ」
「ああ、いいですよ」
シオセさんは「お前金持ってないか?」とルシオに聞いていた。ルシオは「裸一貫で来たから持ってない」と悲しい顔で言っていた。
ちょうど、その時、森からアイルたちが帰ってきた。
「あ、おい! 干物屋、金貸してくれ!」
「なんだよぅ。藪から棒に。いくら必要なんだ?」
ボリさんは困りながらも、友達を放っておけないようだ。
「えーっと、9本だから金貨9枚だ」
「干物屋がそんなに持ってるわけないよぅ」
シオセさんは「そうだよなぁ」と言いながら、腕を組んだ。
「いや、だからいいんですって。んん、じゃ、貸しってことで、いつかまた来た時に返してください。ヤバイって時には使ってくださいよ」
「いいのか?」
「ええ、その代わり、今度来る時までにガガポを増やして、美味しい肉をごちそうしてください」
「わかった! 約束する!」
シオセさんは俺の手を取って固く握った。
「まぁた、タダで仕事したな!」
アイルが俺に言う。
「いいじゃないか。昨日は宴会楽しかったろ?それに美人のセイレーンの奥方たちと酒が飲める機会なんて早々ないし」
「それもそうだな」
アイルが納得したので良しとしよう。ベルサは「こんな体験は他じゃ出来ない。こちらの方が得してるくらいだ」と初めから金を取ろうなんて気はなかったようだ。
「ガガポは、もう良いのか?」
俺はベルサに聞いた。
「うん。スケッチもした。それにこの島に魔物学者はいるしね」
ベルサが答えた。
「じゃあ、俺たち行きます!」
「もう行くのか!?」
シオセさんがちょっとさびしそうに聞いた。
「ええ、日が沈む前に」
「そうかぁ。東の大陸に行くのかい?」
ボリさんが聞いた。
「ええ、そのつもりです」
「なら。おーい!東の大陸の方まで船を案内してあげてー!」
ボリさんはセイレーンの奥さんたちに声をかけた。奥さんたちはそれに手を振って答えた。どうやら案内してくれるようだ。セイレーンの案内なら心強い。
出港の準備をする。
「あ、ルシオ。ブラントンがこの島まで来るかもしれない。気をつけて」
「え?アイツが来てるのか?わかった!」
「大丈夫か?」
「んーまぁ、大丈夫だ!」
裸の元王子は明るく答えた。数日前まで、北の島で怯えていた頃とはすでに違うようだ。
「よし!出港しよう!」
アイルが船を海に向かって押して、船に飛び乗る。帆を張って、出港する。
「いろいろ世話になった。ありがとう!」
ルシオは浜辺でこちらに向かって大きく手を振った。シオセさんもボリさんもコリーも浜辺で手を振っている。
俺たちも手を振り返した。
島を離れ、幾つかの島を抜けると、セイレーンの奥さんたちからちょっと止まってくれと言われ、錨を下ろした。
日が沈む直前で、東の空は暗かった。セイレーンの奥さんたちは、踊るように泳ぎ始めた。10分ほど経った頃、船の周りにはシーライトが集まり、セイレーンの奥さんたちがさらに海面に飛び上がったり、回ったり、優雅に泳ぎ始めた。
「見て!」
船首の方にいたアイルが船の前方を指差した。
シーライトが船の前方に一筋の線を作り出していた。
青白い光はまっすぐ東に伸びていた。この光に沿って行けば東の大陸に行けるのだろう。
セイレーンの奥さんたちは、俺たちに手を振って夫と子どものもとに帰っていった。
「「「「ありがとう!!」」」」
俺たちは手を振り返し、錨を上げた。
完全に日が沈むと、青白い光が暗い海の中でキレイな道筋を作っていることがわかる。
「不思議だ」
ベルサがつぶやいた。
「これも魔物。セイレーンの奥さんたちもガガポも魔物。マスマスカルもローカストホッパーも魔物。魔物は不思議だ」
ベルサの言葉が俺の耳に残った。