109話
群島の西の島にある入江に到着したのは、水平線に太陽が沈んでいく頃のことだ。
海賊の拠点は、黒い岩壁にコウモリの魔物・ショブスリの糞がこびりつき、どうしてこんなところを住処にしたのか、まるでわからなかった。雰囲気かな。
入り江の中の砂浜に船を着けると、矢が飛んできた。空中で掴んでみると、鏃には毒が塗ってあった。
「これは良さそうだ」
俺は、飛んでくる矢を全て掴み、アイテム袋に仕舞った。
アイルは矢が飛んでくる方向に、石を投げた。探知スキルで見ると周囲の岩陰に隠れている海賊は全員気絶したようだ。
岩壁にはいくつか洞窟の入口があり、倉庫や住居にしているようだ。
俺は海賊の1人に、親方を呼んできてくれるように言い、待つことに。
俺は岩壁に仕掛けられた、大きな網を回収。たぶん、侵入した誰かを捕えるための罠なんだと思う。アイルは地面に向かって木刀を素振りし、罠がないか砂浜を探っていた。落とし穴が5つあり、アイルは砂で埋めていた。
海賊の親方が来なければ、乗り込むつもりだったが、親方は海賊30人連れてやってきた。親方はすぐにわかった。海賊の中で1人だけ傷だらけだからだ。
顔も腕も首筋も、魔物に噛まれたような痕や剣での切り傷など、無数にあった。筋肉隆々で、髪も眉もない。
「なんだってんだこんな時に……」
親方は岩陰にいる気絶した海賊や、壊された罠を見ながら、こちらにやってきた。
「やいやい、お前ら3人でここに来るとはいい度胸だ!」
「そうかなぁ? ありがとう。あんたが親方か」
「よくも俺の子分をこんな目に遭わせてくれたな! ふてぇ野郎だ!」
「アイル、太いってよ」
隣にいるアイルに言う。
「私か!?」
「こんなことしてタダで済むと思うなよ!」
「タダじゃないのか! 金くれるのか? よーし金よこせ!」
みるみるうちに親方の顔が真っ赤になり、ゆでダコのようになった。
「野郎ども! 囲んでやっちまえっ!」
親方が言った時には俺が網を投げていた。網はキレイに海賊たちにかぶさり、親方を含めた6人を捕えることに成功。アイルが親方の首筋に剣の切っ先を当て、
「全員、動くな」
警告したのにもかかわらず、網に捕らわれていない海賊たちは、「逃げろ!」という親方を呼びに行った海賊の一言で、自分たちの大将を見捨て洞窟へと走っていった。なかなか良い教育を受けているようだ。
「人望ないのか?」
俺は親方に言い、アイテム袋の中から、混乱の鈴を取り出して鳴らす。
入り江や洞窟の中に鈴の音が鳴り響き、周囲にいるショブスリの大群が一斉に混乱し、奇声を発しながら、飛び回る。
海賊たちが走っていった洞窟から「助けてくれー!」という悲鳴が聞こえた。俺たちの周囲にいるショブスリたちは、アイルがはたき落としていた。網に捕らわれた海賊たちは怯えたように固まってしまった。
「この少年知ってるか?」
俺は似顔絵を見せながら、親方に聞いてみた。
「し、し、知らねぇ……」
「親方……!」
一緒に捕まっていた海賊がなにか言いたそうだった。
「ん? なんか知ってるのか?」
俺はなにか言いたそうな海賊の方に向かって尋ねた。
「言うんじゃねぇ!」
親方が叫ぶ。
「そ、そいつは2日前くらいから北の島で、騒いでいる奴だ」
親方を無視して、海賊が説明した。よっぽど親方は舐められているらしい。親方は海賊の言葉に驚いている様子だった。
「騒いでる?」
「ああ、裸になって、何か叫んでる。自由がどうとか、よくはわからねぇ」
「裸?」
俺もアイルもポカン顔だ。
「お前らはなんにもわかっちゃいねぇ」
網の中で、親方が、喋った海賊を掴もうとして網に絡まった。
「親方ぁ! 今それどころじゃないでしょう! 仲間が助けを呼んでるっていうのに!」
「昔はそんなんじゃなかったぜ!」
「そんなんだから、土壇場で裏切られるんだ!」
喋った海賊を皮切りに、網の中の海賊たちが親方に文句を言い始めた。揉めている最中だったか。
「頼む。あいつらを助けてくれ!」
海賊の1人が洞窟を指した。洞窟の方からはずっと悲鳴が聞こえている。探知スキルで見ると、洞窟の入口からちょっと奥に行ったところでショブスリの大群が、逃げた海賊たちの周りを飛び回っていることわかった。混乱の鈴はもう鳴らしていないので、ただただ攻撃されているようだ。
俺はアイテム袋の中から燻煙式の殺虫剤を取り出し、眠り薬を入れ、洞窟の中に投げ込む。
「アイル、そこ塞いでおいて」
「了解」
アイルは洞窟の入り口の上の岩壁に剣で一撃。崩れた岩が入り口を塞いだ。出口はあるだろうが、入り口を塞げば十分眠り薬は効くだろう。実際、数十秒で、ショブスリも海賊たちも状態異常になった。
「あんたら、何したんだ?」
見ていた網の中の海賊が聞いてきた。
「助けろって言うから、助けたんだよ。ショブスリも仲間も眠っている。あの入り口の岩は退かせるか?」
網の中に向かって聞いた。
「ああ、ここにいる全員でやれば、問題ないと思うが……」
「しばらくしたら、眠り薬も効果が薄まるだろうから、岩退かして仲間を救出すればいい。それで、北の島っていうのは?」
俺は口を開けたままの海賊に、地図を見せながら聞いた。
「あ? ああ。この島の北にある小さい島だ。森と夜行性魔物がいるくらいで特に何もねぇ。ここだ」
海賊は網から指だけを出して、島の位置を教えてくれた。
「セス! 行き先が決まった。行けるか?」
船に向かって聞く。
「はい! 海図の読み方を教えてもらいました!」
セスには先に捕らえていた航海士っぽい海賊に海図の読み方を教えてもらうように言っておいたのだ。
「じゃ、出港するか」
俺とアイルは海賊船にいる縛られた海賊たちの縄を解き、浜辺に放り投げる。
「あんまり仲間割れせずに、がんばれよ~」
そう言いながら、船を出す。
入り江を出て、北の島を目指す。
夜の海は静かだったが、相変わらず魔物は多い。魔石灯を照らすと、海の魔物が寄ってきてしまうので、探知スキルを展開させながら、船はゆっくりとしたスピードで北へと向かう。それでも、空は晴れて月や星が出ているので、まったく見えないというわけではなかった。
「海賊って大変だなぁ……」
俺は海へ向けてポツリと呟いた。
入り江にいた海賊たちは親方に不満を持っていたようだし、親方には独自の考えがあるようだった。海賊はただの無法者集団ではなく意外に人間関係は大変そうだと思った。
集団を維持していくには、いろいろ取り決めやなんかも作らないと崩壊していくのかもしれない。
「どうした?」
アイルが聞いてきた。
「いや、人数増えると不満も増えて、統率しきれなくなっていくのかなぁ、と思ってね」
「部下としては理解し難いこともあるんだろ」
俺は親方目線で、アイルは海賊目線で言う。
「その点、うちの会社は不満がどうとか言うレベルじゃないからな。理解不能な社長と社長を理解する気がない社員たちが全員自由にやってるだけだ」
アイルは胸を張ってそう言った。
「え? そうなの?」
そんなことを思っていたのか。
「そうなのか?セス!」
操舵しているセスに聞いてみる。
「え? 不満ですか?別にないっすよ」
「いや、うちの会社にはあんまりルールとかないけど、大丈夫か?いつか裏切ろうとか思わないか?」
「裏切ろうとしてる奴は自ら裏切るとは言わないんじゃないですか?」
まったくその通りだった。
「でも、正直、うちの会社で裏切る人はいないんじゃないですかね?裏切っても得しませんからね」
「そりゃそうだ!」
アイルがセスの言葉に納得して笑った。
「まぁ、皆好きなことが出来てるんだから、うちの会社は心配することはないんじゃないか?」
うちの副社長のアイルが社長の俺に言う。
「そうか、そうだな。……ちょっと待て、俺はそんなに理解不能な社長か!?」
納得しかけたが、理解不能な社長に引っかかった。
「ああ、何するかわからないからな」
「その分、他では絶対出来ない経験をしてるので、面白いですよ」
アイルとセスが言う。
「じゃあ、ま、いっか」
うちの会社は面白けりゃ、いいか。
前方の海に黒い島影が見えてきた。
たぶん、王子がいるという島だろう。
近づくと、火の明かりが見えた。さらに近づくと、誰かが騒いでいる声が聞こえてきた。
「来るな! くそっ! 自由になったってのに! なんでだ! こんなところで死ねるか!」
探知スキルで見ると、砂浜で騒いでいる人が魔物に囲まれていることがわかる。
火を自分の周りに焚いて、魔物から身を守っているようだ。あれが王子かな。
アイルが、トーンッと船から飛び出し、剣を振りかぶって、島の砂浜に大穴を開ける。
ボフンッ
という音とともに、砂が真上に舞い上がる。
それを見ていた魔物たちは島の中に散っていった。
船を島に着けて、俺とセスも島に上陸。魔石灯を取り出し、自分の周りを照らしながら、騒いでいた人に向かって歩く。
騒いでいた人はアイルの砂浜への一撃で、声を失っているようだ。
「こんばんは~」
俺は、火の光に照らされ、呆然としている裸の人に向かって挨拶をした。
「あのぅ、王子ですか?」
裸の人は似顔絵の顔とほぼ同じ顔だ。金髪のイケメンなのだが、とても14歳には見えない。どう見ても30は超えているんじゃないだろうか。ただの老け顔か?
「だ、誰だ!? お前たちは?」
「王子を探しに来た者です。14歳って聞いてたんですけど?」
「我が14歳に見えるか?」
「いえ、見えません」
「じゃ、人違いだ」
「そうですかね? 似顔絵とはそっくりなんですよね。まぁ、いいか。とりあえず、この人、捕まえて連れて行こう」
俺はアイルとセスに指示を出す。
「待て待て! 我は王子などではない。こんな裸の王子がいるか?」
「そうか、そうですよね。ところで、なんで裸なんですか?」
「自由だからだ。服など必要ない。服の上に着る権威も何もかも我は捨てたのだ」
「ってことは元王子ってことですか?」
「んん……そうなるか。頼む! どうか、ロックソルトイーストには連れてかないでくれ!」
王子は膝と手を砂浜について、俺たちに頭を下げた。王子ともあろう人が頭を下げているのだから、よっぽど帰りたくない理由がありそうだ。
「何か、理由があるんですか?」
俺たちは事情を聞いてみることにした。