106話
イーストエンドの詰め所は町の東側にあり、窓から海が見えた。オーシャンビューでいい景色なのだが、窓の外は崖で、逃げようと窓から出れば20メートルほど落下して、荒れ狂う波に飲み込まれてしまうだろう。
俺たちは1人ずつ事情聴取され、王都から調査員が来るまでの間、牢に入れられることになった。本当は監視つきで宿に泊まっても良かったようなのだが、誰かが事情聴取を受けている最中におイタをしたため、全員牢に入っている、ということに今のところなっている。
「誰だよ! 衛兵殴った奴は! なんでお前たちは、そう気が荒いんだ!」
俺が牢の中で説教をする。牢の中はクリーナップでキレイにし、全員床に座っている。荷物は取り上げられ、アイテム袋もない。
「仕方ないだろ? あの若い衛兵はからかいたくなるって! ま、殴ったのは私じゃないけどな」
「そうだ。あんな不毛な会話をしても時間の無駄だ。殴りたくもなるさ。私じゃないけど」
アイルとベルサが腕を組んで、拳を隠しながら言った。
「確かに、私もあんなイヤらしい目で見られたら、手を出したくもなりますよ」
「そうですよ。貴族出身の衛兵だか知らないですけど、態度が悪いのは向こうですよ。決して僕ではないですけど」
メルモとセスがポケットに手をツッコんで言った。
全員、黒だ。俺は探知スキルで見ていたから間違いない。事情聴取されている最中に衛兵が状態異常になって動かなくなったのだから。ちなみに、俺も黒。ツナギをバカにされたので、ちょっとアイアンクローをして、壁に投げたのだ。
「今度からは、俺のようにバレないようにやってくれ」
全員が俺を睨み、ため息をついていた。
「どうするんだ?」
アイルが聞く。
「冒険者ギルドか商人ギルドの人が来てくれるんじゃないかと思う。それに調査員が来るまではどっちにしろこの町から動けないだろ」
「じゃ、ずっとここに泊まっている気か?」
ベルサの言葉に牢の中を見る。クリーナップでキレイにしたものの、床は土だし、壁は石。確かに居心地はよくない。
「なら、居心地を良くすればいいじゃないか?」
「居心地を良くって、アイテム袋も取られてるんだぞ」
「じゃあ、まずはアイテム袋を取り返すか。メルモ、近くにいる虫系の魔物をテイムできるか?」
「やってみます!」
メルモは、天井に巣を作っているポイズンスパイダーという毒蜘蛛の魔物をテイムした。テイムしたポイズンスパイダーに仲間を呼んでもらって、牢の上にいる衛兵たちの部屋に向かわせた。衛兵たちが叫び声を上げて、部屋を出た隙に、俺が天井に土魔法の魔法陣を描き、魔力を流して穴を開け、俺とアイルのアイテム袋を取って、牢に戻り、穴を塞ぐ。
良い仕事をしたポイズンスパイダーには、昨夜獲っていた魚肉をあげた。
アイテム袋が手に入れば、もうこっちのものだ。
床に魔物の毛皮を敷き、寝床を作る。アイルが剣で、壁に四角い穴を開ければ、出入り口の完成だ。出入り口は、ブラックス家とフロウラ家のエンブレムが描いてある布で、カモフラージュ。
アイルがアイテム袋から財布とリュックをベルサに渡す。
「なんか買ってくる?」
「野菜と鍋かな? 昨日徹夜だったから、ちょっと食べてから寝よう」
「OK!」
ベルサはそう言って、リュックの中から、何かの種とピンク色の瓶を取り出した。ベルサは少しだけ床の土を掘り、種を入れて、ピンク色の液体をちょっとだけかけた。すると種が発芽し急激に成長を遂げ、出入り口からイバラのような蔦が伸びていった。ベルサは引っ張ったりして、強度を確かめ蔦を上って出て行った。ベルサは早くもあの成長剤を使いこなしているようだ。
俺は牢の真ん中に加熱の魔法陣を描き、準備完了。
「殺風景だな」
「なんか飾る?」
アイルの提案で、壁にナイフを突き刺して、フィールドボアの頭蓋骨を飾ることに。
「なんかヤバイ部屋になっちゃったなぁ」
「ベルサの花は?」
「あったかなぁ。船においてあるんじゃないか? あ、ちょっとあったなぁ」
白い魔物除け用の花がアイテム袋の中に入っていたので、眼窩に生けておいた。これで、だいぶファンシーになった。さらに、木の板と魔石を組み合わせ、簡易的な魔石灯を作る。これで夜でも大丈夫だ。
妙な視線を感じて振り向くと、向かいの個室の人がドアの隙間からこちらを見ていた。個室は頑丈な木のドアで塞がれ、目だけが見えている状態だ。
「こんちは」
「あんたら、何やってんだ?」
くぐもった声がする。男性のようだ。
「いや、居心地良くしようかと思って」
「そ、そうか」
「何やらかしたんですか?」
聞いてみた。
「俺は傭兵なんだけどよ。狂戦士って知ってるか?」
バーサーカーってやつだろうか。
「俺は生まれながらに狂戦士っていうスキルを持っていてな。訓練中にスキル使っちまって、仲間を傷つけたから、ここに入ってんだ」
「大変ですね」
「そうでもねぇよ。2、3日ここに入っていれば出られるんだ」
バーサーカーはいつものことのように語った。
ベルサが帰ってきて、鍋に切った野菜と、白身魚を入れて煮る。
ヘリングフィッシュの干物も炙った。かなりいい匂いがする。個室の人も「いい匂いだ」と言っていた。
俺は器に、野菜と白身魚のスープを入れ、干物を乗せた。鉄格子を力任せに曲げ、個室の人にもおすそ分け。
「わぁ! ありがとう! ありがとう! ……うめぇ! うめぇ!」
バーサーカーは歓喜の声を上げて食っていた。
俺は牢に戻り、鉄格子を再び力任せにまっすぐにする。
「あれ? ちょっと曲がってる?」
「うん、もうちょっと……、そう、そんくらい」
ベルサの指示を受けながら、何事もなかったことにする。それでも、離れて見ると歪んでしまった。まぁ、いいか。
「お前ら、何やってんだ!」
全員で鍋をつついていたら、様子を見に来た衛兵が叫んだ。初めに会った俺と同じ年くらいの衛兵だ。
「何って、飯食ってますけど」
「なっ! ど、どうなってやがる!」
「食べます? もう、あと一杯くらいしかないですけど」
器に鍋の中身を全て入れ、衛兵に差し出した。
「おおっ、これはおいしそ……、じゃない!」
ノリが良い。
「まったく君らはいったい何なのだ?」
「だから、清掃駆除業者ですよ」
「それは本当らしいな。今、商人ギルドと冒険者ギルドのマスターたちが詰め所にやってきて、君らを出すように言ってきてる」
「じゃあ、出れますか?」
「それは無理だ。殺されたのは貴族だ。しかも王子についていた家庭教師だそうだ。君らを牢から出したら、こちらの首が飛ぶ」
マジかよ。それは悪いな。できるだけ外出は控えよう。
「そうですか」
「正直、君らが犯人だとは思っていない。むしろ解決のために手を貸してほしいくらいだ」
「報酬が出るなら、協力しますよ」
「立場的に、まだそこまで信用できない。ただ、貴族出身の部下たちをぶっ飛ばしてくれたのは、個人的に礼を言う。あいつら、最近、怠けていたからな」
衛兵にもいろいろあるようだ。
「それで、俺たちは何日くらい、ここに入ってればいいんですか?」
「明日か明後日には、王都から調査員がやってくる。そしたら、もう俺の管理下から外れる。その後はわからん」
「聞いていいですか?」
「なんだ?」
「どうして、俺たちが犯人じゃないと?」
「一人一人が衛兵を一撃で倒せる実力。この状況で、どこから出したのかわからないが、鍋つついてるという事実。歪んだ鉄格子と個室からも漂うヘリングフィッシュの干物の匂い。君らが出ようと思えばいつでも牢から出られるんだろう。でも、それをしないのはなぜか? 何かを待ってるのか、それとも俺たち衛兵に気を使ってるか、のどちらかだろう。元々、何かを待つ予定のやつが入港許可証も持ってないってのはおかしい。衛兵に気を使う犯人なんか聞いたことがない。理由はそれくらいで十分だろう」
なるほど、筋が通ってる。
「おい! フリューデン隊長!」
中年の衛兵が降りてきて、俺と話していた衛兵を呼ぶ。フリューデンという名前なのか。しかも隊長ってことは偉いんだな。
中年の衛兵はフリューデンに何か小声で話し、フリューデンが固まった。
「どうかしたんですか?」
俺が聞く。
「君ら、7日前どこにいた?」
「7日前だったらフロウラの町に」
「フロウラ!? 大陸の西の外れだな。証拠は?」
「商人ギルドと冒険者ギルドに連絡してくれれば、滞在していたことがわかると思いますけど」
「そうか。ならアリバイ成立だ」
「何があったんですか?」
「7日前に王子が誘拐されていたんだ」
「隊長!」
中年の衛兵がフリューデンを咎める。
「いいんだ。この人たちは無関係だ」
「王子が誘拐されたっていうのは?」
「王子を誘拐したのは、家庭教師の貴族。つまり君らが見つけたあの死体さ。身代金の要求があったらしい」
「あの遺体の人物が誘拐犯……、殺されたってことは仲間割れですかね?」
「わからん。ただ、王子は今も行方不明だ」
まったくもって面倒なことになってきた。