103話
ベルサたちが買った家具を船長室に置くのを手伝っていたら、すぐに夕方。
社員たちを連れて役所に行くと、ちょうどお付の人たちを連れたリドルさんと鉢合わせた。
「すまんすまん。待ち合わせ場所を言ってなかったな」
「いえいえ、こちらも伺ってなかったのがいけなかったんです。でも、こうして会えたのでいいじゃないですか」
「そうだな。おい」
リドルさんは、お付の人に声をかけた。
「報酬の宝玉と魔法書じゃ。それからうちのエンブレムも持っていくと良い。なぁに、邪魔になるものでもないし、意外に役に立つ時も出てくるかもしれん」
リドルさんは黒いワシの模様が描かれた大きめの布を見せてきた。旗に出来そうだ。
宝玉と魔法書はアイルが受け取り、アイテム袋に入れた。
「では、頂きます」
俺はリドルさんから直接エンブレムを受け取り、アイテム袋に入れた。
交渉事や海賊に襲われた時など、エンブレムを見せると値引きしてくれたり引いてくれるかもしれない。
「送別会じゃが、マーガレットさんとラングレーも来ることになっておる」
ラングレーとは冒険者ギルドのギルドマスターだ。
「そうですか」
「会場はこっちじゃ」
そう言ってリドルさんは先頭に立って歩き始めた。
リドルさんの後ろを俺が、その後ろをうちの社員たちが、その後ろをお付の人たちがついていく。
フロウラの坂を上り、職人街という家具屋や鍛冶屋、靴屋、石屋などの店が立ち並ぶ場所まで来た。
リドルさんは勝手知ったるように一軒の鍛冶屋に入り、店主と会話し、奥へと行ってしまった。俺がどうすればいいのか迷っていると、「こっちだ」とリドルさんは呼ぶ声がする。お付の人たちは店の前でお留守番のようだ。
「こっちだ」と言われても、俺は送別会に行くんじゃないのか、と戸惑いつつもリドルさんの声がする方へと向かった。
地下へと続く階段があり、下りて行くとそこには小さなバーがあった。
カウンターがあり、バーテンダーがいて壁には酒瓶が並んでいる。魔石灯の淡い明かりが大人の雰囲気を醸し出している。とても良い香りもする。お香だろうか手のひらサイズの壺から煙が出ている。
「ここは、いったい……」
「職人たちの憩いの場じゃ。外の居酒屋は騒がしくて仕事の話もできんじゃろ? ここなら静かに飲める」
リドルさんが説明する。
「秘密クラブみたいなものですか?」
「うむ。職人ギルドの隠し部屋みたいなところじゃ」
「そんなところに俺たちが来ても?」
正直言って、調度品も高価そうだし、場違いな感じは否めない。
「ナオキ殿たちは駆除職人みたいなものじゃからな。さ、個室を用意してある」
リドルさんがバーの奥のドアを開けた。部屋は大きくはないが、10人ほどで飲むには十分な広さがあった。
「あ、来たわね。皆お揃いで、どうぞ座って。結構早かったわね」
先に来ていたマーガレットさんが言う。
場の雰囲気に飲まれたのか、俺も社員たちも周りをキョロキョロと見てしまう。
壁は石造りで、継ぎ目が目立たない加工をしてある。職人技だ。
僅かに水が流れる音が聞こえる。探知スキルで見ると、壁の奥に川が流れていることがわかる。
「壁の奥は川が流れているんじゃ。暗渠というやつじゃな。フロウラの井戸の水は、ほとんどがその川の水じゃよ」
驚いている俺にリドルさんが教えてくれた。
全員が席に着くと、果実酒の瓶が運ばれてきた。見れば給仕をしてくれているのは昼に面接した鍛冶屋の青年だった。昼は鍛冶屋で夜はここで働いているのだとしたら大変だ。気まずそうにしていたので、気づかなかったことにしておいた。
「「「「乾杯!」」」」
冒険者ギルドのラングレーは来ていなかったが先に始めることにした。
俺とアイルは酒は控えると言い、コップとお茶を用意してもらった。コップの底に氷魔法の魔法陣を描き、冷えたお茶にすると、全員のコップに描け、と言われた。魔力で描いただけなので、効果は2、3時間で消えるだろう。
「美味しい! 冷えていたほうがやっぱり美味しいわね!」
マーガレットさんは頬に手を当てて喜んだ。
それから、次々に料理が運ばれてくる。どれも美味しそうだ。
「石工の奥さんが元料理人で、きっと美味しいぞ」
味には自信があるらしい。
「あのバーテンダーさんは石屋さんなんですか?」
「そうじゃ。ここを作ったのも石屋の連中じゃ。職人ギルドの裏のマスターってところかのぅ」
前の世界でも石工の団体が秘密結社を作っていたが、職業的にそういうものになりやすいのかもしれない。石材を間違えば、城とか壊れるしなぁ。
「やっぱり、ここの食事は一味違うわね」
マーガレットさんがカルパッチョのようなものを食べながら言う。
「よくここには来るんですか?」
マーガレットさんの前の席のベルサが聞いた。
「そんなに多くはないけれど、来るわね。有料道路の道幅を決めるのに、職人さんたちとも話さないといけませんから」
馬車の規格を考えるのも大変だ。
「あ、そうだ。朝言っていた勇者の話なんだけどね」
マーガレットさんが本を取り出して、話し始めた。
「これはある冒険家の日記で、このヴァージニア大陸の東に群島があってね、そのさらに東へ行くと大陸があるらしいのよ。大陸には鬱蒼とした森があって、森の崖の下に勇者がいる国があるって書いてあるわ」
「んん。群島の先とは遠いな」
マーガレットさんの話を聞いて、リドルさんが唸った。結構な旅になりそうだ。
「俺たちの船で大丈夫ですかね?」
俺は不安だったことをリドルさんに聞いてみた。
「それは問題無いじゃろ」
「だけど5人で動かすにはちょっと大きすぎる気がするんですけど」
「なに!? 5人! 他に船員はおらんのか?」
「ええ。そうなんです。操舵の方はセスが心得ているので良いのですが、海図や羅針盤を読める人がいたほうが良いんじゃないかと思うんですけどね」
「航海士がいないと!? どうやって行くつもりじゃったんじゃ?」
リドルさんの言葉にセスを見ると、
「いや、左手に陸地を見ていれば、東に向かうじゃないですか」
と、セスは説明した。
確かにそれはそうなんだけど。
「最悪、俺が探知スキルで見て、指示すれば岩礁とかは避けられると思うのですが」
「しかし、あまり南に行くと方向がわからなくなるぞ。南の海は魔の海と呼ばれていてな。突然船の方向を変えられていることがあるんじゃ」
それは空間の精霊のせいですね。この星の赤道には空間の精霊がつくった壁があるらしく、北半球と南半球を分けていると、神と邪神が説明していた。
ということは、南に行くことはない。だからといって怖くないわけじゃない。
「なるべく陸地から離れないようにしような」
「ええ、そうするつもりです。あと、その東にある大陸に行くという商船に付いて行けばいいんじゃないかなぁ、と思ってたんですけど」
うちの船長は超楽観的で他力本願だった。
「正直、操舵スキルが上がったせいか、他の船に振り切られるとは思えないんですよね」
なんだか、もっともらしい。
「しかし、帆はどうするつもりじゃ?帆をちゃんと張らなければスピードは……そうか。そうだったな」
リドルさんは話している途中で何かに気づいたようだ。
「そうなんですよ。帆を張ったり上げたりする作業なんですけど、うちの人たちならマストからマストへ飛び移れるくらいの身体能力があるんですよ。それに社長の魔法陣もありますしね」
セスは船に関しては大胆な発想をしているのだろうか。
「なるほど、5人でなんとかなると」
「ええ、あんまり海が荒れてたら、無理せず近くの港に停泊するつもりですし」
「随分、無茶な計画じゃが、よく思いつくなぁ」
リドルさんはセスの意見に感心しているようだ。
「この会社にいると、無茶なことが割りと普通にあるので、自然とです」
セスはそう言いながら、骨付き肉にかぶりついていた。
「船長。そんな簡単に行けんのか?」
最後に俺がセスに聞く。
「そりゃ社長がいれば、どうやったって行けるんじゃないんですか?最悪、船ごと空で飛んでしまえばいいかと」
うちの新人は随分、無茶なことを言うようになってしまった。
「まったく誰に似たんだか」
「船を預けられたと思って必死に考えたんですけど、アイルさんとベルサさんに考えるだけ無駄だって言われて。そうか、うちの人たちは普通じゃなかったって気がついたんですよね」
俺の心配を他所にセスは笑いながら、果実酒を飲んだ。
とにかく、羅針盤を見て3時の方角に行けば、いいのかな。
「それでも、群島を通る時は少し警戒したほうが良いぞ」
リドルさんが言う。
「何かあるんですか?」
「東の群島はね。とっても自由な国がひしめき合ってるのよ。自由なだけに危険も多いわ」
マーガレットさんが教えてくれた。
「だからワシはエンブレムを渡したんじゃ」
「あ、うちのエンブレムも持って行って」
リドルさんの言葉を受けて、マーガレットさんが鞄から、畳んだ布を取り出して俺に渡してくれた。布を広げてみると、白い盾の中に獅子とグリフォン、月桂冠の模様が描かれていた。
「気安めかもしれないけど、知っている者ならば、少しは効果があると思うわ」
「ありがとうございます」
俺は丁寧にエンブレムを畳み、アイテム袋に仕舞った。
ちょうどその時、ラングレーが現れた。
「すまんすまん。遅れてしまったな」
「良いんですよ。先に始めちゃってましたから」
再び乾杯をした。
「すみませんね。きっとうちの社員たちがご迷惑をかけたでしょう」
俺はラングレーのコップに果実酒を注ぎながら言った。
「いやいや……んん、まぁ」
ラングレーは否定しなかった。新人研修もあったし、ローカストホッパーの時は世話になった。それに昨日はアイルが訓練場で暴れていた。
「実はな。コムロカンパニーの名でパーティー登録したのだが、良かったか?」
ラングレーはここまで走ってきたのか、額の汗を拭いながら聞いてきた。
「それは構いませんが」
「それでな。そちらの『剣王』のお嬢さんが昨日、暴れてくれたおかげで、お主たちに立ち向かおうとする冒険者はいなくなったんだが、今度は加入したいと言っている者が増えてしまってな。それを抑えるのに、時間がかかってしまって遅れたんだが」
「そうですか。それはすみません」
「いやいや、こちらも仕事だ。で、どうだ?新人を取る気はないか?」
「冒険者って強いだけなんですよね?」
「まぁ、基本的にはそうだな」
「昨日の奴らくらいのレベルなら、うちじゃ無理だよ」
横で聞いていたアイルが口を挟んだ。
ラングレーは「やっぱりそうか」と下を向いて、何度か頷いた。
「正直、全盛期の俺でもお主たちにはついていけないと思う。それはこのヴァージニア大陸中の冒険者ギルドにも伝わっているはずだから、今後、この大陸で冒険者ギルドに行くときは勧誘されないように気をつけてくれ」
「勧誘ですか?」
「ああ、どうにかお主たちを引き留めようとするはずだ。東に行くと聞いた目的を忘れないようにしてくれれば、それでいい」
頼む、というようにラングレーは俺を見た。
俺たちがあんまり長く一所に逗留すると、冒険者ギルドのバランスが崩れるのかもしれない。
「お主たちがフロウラを留守にしている間も大変だったんだぞ」
ラングレーの愚痴が始まった。各所から俺たちに対する問い合わせがあったらしい。
「ローカストホッパー駆除で名を上げたからなぁ」
リドルさんはそう言って笑っていた。
徐々に場が盛り上がっていき、俺とアイルも少し酒を飲もうか、と思い始めた頃、リドルさんが、俺のコップに果実酒を注ぎながら話しかけてきた。アイルとセスはラングレーと話し、ベルサとメルモはマーガレットさんと話している。
「ナオキくん。実は折り入って頼みがある」
「なんですか?」
「異母兄弟を探してほしいんだ」
そういえば、リドルさんの父は多情な人であったため、いろんな種族の兄弟がいるんだったか。
「もちろん、旅の最中の片手間でいいのだがな。遥か北方に獣人の国があるらしく、父が若い頃、旅で怪我をした時に治してくれたそうなんじゃ。我々の国より医術が発展した国で、サメに食いちぎられた腕も元通りになったと言っていた」
それが本当だったら、とんでもない技術だ。回復薬でも流石に取れた腕までは治せない。
「いや、ワシも信じてはいないのじゃが、父はその国である獣人と恋に落ちたらしくてな。どうやら、子もいたと言っていたのじゃ。こと父の女性関係については、嘘とも断ぜず……」
「わかりました。もしいれば、通信袋でマーガレットさんに連絡します。特徴とかありますか?」
「それはわからんが、ワシより年上で、ワシとよく似ていたらしい。父はよく『お前はショーンに似ているな』と言っていた」
「なるほど、ではショーンという獣人がいたら聞いてみます」
「すまんな、助かる」
「しかし、羨ましいですな。リドルさんの父上はモテていたようで」
「モテるのにも限度があるさ」
リドルさんは苦笑いをした。
「そうだ! ナオキ、どうだったんだ? フロウラの娼館の方は」
急に遠くの席のベルサが俺に聞いてきた。
「どうもこうもないよ! だいたい、こんな席で何を言わせようとしてるんだ?」
「気になるじゃないか! 実はナオキはこの町に来る前に、船で宣言したんですよ!」
酔っ払ったベルサが大声で話し始めた。俺もコップの果実酒を一気に呷り、自分の情けない話を語り始めることとなった。
フロウラの最後の夜は、悔しさと恥ずかしさをさらけ出した夜になった。
汗と涙を流したせいか、この夜、俺は記憶を失うほどには酔わなかった。
翌朝、世話になった人たちに見送られながら、フロウラの町から出港した。
リドルさんとその弟のジェリ、お付の人たち、マーガレットさんとばぁや、役所の職員たち、冒険者ギルドのラングレーやよく知らない冒険者たち。朝早いのに娼館の娼婦たちまでいた。
「セス船長~!」
セスは、いつの間にか娼婦のアイドルになっていたらしい。
俺もムキムキの筋肉をつけようかな。
「どうしたナオキ、泣いているのか?」
アイルに聞かれた。
「泣くもんか!」
俺は手を振りながら、頬を伝う汗を拭った。