100話
浜辺で起きた俺はネコの魔物を抱きながら、とりあえず宿へと帰った。
宿に着くと、ネコの魔物は俺の肩に乗ったかと思うと、宿の屋根へと飛び何処かへ消えてしまった。
宿のドアを開け、食堂を見ると、うちの社員たちが揃って朝飯を食べていた。
「私たちの社長が帰ってきたな」
ベルサが頭を押さえながら、コップに口をつけた。
「ナオキ、前にこの宿の部屋で、宣言したことを覚えているか?」
アイルが腕を組んで、俺の言い訳を聞く体勢に入った。
「ああ、覚えてるけど今は忘れた」
「酒を飲まないと言ったのだぞ」
「さすがレッドドラゴンと酔いつぶれていた副社長の言葉は含蓄があるね」
「なっ……!」
セスとメルモは下を向いて、笑いを噛み殺している。
「セス、俺はまた町中を踊って回ったりしてた?」
「記憶ないんですか?」
「乾杯までは覚えてる」
「社長は、酔っ払ってマーガレットさんの屋敷を出た後、町中にクリーナップをかけていました。そのぅ……、酔っぱらいが吐いたのも……」
「ああ、その先は言わなくていい。とにかく犯罪になるようなことはしなかったんだな?」
「それは大丈夫です」
「悪かったな。面倒見てくれたみたいで」
俺はセスの肩を叩いて、隣の席に座った。
「いえ、いいんですよ。マーガレットさんの指示です」
また借りを作ってしまったようだ。
「そうか。それで、昨日も言ったと思うけど、今、会社には現金がないんだ。ということで、商人ギルドの依頼を受けよう」
「その話は、もうした」
ベルサが、コップの飲み物を飲み干して言った。
「さすが、うちの社員たちは優秀だ。じゃ、手分けして業務に当たろう。えっと、何件あるんだっけ?」
「それも、もうやった。クリーナップを使えるのはナオキだけなので、これね」
ベルサは依頼書を俺に渡してきた。数えたら18枚もある。
「あれ? 俺だけ多くない?」
「大丈夫。ナオキならやれる。マスマスカルを駆除する殺鼠団子とベタベタ板の罠をあるだけ、出して」
俺はアイテム袋から、殺鼠団子とベタベタ板の罠を取り出し、テーブルに並べた。
その間にメルモは食器を厨房に戻してしまう。俺はまだ食べてないが、すでに食器の上に料理は乗っていないし、二日酔い気味なので食欲はない。胃が裏返りそうなのを、全力で阻止している。
「ん~これじゃあ、足りないな」
アイルが腕を組みながら毒の数を数えていた。
確か、依頼は45件で、ベタベタ板の罠は板さえあれば、いくらでも作れるので問題ないが、殺鼠団子が足りない。カミーラに貰った毒もすでにない。
「薬屋に毒って売ってないかな?」
「フロウラの薬屋には回復薬や毒消し以外はないね。新人教えている時に何度も行ったけどなかった。それにエルフの薬屋じゃないから、毒はないだろうな。カミーラはクーベニアでも優秀な薬師だったんだ」
アイルが答える。唯一、俺がこの世界で初めて住んだ町を知っている。
「じゃあ、やっぱり作るしかないか」
材料は森で探すか。
「何が必要なんだ? 揃えられるかもしれない。アイル、あれ出して」
ベルサがアイルに頼む。アイルはアイテム袋の中から、大きめの袋を取り出した。
袋の中には瓶が入っているようで、ガチャガチャと音が鳴った。
「なにそれ?」
「研究材料。森で採取した植物や、砂漠の魔物の体液とか。これはサンドスコーピオンの尾にある神経性の毒、こっちは睡眠効果のあるキノコ、吸魔草に、マルケスさんのところで採取した巨大化するキノコ、竜の島で採取したゾンビの体液なんかもある」
液体や草などが入った瓶をベルサがテーブルに並べ始める。
「あ! そういえば、竜の島でイエローフロッグの体液を採取しなかったか?」
俺はアイルに確認した。
「したした! ドラゴンゾンビ倒した後に採取していたのがあったなぁ」
アイルが言う。
アイテム袋を漁り、黄色い液体の入った瓶を取り出す。イエローフロッグは即死系の毒を持つ魔物だ。テーブルが毒だらけ。
厨房を見ると、宿の料理人がこちらを見て、咳をしていた。「すみません」と謝って、テーブルを片付け宿の裏手に移動。井戸の側に布を広げ手袋とマスクをして、全員で殺鼠団子作り。
イエローフロッグの毒は強力なので、少し水で薄めた。
睡眠効果のあるキノコやサンドスコーピオンの毒なども使ってみる。血は解体していなかった魔物からいくらでも採れたし、小麦粉の在庫もまだあった。
「ナオキ、回復薬はあるか?」
ベルサは金策だろう。
「ああ、まだあるよ」
塗るタイプの回復薬のストックがあったはずだ。
「ついでに売る?」
「うん、皆も幾つか持って行って。液体タイプと塗るタイプ、両方欲しい」
「そうか、じゃ、もうちょっと作っておくか?」
液体タイプの回復薬はノームフィールドで結構使ってしまっていた。
「薬草は全部使っちゃったかな?」
俺が自分のアイテム袋を漁っていると、アイルが、アイテム袋から大量の薬草を取り出した。
「普通の薬草でいいなら、かなり在庫はあるぞ。セスとメルモが研修の時に採っていたのが」
薬草は瑞々しく採れたての状態を保っている。
殺鼠団子を乾かしている間に、回復薬を作ってしまう。
毒だらけになった手袋を捨て、手についた微量の毒も水と石鹸で洗い流し、クリーナップをかける。
新しい布を用意して、その上に薬草を並べる。加熱の魔法陣を地面に描き、鍋をセットして、どんどん回復薬を作っていく。
空き瓶は、酒をたくさん飲んでいたので困らない。
「また、高濃度の回復薬をこんな酒の空き瓶に入れて。いいんですか?」
メルモがどこかで聞いたセリフを言った。
「いいだろ?中身はないし、クリーナップでキレイにしているし」
俺が答える。
「そうだった。こういうのって非常識なんだよな」
ベルサがアイルに確認していた。
「いつものことだから、忘れているけど、私も初めの頃は引いていたなぁ」
アイルは頷きながら、「良いのか悪いのかはわからないが慣れるぞ」と、新人たちに言っていた。
回復薬と殺鼠団子ができると、ベタベタ板の罠をさっと作り、ツナギを着た社員たちに持たせて、現場に送り出す。ベルサが昼飯代を忘れずに持たせていた。
俺も準備をして、ベルサから銀貨1枚貰い、出発。
社員との違いはポンプがあるかどうかぐらいだ。中身は魔物除けの深緑色の薬。ポンプも魔物除けの薬も役所に言えば、貸してくれるだろうが、罠と殺鼠団子でも業務に支障はない。
家や店に殺鼠団子とベタベタ板の罠を仕掛けて、次の場所へ向かい、時間を置いて罠と死体を回収する。午前に罠を仕掛けて、午後に回収すればいい。最後に少し掃除をすれば、業務は完了する。
客によっては回復薬を金貨1枚で売る。
「こんちは。商人ギルドから来ました。コムロカンパニーです」
ランチ前の料理屋ではつるりとした頭に強面の顔の店員が箒で床を掃除をしていた。
こちらを見て、何言ってるんだという表情をしている店員に、確認を取る。
「あの、駆除業者にマスマスカルの駆除頼みましたよね?」
「ああ! そうだったね。どうもどうも。もう来ないのかと思ってましたよ」
店員がニコッと笑った。
「すみません。仕事でヒルレイクの方まで行っていて。お待たせしました」
「ヒルレイクかぁ、随分遠くで仕事してたんだな。さすが、砂漠の英雄だ」
そういや、砂漠の英雄とか言われてたんだっけ?
「もう作業は始めちゃって大丈夫ですか?」
「ああ、もちろんだ」
俺は厨房の隅や屋根裏、床下に殺鼠団子とベタベタ板の罠を仕掛ける。汚れていれば先にクリーナップをかけた。床下は一度も掃除をしたことがないらしく、信じられないくらい汚かったが、クリーナップで一瞬にしてキレイにした。見た目が大事だ。
「これで終了かい?」
「ええ、夕方頃、マスマスカルの死体と板を回収しに来ますから」
「おう、わかった。ランチ食べていくかい?」
「いえ、ちょっと二日酔いで。あとで頂きます!」
俺が腹を擦りながら言うと、強面の店員は笑って、窓際に置いてあった鉢植えの草を取って、俺に渡してきた。
「これ、噛むとちょっと楽になるよ」
草の葉を噛んでみると、鼻がスッとして、気持ち楽になった。
「ありがとうございます」
「いいよいいよ。じゃ、あとで」
「あとで」
料理屋はどこもそんな感じで、強面の店主か美人の看板娘が対応してくれた。
武器屋、防具屋は清掃がメインで、どんどんクリーナップをかけて、仕事を済ませていく。
道具屋には清掃のついでに回復薬を売りつけた。
薬屋もあったが、品揃えは悪く、回復薬も買ってくれなかった。回復薬は自分で作るそうだ。一応、見せてみたものの、目を丸くして黙ってしまった。
続いて、役所。以前、ローカストホッパーを駆除する前、こちらの実力を見せるため清掃駆除をするつもりでいたが、リドルさんに捕まり途中だったのだ。
今回も受付で、清掃駆除をしにきたことを告げると、職員たちが慌て始め、地下室から回ってくれと言われた。今日はリドルさんはいないようだった。
探知スキルで見ると壁の中にマスマスカルがいた。ポンプのノズルを突っ込んで噴射し、散らす。隙間から出てきたところでベタベタ板の罠にかかり、一網打尽だった。
一階に戻り、職員たちが止める中、どんどん清掃していく。ラブレターやポエム帳など職員たちの黒歴史を片付け、クリーナップをかけていく。
調査部という部署では、魔物の絵や町民の暮らしの絵などの他に、どう見ても春画があった。部長と部下は全員男だったのでしょうがないか。部長にオススメの娼館を聞き出し、黙っていてやることにした。
逆に園芸部という部署には女性しかいなかった。そして部屋のいたるところに食べ物が隠されていた。種の袋と一緒に、クッキーの袋が置かれていたり、本棚の後ろになぜか骨付き肉が落ちていたりと、「これ食うの!?」と疑問に思うものまであった。マスマスカルやバグローチの温床になるので、即刻止めるように言い、罠を仕掛けておいた。部屋を出る時、部長という小太りの女性が泣きそうになっていたので、骨付き肉を返すと、「ありがと」と涙をこぼしていた。
2階は、各部屋で大騒ぎになっていた。面倒だったので、眠り薬を燻煙式の殺虫剤の瓶に詰め、放り投げる。階段は板で蓋をした。落ち着いた頃を見計らい板を外す。マスクをして乗り込み、全部屋の窓を開ける。
眠っている職員たちを抱えて1階に下ろし、各部屋を回り、クリーナップをかけていく。眠ったマスマスカルもいたので、ナイフで殺し袋に詰めていった。
書類などは一纏めにして、机の上に重ねて置いておく。愛の言葉が書かれた書類は一番上にして見えるようにしておいた。あとで職員たちが整理するだろう。
作業が一通り終わると、1階に下りて、気つけ薬を職員たちに嗅がせ、起こす。
阿鼻叫喚を聞きながら、受付で依頼書にハンコを貰い、次の依頼に向かう。
次は冒険者ギルドだ。
ツナギ姿の俺を見て、絡んでくる冒険者はいなかった。田舎から出てきたばかりらしい冒険者が俺に話しかけようとして、止められていた。
商人ギルドから、害虫駆除と清掃の依頼を受けて来たことを受付で言うと、ギルドマスターのラングレーが慌てて出てきた。
「と、とにかく訓練場のあいつを止めてくれ」
訓練場に行くと、冒険者たちが倒れていた。
倒れた冒険者たちの真ん中に、木刀を持ったアイルが立っていた。
「おう、ナオキ」
「『おう』じゃないよ! アイル、仕事は?」
「いや、もう飯時だろ?」
太陽は天高く上っている。
言われてみると二日酔いで気持ち悪かったのもすっかり治り、腹が減ってきた。
「そうか。なんか食べ物持ってる?」
「いや、持ってない」
「ギルドの食堂で一緒に食べるか?」
「うん」
アイルは木刀を樽に戻し、こちらに歩いてきた。
「それで、あの冒険者たちは?」
「なんかしつこく絡んできたから、全員倒しておいた」
「ふ~ん。あ、ラングレーさん。清掃は飯のあとでいいですか?」
ラングレーは頷いて、倒れている冒険者たちを見ていた。
「あ、回復薬がいるようでしたら、金貨1枚になります」
ラングレーに伝えて、食堂へと向かった。
「回復薬売るなら、もっと骨とか折っておけばよかったな」
昼飯のハンバーグを食べながら、アイルが言う。
「ギルド内にいる僧侶、または回復役は直ちに訓練場に急行せよ!」
ギルド職員が叫んでいる。
「アイル、やり過ぎたんじゃないの?」
「大丈夫だよ。死なない程度にしかやってないし」
食後にラングレーが来た。
「もう、ランク上げをしろとは言わないから、もし絡まれたら冒険者ギルドで対応するので、言ってくれ」
俺とアイルは頷いて「わかった」と返し、俺は清掃の作業に戻り、アイルは次の現場に向かった。
訓練施設と食堂、ホール、受付内の清掃が済み、依頼書にハンコを貰った。ふと依頼書のボードを見ると『青いツナギの作業員【砂漠の英雄】に絡んだ冒険者は退会! また、冒険者ギルドでは生死の保証はできない!』と書かれた大きな羊皮紙が貼られていた。
「大変ですね」
貼っている職員に無駄な仕事をやらせてしまった。申し訳ない。
「ハハ……」
職員は引きつった笑いをしていた。