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魔王様の愛し人 : なんど生まれ変わっても君を愛している

作者: 木村 真理

記念すべき高校生活、第一日め。

入学式とホームルームが終わった途端、幼馴染の望が私の席まで走ってきた。


「ちぃ。帰ろうぜ」


「望」


私の机に手をおいて、見下ろしながら望が言う。

するとクラスの女子たちが息をのんで、こっちを睨んでいるのを感じた。


望といると、いつもコレだ。


すこしウェーブがかった漆黒の髪に、切れ長の目。

ちょっと冷酷な俺様っぽい顔をした望は、子どものころから女子たちに大人気だ。

そのうえこの男ときたら、頭のほうはさらに特別性で、製薬会社を経営する親の協力を得て、いくつかの特許を取得しているほどの天才だ。

つくっているのは、いたってシンプルな風邪薬とか頭痛薬とかなんだけどね。

とてもよく効く上に眠くならないし副作用もまったくなしという優れものの薬は、実は誰よりもいちばん私に効く。

だって望が、私のためにつくってくれたものだから。


そう、この顔も頭も特別性の幼馴染は、私のことが大好きなのだ。

自惚れじゃなく、私はそのことを知っている。


親同士が仲が良く、家も近かったせいで、子どものころからよく一緒に遊んでいた。

お金持ちで頭もよく、顔もよかった望は、私以外の子どもには興味を示さなかった。

いつも大人たちに交じって、製薬開発や企業経営のことを話している変わった子どもだった。


周囲の子どもたちも、そんな望とは距離を置いていた。

女の子たちは望に興味はあったみたいだけど、近寄るのは怖かったらしい。

いつも遠巻きに、彼を見ているだけだった。

男の子からは、ただヘンなヤツだと嫌われているようだった。


だけど望は、私には最初から優しかった。

私たちは、二人でいるのが好きだった。

時には一緒に子どもらしくカードゲームなんかもしたけれど、ほとんどの時は、一緒にいても別々に本を読んでいるだけだった。

それでも二人で一緒にいるということ、それが好きだった。


私たちは、いつも二人でいたかった。

中学生になったころからは、その感情に「恋」という名前がついた。

だけど望の言動は、昔からかわらない。


私のことを好きだといい、傍にべったりとくっつき、他の人間を排除しようとする。

だけど、することは子どものころと同じ。

ただ二人で一緒にいる。それだけ。


だけど、もう、それだけではダメだ。


至近距離で私を見つめてくる望のあまったるい視線を完全に無視して、私は帰宅の準備を整えた。

そして立ち上がって、望の隣に立って、はっきりと言う。


「悪いけど、望。私、高校生になったら、他の友達がほしいの。しばらく私にかまわないでくれる?」


私の言葉を聞いた望は、その言葉の意味を理解したとたん顔を真っ白にした。

あいかわらず、大げさなヤツだ。


「ちぃがそんなこと言うなんて…。まさか、誰か他の男のことが気になるのか?」


望にかまわず、さっさとカバンを抱えて帰ろうとしていた私の腕を、望はぎゅっとつかむ。

その大きな手に触れられると、心臓がどきどきと高鳴った。


私はそんな自分の反応に苛立ち、望の手を振り払う。


「そんなこと、いちいち望に言う必要ないでしょ」


その瞬間、目の前が暗くなり、私は気を失った。


***


目を覚ましたと思ったら、そこは真っ白な空間だった。

目の前にいるのは、柔らかい栗毛色の髪をした青年だった。

顔は、わからない。

青年はなぜか私の前で土下座をしている。


「なんだ夢か」


私はその場にしゃがみこみ、さっさと目を閉じた。

男に土下座させる趣味はない。


すると青年はがばっと顔をあげて叫んだ。


「ね、寝ないでくださいー!」


「あれ、あなたクラスが一緒の……」


青年の顔には、見覚えがあった。

目じりがすこし垂れた優しそうで知的な顔はすっきりと整っている。

望ほどじゃないけど、クラスの女子たちに騒がれていた男の子だった。


「そうです。ここでは結城と名乗っています」


「ああ、そういえば、そんな名前だっけ」


ホームルームで、彼はそう名乗っていた。

私がうなずくと、彼は勢いごんでつづけた。


「突然で驚かれると思いますが、僕の話を聞いてください。この空間、長くはもたないんで」


必死の形相で訴えられ、私はあっさりとうなずいた。

この空間って、この謎の白い空間なんだろうな。

これって彼の「能力」でつくったんだろうか。


ほえほえ考える私をよそに、彼は深刻な表情で告げる。


「実は、この世界は、地球と呼ばれる別の世界でつくられた『乙女ゲーム』を模して、魔王がつくった世界なんです。そしてその魔王こそが、貴女の幼馴染である鳳木望くんなんです…!乙女ゲームってなにかわかりますか?」


「うん。女の子の恋愛シミュレーションゲームでしょ?いろいろなタイプの男の子が相手として用意されていて、彼らのうちの好きな人を選んで攻略して、両想いを目指すっていう」


「そうです。貴女は、前世は地球に生きるごく普通のかわいい女の子でした。僕は貴女の守護天使として、いたらぬながらも貴女が生まれた時から見守ってきたんです。なのに高校生になった前世のあなたは、とある乙女ゲームにハマり、その中の攻略キャラの一人である『鳳木望』に夢中になりました。そこまではまだよかったんです…!」


結城くんって、頭がよさそうだと思ってたけど、こういうキャラだったのか。

優等生風の美形が「天使」とか「魔王」とか真顔で言ってるのって、なんか笑える。


「それで?」


話しながらも悲しみに打ちひしがれる結城くんをさりげなく促す。

おーい、時間ないって言ってたよね?

結城くんは、すぐに平静を取り戻してつづけた。


「ゲームの『鳳木望』の正体は、悪魔でした。ゲームにハマりすぎていた貴女は、なにを思ったのか魔術の研究を始めました。よほど才能があったんでしょう。数か月後、貴女は魔王を呼び出してしまいます。それが今の『鳳木望』です」


そこまで告げると、結城くんは一息つき、優しげな眉をひそめた。


「驚いたことに、魔王は貴女に一目ぼれしました。その積極的なアピールにほだされたのか、貴女も次第にゲームの魔王『鳳木望』ではなく、魔王そのものを愛するようになったのです。魔王は貴女を魔界の城へ連れ去ろうとしましたが、貴女は成人するまでは両親の傍にいたいと望み、魔王はその日を待っていました。ですが、貴女は20歳の誕生日の前日、不慮の事故で亡くなってしまいます」


哀しげに告げる結城くんの話を、私はただ聞いていた。

結城くんは気づいているのだろうか。

話しているうち、彼の姿は少しずつ変化していた。

栗色だった髪は輝く金髪に、瞳の色は澄んだ空色に。

そしてその背には大きな白い翼がはえていた。


「一瞬の事故で、魔王が気づいた時には貴女の肉体はもう再生不可能になっていました。ですが魂は助かりました。魔王は貴女の魂を救い、誰も貴女を傷つけることのできない世界へと貴女を閉じ込めようとしました。ですが、生前の貴女が自由を奪われることをひどく嫌っていたことを思い出し、貴女が愛したゲームの世界を模した世界をつくり、そこへ貴女を送り込んだのです」


「それがこの世界ってわけ」


「そうです。魔王は貴女とともにあるため、貴女が愛していた攻略キャラ『鳳木望』として転生しました。その時記憶とともに彼の魔力も封じられたようですが、『鳳木望』は本来のゲームの容姿や性格とは異なり、以前の魔王のままの姿をしています。おそらく大きな感情…、たとえば貴女が他の攻略キャラに恋をするようなことになれば、魔王として覚醒するでしょう」


「で?」


「魔王が魔王として覚醒すれば、この世は恐ろしい地獄に変わるかもしれません。なんとしても魔王の覚醒を阻止するために、貴女には『鳳木望』と恋をしてほしいのです……!」


勝手なことばかりを言って、天使はまた私の前で土下座する。


「あなた、私の守護天使だったんじゃないの?」


「それは前世です!今の僕は単なる学生です…。確かに多少の記憶と能力は持っていますが、この世界で普通に生きたいんです。あと僕も攻略キャラのひとりですが、僕のことだけは好きにならないでください!」


なんて勝手な言い分なの。

呆れてものも言えないって、このことだわ。


ていうか、よ。

前世が天使っていうこいつのほうが、魔王の望より性格が悪いんじゃない?


私は無言で、土下座する元天使の背中を踏みつけた。


「え」


天使はびくりと体を震わせる。

顔を上げようとしたから、そっちは手で抑え込んだ。


「あのさぁ。私、ぜんぶ覚えてるから」


「は?え?え?」


元天使は、なにがなにかわからないといわんばかりに、体を震わせる。

隙あらば、私の顔を覗き込もうとするけど、そうはさせるかですよ。

ぐりぐり脚で天使の背をふみつけ、顔を地面に押さえつける。


ひどい?

だってこいつには、昔年の恨みがあるんですよ。


「なーにが『僕のことだけは好きにならないでください』よ。あんた前世で私のこと、好きだったんでしょぉ?だから私が魔界に行く前に、自分の手の届かないところに行くならいっそって、私のことを殺したんでしょぉ?」


そう囁くと、元天使はがたがたと震えだした。


そう。私はなにもかも覚えていた。


私が前世で乙女ゲームにハマっていたことも。

その中のキャラのひとり『鳳木望』が大好きで、魔術まで学び出し、なぜか魔王召喚まで成功しちゃったこと。

その魔王がやたらいい男で、初めはこんな魔王認めない!鳳木くんを出してよ!とか言ってたくせに、強引にキスされて「世界中の誰より幸せにしてやるから、俺のことを好きになれよ」なんて言われて、あっさり恋人になっちゃったこと。

魔王は案外ヘタレで、地球なんて簡単に滅ぼしちゃうくらいのチートなのに、私に「嫌い」って軽く言われただけで落ち込んじゃって泣いちゃったりもすること。

そんなだから成人するまでは親の傍にいたいっていう私のわがままにつきあってくれて、人間のふりして大学にまで通ってくれていたこと。


……なのに。

私の守護をしていたはずの天使が、そんな私の姿にいつの間にか惹かれ、魔王に嫉妬するようになり、やがて彼の世界に行こうとする私を止めるため、「神の雷」で私を焼いたこと。

魔王は世界を滅ぼさんばかりに悲しんだけど、私がこの世界を愛していたことをわかっていたから、私の魂を救いだし、守っていたこと。

そして天使が勝手な嫉妬から私を殺したと知らない魔王は、自分が魔王だから、そんな彼を愛した私が天に罰せられたと思い込んでいたこと。

だから魔王は、この乙女ゲームを模した世界をつくり、その中で人として転生することを選んだ。

魔力は消せないから、いつかは魔王に戻るかもしれないけど、私のために魔王としての生を捨て、人として生きようとしてくれたのだ。


馬鹿な人。

神様は、案外、寛容なのだ。

そこまで捨て身で人を愛するものを、魔王だからって害したりはしないのに。


罰を受けるべきなのは、守護天使のくせに、守護対象者を嫉妬から殺したこの元天使だ。


「まぁ、前世での罪で、あなたを裁いたりはしないけどね」


私は、元天使あらため結城くんの背中から足をのける。

ま、これでチャラにしてあげてもいい。

私もかなり寛容なのだ。

だってね、この世界には、望がいる。

それだけで、私はけっこう満足なのだ。


「あなたなんかに心配されなくっても、私は望が好きよ。彼以外の男なんて、興味ない」


きっぱりと言えば、男は驚きで目を見張る。


「だって…、じゃぁ、なんであんな態度」


「そんなことまで、あなたに言う義理はない。さ。さっさと元の世界に戻してよ」


私がそういうと、ちょうど時間切れだったのだろうか。

白い世界は靄のように消えた。


***


気が付くと、私は保健室にいた。

目の前には、心配そうに私を見下ろす望の顔がある。


「ちぃ…!気が付いたのか?」


「うん…。私、どうかしたの?」


ベッドから身を起こし、ゆっくりと望を見上げる。

望は私の背を支えながら、目線を合わせるために身をかがめた。


「覚えてないのか?教室で、急に倒れて…。無事で、よかった。このまま、ちぃが目を覚まさなかったらって考えたら、俺は、」


言葉につまって、望は私の指をそっと握る。

その指は冷たく、震えていた。


あのバカ天使のせいで、心配かけちゃったな。

望は、無意識では覚えているのかもしれない。

私が、むかし彼の目の前で雷に撃たれ、死んでしまったことを。


彼が、私のことを好きだ好きだって言いながら、それ以上の行動を起こさないのは、そのせいなのかな。


久しぶりに前世の死んだ時のことを思い出したせいか、私は最近ずっと感じていた苛立ちを飲み込む。

好きだって言われて、いつも一緒にいて。

それだけで、子どものころは満足だった。

前世の記憶があっても、私がまだ「子ども」だったからなんだと思う。


だけど私もだんだん成長して、女性として体も育つにつれて、そんな望の態度に苛立ちを覚えるようになっていた。

だって前世ではいちおうそれなりの年齢でしたので、肉体的にもがっつりと結ばれていたのですよ。

なのに今世では幼馴染としてずっとべったり一緒なのに、ちゅーもしてこない。

これってどういうこと!?って感じだよね。

前世では初対面なのに、強引にキスしてきたくせにさ。


「なんなの!?」ってイライラして。

いっそ他の攻略対象と仲良くして、望を嫉妬させて焦らせようかななんて考えていたんだけど。


やーめた。

そんなバカバカしいこと、やってらんない。

望が手を出してこないのって、もしかするとまだ前世の雷事件が尾をひいてるのかもしれないし。

自分と恋をしたせいで、私が死んだって思い込んでいるせいで、手を出せないんだとしたら、そんなおバカな作戦で望をやきもきさせるのもかわいそうだしね。


かわりに、私はいたってシンプルな作戦に出る。


「望」


名前を呼べば、望は私のほうへ顔を向ける。

かがみこんでいるせいで、その顔は私のすぐ傍にある。


私はベッドについた両手に力をこめ、伸び上がって、彼の唇に唇をくっつけた。


「あのね、やっぱり素直になることにした。大好きだよ」


そう告げると。

望は呆然と唇を抑え、一瞬後、意味がわかったのか、めずらしく晴れ晴れとした笑みを見せた。

そして。


「ちぃ。ちぃ。愛してる。絶対、世界中の誰より幸せにする」


以前と同じ愛の言葉と、ありったけのキスをくれた。

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