63話、問題発生
「それで俺は何をすればいい?」
俺はレスティを呼び、全員が退出した後にそう切り出した。
やることが分からないからと言って何もしないというのは少しだけ気が引ける。というのは口実で、『魔王の座』に座っているだけだと暇で仕方ないのだ。
日本での生活では本を読むか寝ることだけが俺の存在理由であったし、それ以上何も求めなかった。
しかし今はどうだろうか。不本意だが、新魔王となった今ではところ構わず出歩いたり、ところ構わず寝たりとは出来ないだろう。
とはいっても『アールマティ』に来てからは見るものすべてが新鮮で、刺激される日々が続いていて退屈とは程遠い生活を送っていた。
だから『新魔王、ハルキ・シンザキ』となることで旅路の休憩だと考えてもいいだろう。
と、いうわけで暇が嫌いな俺(といっても日本ではそれなりに堕落した生活を送っていた)は何かしたかった。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、レスティは少し笑みをこぼし説明を始める。
「はい。
新魔王となられた方の最大の業務というのは、外敵から魔国領を守ることです。魔国以外の国が異様な行動をとればそれを監視、対策を練り、ある時には戦争の指揮をしていただくときもあります。
それ以外の日常的な業務は、『真魔王城』がある城下町の結界維持と、トラブルの処理です。
結界の維持は『真魔王城』の最深部にあるコアに7日に一回、魔力を送っていただくだけなので、そこまで重労働というわけではありません。
問題は城下町のトラブルの処理のほうで、これに関しては我々が注意して止まるものではありません。
魔族というのは人よりも何倍も多く濃い魔力を持っていますので、戦闘能力がかなり高いです。それは兵士だけでなく住民も同じことで、万が一、住民がトラブルを起こし争いに発展した場合には多大な被害が出る恐れがありますので、それを武力で制裁するのが役目です。
トラブルの回数は1日に5回はあるとお考えください。
これが『新魔王』となられたハルキ・シンザキ様の基本的な業務となります」
レスティの説明を聞き、俺はなるほどと思った。
魔力の保有量が高くなければ結界を維持させるのは不可能だし、住民のトラブルに関しても生半可な力しか持っていなかったら巻き添えを食らい怪我をするだけ。
そしてそれほどの力を持っている者は、その力の使いどころを見定め、制御し、行使するという脳があると判断でき、魔国領の全軍を指揮できるだけの最低の基準を満たしているということ。
でなければ、どんなに魔力を持っていようが、どんなに濃い魔力を持っていようが、制御できなければ殺されてしまう。
俺は魔力量は高いほうだと自負できるし、遠い彼の地から魔国領まで来れるだけの手段を見つけた脳と100羽のヘルコンドルを一撃で屠れるほどの力が備わっているということになる。
これだけでも魔王になれる素質は持っていることになるが、きっとそれだけではない。
そう。それは極めつけは、俺が初めて魔族にあったときにはなった言葉。
『おい、貴様ら。この俺様が魔国領に赴いてやったぞ。感謝しろ』
挑発で言ったこの言葉だが、魔族たちにとってはどうだろうか。
彼の地から海を越えてきてヘルコンドルを瞬殺し、魔力保有量は視ようとしても底が視えない。
そんな者が魔族を見るなり『魔王』みたいな発言をしたのだ。
『これは迎え入れるしかない!』
そうとらえても仕方のないことだろう。
結果的には権力が振るえて刺激のある日々がやってくるのなら何も問題はない。
日本では省エネ主義でインドア派だったが、今では立派なアウトドア派とクラスチェンジした。
それは置いておいて、何か忘れているような気が……。
「あっ、そういえば俺の連れはどこ行った?」
「アウリール様、リリシア様、カレン様、クラーウェン様は別室でお待ちいただいております」
「なるほど。あいつらって今日の式典に参加していたか?」
「いえ、こういった重要な式典をする際は国の重鎮だけをこの場に招集する、という取り決めがありまして、たとえどの魔王様のお連れの方であっても同席いただくことはできません。妻、という形では参加いただくこともできますが、ハルキ様と皆様はそういったご関係ではないと愚考しております。そのため参加はご遠慮いただきました」
「わかった。それだけ聞ければ十分だ。ありがとう」
「いえ、勿体なきお言葉。
ハルキ様はこの後いかがなさいますか?」
俺は一瞬だけ考えると、すぐに方針を決めた。
「とりあえず、アウリールたちのところに案内してくれ。そこであいつらと今後の行動について打ち合わせする」
「はい、魔王様の仰せのままに」
こうして『新魔王誕生式』は幕を閉じようとしていた。
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コンコンコンッ
「はい」
「はーい」
「失礼いたします」
レスティが扉を2回叩くと、部屋からクラーウェンとカレンが返事をする。
レスティはそれに合わせて返事すると音を立てずに扉を開ける。
「皆様、ハルキ・シンザキ様がお見えになりました」
「ようお前……ら……」
レスティが扉を右手で開け、左手で入室を促す。
俺はそれに沿って適当に挨拶をしながら部屋の中に入る、がそこはひどい有様だった。
部屋の中には特にこれといった調度品は置いておらず、ソファと机が部屋の端に寄せるように置いてある。
天井からは光り輝くシャンデリアが垂れ、床にはもう見慣れた赤い絨毯。
これだけなら先ほどまでいた貴賓室と同じような作りになっているのだが、問題はそこではない。
天井から垂れていたであろうシャンデリアは砕けて床に散らばっており、赤い絨毯は裂けぼろ雑巾のようになっている。
そして部屋の隅に置いてあるソファや机は見る影もなく粉々に粉砕されており、寄せたというよりは纏めたという表現が正しいようにも思える。
肝心なのはクラーウェンとカレンが対峙するように部屋の中央に立っており、アウリールとカレンは床に倒れているということだ。
対峙した二人は大丈夫だとして、問題は倒れている二人。目立った外傷はなさそうだが、気を失っているように見える。
なぜ俺が『新魔王誕生式』に参加している間にこうなったのか。
倒れている二人が心配だし、何より大事な式典の最中に部屋を壊した挙句にキョトンとしている二人を見ると腹が立ってくる。
少し問いただす必要があるみたいだな。
「レクティ、案内ありがとう。ここは俺に任せて下がってくれ」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
とりあえずレクティを下がらせてから、顔に青筋を立てる。
「俺が式典をやっているときに、君らは何をしていたのかな?
少し、お話を聞かせてもらっても―――いいよね?」
『は、はい……』
俺が怒っていることを察したのか、二人は肩を震わせ怯えた顔で短く返事をした。




