61話、1時間前の出来事
「新たな魔王、ハルキ・シンザキ様がお見えになられます!」
巨大なドーム型の部屋、通称『魔王の間』に作られた小さな壇上の上で、その身をタキシードに包んだ司会者の魔人が声を張り上げる。
同時に『魔王の間』の巨大な扉が開かれると、そこには魔王がいた。
黒を基調とした服を身に着け、これまた黒のローブを身にまとっている。肩にはサイの角のような突起が付いており、そこから首元まで黄金の鎖が下がっている。
頭には赤、緑、青、黒、黄の宝石が等間隔に埋め込まれた金色に光り輝く王冠を乗せ、その手には悪魔を思わせるような漆黒の杖を持っている。
それは魔王であり、俺こと新崎遥希の今の姿だ。
「本当になぜこうなった……」
それは1時間前に戻る。
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貴族風の魔人―――名をレスティ・アイルという―――に呼ばれてから10分。
アウリールたちとは先ほどの貴賓室で別れて、今は魔王城の廊下を歩いている。
10分程度歩いているが、いまだに目的の部屋には着いていない。予想通りだが、この城は相当な規模の建物だとわかる。内装自体は簡単そうだが、如何せん部屋が多いものだから場所を覚えるのが大変そうだ。
(って俺は何を考えているんだ。別にこの魔王城に住み着くわけじゃないんだから覚えたって意味ないだろ)
目的の部屋についたのはそれからさらに10分経ったころだった。
その部屋はこれまでに素通りしてきた部屋の扉となんの変りもない扉だった。
だからこそ扉を見ただけでは何の部屋かわからなかった。が、中に入ってみれば一目瞭然。
そこは俗にいう衣裳部屋だった。
部屋の至るところには建具のように吊るされた衣裳があり、壁には一定間隔を開けるようにして化粧台が置いてある。
数えるのも億劫になりそうな衣装は子供サイズからXLを遥かに上回るような巨大な服まであった。
中には袖が6つに分かれていたり、ズボンの尾骶骨あたりに指一本分くらいの小さな穴があいていたりと、特徴的な服が数10種くらいある。
これらすべてが魔族の種族に応じた服なのだとしたら、いったい魔国領にはどれほどの種族が住んでいるのだろう。
扉を開け、すぐ脇に立っていた複数のメイドの中から1人のメイドが一礼をした。
きっと彼女がこの部屋の長なのだろう。
「いらっしゃいませレスティ様。早速始めますか?」
「ここにいるお方はこの国の新魔王様だ。魔王として相応しい威厳のある格好にしてくれ」
「かしこまりました。ではハルキ・シンザキ様、こちらへ」
レスティが一言そういうと、衣裳メイド長(今付けた)以外のメイドが一斉に動き始めた。
俺は衣裳メイド長に促され、複数あるうちの一つの化粧台の前に腰を下ろした。
ズシリと沈み込む感覚に、少しだけ身を委ねていたくなるがそれは叶わなかった。
俺が衣裳メイド長に案内されてから座るまでの間は1分もなかったはずだが、ほかのメイドたちはその間に衣裳やアクセサリーを持ってきていた。
すでに着る衣裳を選んであったのかはわからないが見事な手際。
そしていざ着替える時を迎えたわけだが、よくよく考えて偉い人というのは身の回りの世話をすべて使用人が行うのではないだろうか。
その身の回りの世話の中には無論のことながら着替えもカテゴライズされているわけであり、このままだともしかしなくても着替えさられるわけじゃ……。
他人に服を脱がされたり着させられたりするのは少し恥ずかしい。
それにこの人数だ。複数の目に見られながら着替えるというのはこれまた恥ずかしい。
故に抵抗を試みた。自分で着るだとか、別の部屋で一人で着替えたいだとかいってみた。
しかしその願いは聞き入れてもらえなかった。予想の範囲内ではあった。が、嫌なものは嫌だからその場から逃げ出そうとしたのだが多勢に無勢。力技で椅子に固定され、羞恥を感じるのを余儀なくされた。
「はぁ、なかなか酷い目にあった」
「申し訳ありません。が、これはメイドしての仕事。魔王となられるお方にさせられません」
俺自身も納得してしまった。
まぁ、メイドとか執事というのはそういう仕事専門だから、それをとるというのは些か無粋というものなのだろう。
「ハルキ・シンザキ様、よくお似合いです。それでは魔王の間へ参りましょうか」
扉の横で一部始終を見ていたレスティが早速と言わんばかりの口調で扉を開けた。
俺は憂鬱になる気持ちを顔に出さないようにし、頷いた。




