3話、無意識な英雄誕生
「あ、あの……」
「ん?」
そこには一人の女性が立っていた。大人か子供、どちらかというと子供だろうか。
顔を見ると、かなり美人だ。目はクリッとしていて大きく、肌は白い。しかし不健康そうな肌色ではなく、艶がありふっくらとしている。真珠のような肌とはこのことを言うんだろう。
髪は肩口まで伸びているショートで水色をしている。しかし、その子の頭には何やら不可思議なものがついている。
「獣耳……?」
その言葉に少女はビクッと肩を揺らす。が、遥希の変わらない表情を見て少し安心したのか、胸を撫で下ろす。
「わ、私の名前は、キルル・ガウニール……です」
相手が名乗ったので、遥希もそれに倣う。
「俺の名は。ハルキ・シンザキという。まあ、とりあえずよろしく、だな」
そう言いつつ遥希は、一文字創造を発動。
どうやら声に出さず頭の中で言っても効果は発揮されるらしい。
そうして発動した文字は、視。
遥希自身にステータスがあるのだから、この世界の人にもあるのだろう。
勝手な推測の上に、視えても視えなくてもいいやと思っているのだから、逆にキルルに申し訳ない。
もちろん、遥希自身申し訳ないなど微塵も思ってない質が悪い。
NAME キルル・ガウニール(獣王の第3皇女)
LV 5
HP 101
MP 72
ATC 51
DEF 56
SPE 94
INT 79
LACK 42
NEXT 15
EXP 30
KILL
ARMOR
MAGIC
SKILL 魔物隷属化(1)
(王族なのかこいつ。いやそれにしても魔物隷属化か……。効果は何となくだがわかる)
思考を巡らせている遥希にキルルが声をかける。
「先ほどはありがとうございました!」
と、キルルは素直に感謝の気持ちを述べる。まあ、遥希にしても下心があった、否、下心しかないわけだが。
「いや、助けたのは自分のためにやったこと。気にすることはないぞ」
「え? あ、はい……」
遥希は自分に利益があるからやったと言ったつもりなのだが、なぜかキルルは顔を赤く染めて俯いてしまった。
(こいつ、キルルといったか、何か意味をはき違えている気がするが……)
今はそんなことどうでもいいから、当初の目的を果たそう。
「少し聞きたいことがあ」
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
誰かの突然の介入に遥希の言葉が中断される。
「この賊め! キルル様に近づくなどなにご……と…………」
どうやら介入してきたのは40代前半くらいの歳の男だった。
体は筋肉質でかなりゴツイ。世間一般ではゴリマッチョと呼ばれている部類の人だ。
その男はハルキに文句を言おうとした。言おうとしたのだが、ハルキの今の状態と、周りの肉片を見てフリーズする。
大量の返り血を浴びて、服の大半を赤く染めた遥希と、大小さまざまになってそこら中に転がっている何かの肉片。
少しの間、沈黙が訪れる。が、その沈黙を破ったのは遥希だった。
「いきなり出てきて黙るなよおっさん。喜怒哀楽激しすぎやしないか?」
少し挑発するように言ったのだが、男はまだ固まっている。
「まあいいや。ところでキルルとやら。本題に入らせてもらう」
「は、はい」
彼女はどうやら固まったままの男を心配しているようだ。
(ちっ。これじゃ話ができねえな)
遥希は男の頭上に向けて手を伸ばす。そして、
「一文字解放、水」
呪文と同時に向けた手の先、男の頭上にバケツ一杯分ほどの水が出現。遥希が手を降ろすと、その水は重力に従い、男にかかった。
「%#’%#$&$%!?」
男はよくわからない声をあげて我に返った。
「てめえなにしやがる!」
「うるさい、黙れ、ついでに散れ」
「ぁんだとガキ!!」
「それでさっきの話の続きだが……」
「無視すんなぁ!!」
遥希は内心、面倒なおっさんだな、と思った。もちろん声に出すとまた何か言われそうなのでやめておく。
「わかった。わかったから少し落ち着いてくれ。な?」
「私からもお願いします」
「ぐっ、キルル様がそう仰られるのであれば……」
どうやら男は納得したようだ。これで話が進められる。と、その時
ぐうううううぅぅぅぅぅぅ……
遥希の腹から雷鳴が聞こえた。
キルルはふふっと笑うと、
「先に何か食べましょう。話はその時で」
と言い、男と一緒に歩き始めた。
この時から何か嫌な予感がしていた。しかし腹が減った遥希はキルルたちを追いかける。
この出会いは後に、英雄誕生と呼ばれることになるとは知る由もなかった。