29話、真実
「なんてね。冗談です」
その言葉が発せられると同時に、黒い魔力は霧散する。
「冗談……なのか……?」
「はい、そうですよ」
遥希の浮かべている笑みに、張りつめていた空気がスッと軽くなるのを感じた。
「でもまぁ、会議の内容は僕のことなんでしょうね」
「……………」
「その沈黙を肯定と受け取っておきます。別に構いませんよ」
しかし、周囲の面々はまだ警戒しているのか、少し殺気立っている。
なら、と皆の様子を感じた遥希は今の心境、心情について語りだす。
「今、皆様は僕が偽物だとお考えになられているでしょう。が、それは違います」
「やはりそうか……」
「やはりアウリール様は気づかれていたのですね」
アウリールは自身の考えがあっていたことに安堵する。と同時に、自然と疑問が浮かび上がってくる。
「でもなぜ……?」
「尤もな疑問です。今、僕はまさしくそのことを話そうと、いや、話さなくてはいけないと思っていました」
遥希は周囲を見渡してからその真実をゆっくりと語る。
「僕はこの世界、いやこの世界に来る前から、もう一人の僕の行動を見てきました」
「二重人格、ということか」
「はい。
皆様がご存知であろう僕は、本当の僕ではありません。つまるところ、僕が本当の僕で、もう一人の僕は新たに作り出した人格ということです」
少しややこしいですねと苦笑し、続ける。
「自分で言うのもどうかと思いますが、昔の僕は臆病で意志が弱くて物静かでした。そういう性格の子は決まっていじめを受けます。それが僕のあり方でした。それに加えて優秀な姉妹と比べられた僕は、さらにいじめられました」
遥希は平然を装っていたが、その仮面は少しずつ剥がれはじめ、感情が露わになっていく。
自分自身気づいているかわからないが、そこからは少し自嘲気味になる。
「そして次第に心が闇に蝕まれていったのです。ついに限界が来て耐えられなくなった僕は、その状況から抜け出す方法を考え出しました」
「それが、新たな人格を作ること……」
アウリールの言葉に、遥希は首肯する。
「いじめられているときその人格を表に出すことで、本物の人格を守ろうとしました。しかし、そんなときにある事件が起きました。その事件のせいで僕は、唯一の心の支えであった家族を失い、自我を失ってしまったのです。それから僕は僕ではなくなりました」
その時のことを思い出してしまったのか、遥希の瞳は少し潤んでいる。
「完全に自我を失い閉じこもった本当の僕と、迫害を受けても被害がないように作り出した偽物の僕が、いつの間にか変わっていて、本物と偽物が逆になりました」
「そうして2つの人格が生まれた、と?」
「つまるところ、そういうことです」
語り手の遥希は何でもないように語っているが、聞き手にしてみれば、残酷で悲惨で同情や哀れみの介入がないほどに険しい人生を送ってきたのだと複雑な気持ちになってしまう。
「彼は、意識が途切れる前に『虚像』と言いました。つまり、彼は僕に何かを託したかったのでしょう。…………まぁ、それも果たせましたけどね」
「む、最後の方聞き取れなかった。もう一度言ってはくれぬか?」
「いえ、1人言なのでお気になさらず。
とにかく本物の僕は皆様に迷惑をかけないようにわざわざ『虚像』で、性格が反対の僕を呼び出したのでしょうね」
話が終わると、またもや沈黙が幕を下ろす。
そして、数分の時を経て口を開いたのは、以外にもキルルである。




