18話、正体
「くそっ……! もうきやがったのかよ!」
ここは洞窟の一番奥、キルルが捕えられているところだ。
その中で、1人の男が感情任せに怒鳴り、剣で周囲の壁や岩を無造作に切り刻んでいた。
「はぁ……はぁ……。落ち着け俺。こちらにはまだ切り札があるんだ」
そういうと男は持っていた剣を怒り狂った瞳で眺める。
その剣は禍々しいほどに赤黒く鈍い光を放っており、一目見ただけで不吉な剣だとわかる。
「とにかくこれさえあれば問題はない。フフフ……。誰であろうと切り伏せてやる」
男は薄気味悪い笑い声をあげながら、その来客を待っていた。
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同刻、その男が待っている客人は巨大蜘蛛と戦闘を行っていた。
「一文字解放、風、火、土、水」
遥希が手を振り上げると同時に、拳大の風、火、土、水の塊が浮かんでいる。
(まずは敵の弱点の属性を探るとしようか……)
そしてそのまま手を振り下ろす。するとその塊は蜘蛛の足にそれぞれ当たった。
その中の一本、火の塊が当たった個所だけ丸く穴が開いていた。その穴の周囲には焼け焦げたであろう跡がついており、黒い煙をあげている。
ほかの塊はどうやら効果がないらしい。風は蜘蛛の皮膚を切り刻んだだけであまりダメージは与えていない。
土の塊は属性、というよりも打撃力の方があったのだろう。当たった箇所は少し凹んでいる。しかしそのほかに目立った外傷はなく、風と同じくダメージは小さい。
一方の水は、蜘蛛の足を濡らしただけで何も起きなかった。1つあったとするなら、蜘蛛の脚に付いていた蜘蛛の糸が濡れてへばり付いているくらい。
(なら弱点属性は火だな。とりあえず撃っとけば何とかなりそうだが……)
突如、蜘蛛が動き出した。その8本足を器用に使い、図体の割に俊敏な速度で遥希との距離を詰める。
「バァァァァァァァ!!」
「ちっ! やはりどの世界でも蜘蛛は蜘蛛か!」
聞くに堪えない声を発した蜘蛛は、その口から夥しい量の糸を吐き出す。
その蜘蛛が吐いた糸は通常の蜘蛛と質が違うのか、またはこの世界の蜘蛛はみんなそうなのかわからないが、やたら粘着性がある。
その糸は上から雨のように降ってくる。流石にこれはまずいと感じた遥希は瞬時に次の手を講じる。
「二文字解放、水柱!」
遥希の周りに一本の大きな水の柱が立ち昇る。
その水柱は蜘蛛の体を飲み込むほど大きかったが、直接蜘蛛に当てることはせず、それを勢いよく天井にぶつける。
すると雨のように降りかかっていた糸がすべて天井に張り付いた。
「まぁ、んなもんだろ、さてとそれじゃあ……」
そういうといつしかの冷酷な笑みを浮かべ、
「楽しい楽しい殺害殺戮殺遊戯、始めるとしようか?」
途端に遥希は全力で走り出す。
「二文字解放、火球、水球、火球、水球、火球」
そこからは一方的な殺遊戯だった。見る者を圧倒させ、そして恐怖の中へと引き摺り込む魔の所業。
遥希は笑みを崩さないまま、火球と水球を浴びせ続けた。
火球で燃やしては水球で消し、燃やしては消し、燃やし消し――――
それは地獄の拷問のようだ。遥希の裏の人格がその対象をこの世に留める、原形を残すことを拒んでいる。
徐々に蜘蛛は弱っていった。それは誰にでも明らかだった。
皮膚が焼け、肉が焼け、臓器が焼け、その炎は蜘蛛の姿、原形を留めさせることを許さず、すべてを溶かしてゆく。
火球、と名前だけ見ればそれほど強力ではなさそうだが、それを使う人間、裏の遥希が使うと話は別。
「ギ……ギギ……………………」
蜘蛛は声にもならない悲鳴を上げている。その声には懺悔するような意味合いがあった。同時にこの場にはいないほかの生物に向けてのメッセージも含まれている。
『この人間は危険』
その忠告を聞いている者は誰一人としていない。いることにはいるのだが今は気絶している。
そして蜘蛛の懺悔兼忠告は虚空に消え、その存在も虚空に消えた。
「たわいない」
その一言を堰に、遥希は普段通りの表情に戻る。
「おい、アウリール起きろ。蜘蛛はいなくなったから早く起きてくれ」
「ん……んふぅ……………………」
「…………」
遥希が黙って手を上に翳すと、拳大の水の塊が生まれた。それは遥希の手の動きと常に同調している。
そして何の躊躇いもなく手を振り下ろす。
バシャッ
「ひゃんっ!」
「…………」
「もぉー、冷たいよぉー」
「…………」
「あ、ハルキ!」
そう言いアウリールは遥希に抱きつく。
その豊富で柔らかい胸が押し付けられる。普通の男ならこの時点で落ちるだろうが、遥希は
(こいつ、寝ぼけているな)
遥希はどこまで行っても遥希だった。
それどころか遥希はキャラの違うアウリールを見て一言。
「きもいわ、マジ無理」
罵倒した。しかもなかなかに酷い。
しかしそれも仕方がない。実際問題、アウリールの目がまだ虚ろなのだ。完全にぼけているのがわかる。
あまりにもアウリールが鬱陶しいから、とりあえず頭を殴った。
「いっ……! 何をする!?」
「やっと戻ったか……」
「ん? 何の話だ?」
相当眠かったのだろう。アウリールは先ほどのことを覚えてはいないようだ。
遥希としては、覚えていてもあとで何を言われるかわかったものじゃないため、逆にありがたい。そしてそれ以上何も言わない。
「ハルキ? 何の話?」
アウリールの目が怖い。もしかしたら覚えているのかも―――
そう思ったところで、遥希は一気に警戒心を強めた。それはアウリールも同じ。
岩の陰から微かに気配がする。気配だけなら逃してしまいそうだが、殺気が混じっていたためすぐに気付くことができた。
「やっとでてきたか」
その顔は、先ほど戦った獣人族の男に似ていた。似ているというか瓜二つだ。
「お前……まさか………」
アウリールは絶句している。それほどまでに大物なのだろうかと思う。
「久しぶりですね―――」
その声はどこか怒りに震えているようだ。否、怒りを必死に抑えている。
しかし次の瞬間、男が驚くべきことを口にした。
「――――――先生」