11話、罪人
「おうハルキ。おはよう」
「おう………」
「顔色がよくないな。昨日は寝なかったのか?
「寝れるわけないだろ?」
今日で異世界に来てから三日目。昨夜はアウリールにこの世界について教えてもらった。
いろいろすっきりしたから、よく寝れるだろうと遥希も考えていた。しかもしっかりと睡眠をとっていなかったから、それも重なり熟睡しようと考えていた。だが、
「どこで寝ればいいんだよ!」
寝床がなかった。
アウリールの家は実験機や道具が転がっており、歩くのがやっとだ。寝るなんて無理に決まっている。
テキトーにしてろ、とは言われたが何をどうテキトーにすればいいのかわからない遥希だった。
そんなこんなで、寝床を作ろうと物を片付けていたら夜が明けてしまったというわけだ。
「道理で部屋がきれいだと思った。礼を言うぞハルキ」
「嬉くねぇ。微塵も全くこれっぽっちも」
遥希は眠さと怠さと戦いながら今日やることを聞く。
「んー、そうだな、お前は街に行ったことはないんだよな?」
「ああ、そういえば確かにそうだ」
「なら、街に繰り出すとしよう」
街に行くことに依存はない。それどころか是非行きたいと思っていた遥希は少し興奮していた。
「街、というからにはそれなりに栄えているんだろ?」
「まぁ、そうなんだが……」
「どうかしたのか?」
何やら悪いニュースでもあったのだろうか。
アウリールの顔は曇っている。
「お前は知らないかもしれないだろうがこの町は王城の下に栄えている、つまりは帝都なんだが、最近黒い噂が立っていてな」
遥希は寒気がした。何やら不吉な感じがする。
「それはな、この国の皇女の行方が」
ガチャ
突然家のドアが開いた。そして複数の鎧を着た人が入ってくる。
それはアウリールの前に立つと、遥希の周りを囲むようにして陣を組む。
「お前、そこの人間、動くなよ」
「なっ……!」
反射的にアウリールのほうを向くが、さっきの驚きの声を聴く限り、この状況を飲み込めていないようだ。
そしてその中の一人、周りの兵より一回り大きい鎧を着ている隊長らしき男が口を開く。
「ご無事ですか、アウリール様」
「あ、アーガルド! なぜここに?」
遥希は驚愕した。アーガルド、だと?
「それはキルル様を攫った犯人、この人間を拘束する為です」
「なに………?」
さすがのアウリールも信じられないというような顔をしていた。
内心ため息をつく。なんでこうも面倒事に巻き込まれるのか。
しかし、あれはやはり本人ではなかったのか。その証拠に、アーガルドと呼ばれた人物がいるではないか。
遥希は小さな声で呟く。
「すべて読めた」
と。
そんな遥希の様子を知らないアウリールとアーガルドは、何やら言い合いをしている。
きっと今の状況、遥希の処分について話をしているのだろう。
そして今度は遥希が口を開ける。
「アーガルド。アーガルド・カーバント。獣国、七雄士の一人。称号、韓。獣国第3皇女、キルル・ガウニールの護衛」
「!?」
この遥希の発言にアウリールはまたも驚愕する。
「お前、なぜそれを?」
「さぁ? なんでだろうな?」
しかし少し引っ掛かる。なぜ口調があの時と違うのか。
きっと、完全に完璧に真似できる魔法ではないのだろう。
「そんなことより、当初の目的を果たさないのか?」
「? あぁ、そうだな」
なぜ自分から動こうとしたのだろう。拘束するというのは牢屋に入れるという意味なのに。
「それでは、アウリール様。また後で、お会いしましょう」
「…………」
アウリールは疑いの目で遥希を見る。
(それも仕方のないことだ。今更誰かに見てもらおうなどと、少し夢を見すぎたのだろうな)
「さようならだ。本当に短い間だったが世話になった」
それだけ言うと、遥希は兵士に連行された。
残されたアウリールは、ただただ立ち尽くすだけだった。
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「座れ」
遥希が今いるのは、城の中の王座がある場所、つまり王室だ。
その王座に一人、座っている。その人がこの獣国を総べる王なのだろうと悟る。
王座の隣に複数人。王直属の臣下や王族だろう。その中にキルルの存在はない。
(やはり、黒い噂というのはそういうことか)
予想だが、第3皇女のキルルは、誘拐されたということだ。
その犯人は遥希というわけなのだが、これは全くの誤解である。
大体、この世界に来たのが三日前。世界の事情など知ったことじゃない。
と、突然、獣王が席を立ち、遥希を見下ろす。
獣王の見た目は4,50歳だろう。獣というくらいだから、犬みたいな顔をしているのかと思ったが、どちらかというと人に近い。
肌は全体的にこげ茶で、所々に傷がある、顔は一言でいうとゴツイ。
特に目は刃物のように鋭い。遥希を睨んでいるせいでもあるだろうが、その眼から凄まじい威圧と殺意を感じる。
どうやらそれはほかの面々もそうらしい。まぁ、これも知ったことじゃないが。
「貴様、名を何という」
その声には怒気が混じっている。完全にキレてるのがよくわかる。
「ハルキ・シンザキだ」
「そうか、ハルキ。娘、キルルをどこへやった」
「知らんがな」
ぶっきらぼうにそういうと、獣王は今にも襲い掛かってきそうなほどの殺意を露わにする。
その様子を見ると、先ほどは少し抑えていたようだ。
「貴様、ふざけているのか?」
その声は怒りで震えていた。
周りにいた兵士や親族も、無意識に一歩下がった。
「ふざけている? それは俺のセリフだ。お前ふざけてんのか?」
「なに……?」
両者の声には怒気が混じっている。
そこにアウリールが到着する。
「ハルキ。キルルを攫ったというのは本当なのか?」
遥希は答えない。
「そうか。なら、お前が昨日語ったことも嘘だったのか?」
またしても遥希は答えない。
「わかった。お前を信じた私が間違っていたということか」
遥希の目的は、人から信頼を得ないようにすること。
昨日はなぜ過去の話をしたのかはわからない。
昨日はなぜアウリールが信頼できると思ったのかわからない。
なぜ、母親と重ねてしまったのかわからない。
遥希は昔からそうだった。信頼を得ようと努力すればするほど、裏目に出るのだ。
それをを完全に忘れていた。思い出すのが遅かった。あの夜、すぐに出ていけばよかった。
友情は沼。
一度嵌ると抜け出せない。
感情は罪。
喜べば疎まれ、怒れば忌み嫌われ、哀しめば観笑され、楽しもうとすれば怒号が飛ぶ。
愛情は幻。
求めれば求めるほど失い、やがて消える。
これが周りから愛されなかった者の末路。
遥希はこの歪んだ常識を自分に押し付け生きてきた。
生きたいように生きる。
これが遥希の生きる価値であり、存在理由であり、目的でもある。
遥希は無意識のうちに口を開いていた。
「もしお前の言っていること、それが本当だとしたらお前はどうする?」
遥希は静かに、しかし淡々と語る。
「俺を殴るか?」
暴力は正義。
「俺を罵って遠ざけるか?」
罵倒は正義。
「俺を殺すか?」
殺人は――――正義。
「信じるか信じないかはお前が決めろ」
そう言いアウリールを一瞥してから獣王に向き直る。
獣王も遥希を見る。
「貴様はアウリールを騙したのか?」
「さぁな、どうだか」
遥希はまたしてもはぐらかす。
その様子に獣王は痺れを切らし怒鳴る。
「それでも人かああぁぁぁぁ!!」
遥希の言動は、獣王にとって人ならざる行為だったのだろう。
周りの面々はさらに一歩後ずさる。
それでも遥希は動じない。
「あ? 人じゃないのは俺以外の全てだ」
その発言に獣王はおろか、周りの面々も呆気にとられる。
すると、周りからは笑いが起こった。
あまりの自己中心的な発言に笑わざる負えなかったのだろう。
しかしそれはただの笑ではない。遥希を中傷する観笑だ。
その笑いに今度は遥希が怒鳴る。