10話、異世界《アールマティ》の理
「よし。まずはお前のことから教えてもらおうか?」
そう言うアウニールの顔は笑みを浮かべている。
「すべてお見通しってわけか」
「まぁ、未来視できるからな。言っとくが、未来だけじゃなく、過去も視ることができるぞ」
「じゃあなぜそうしない?」
「それは流石にデリカシーなさすぎだろ?」
「まぁ、な」
それならステータスを覗き見している俺は、プライバシーの侵害をしてることになるな。んなことどうでもいいが。
「それで何から話せばいい?」
「とりあえず、自己紹介しろ」
「は……さっき俺のことしてるって………」
「いいからやれ」
何か腑に落ちない。まぁ、確かにちゃんとしたわけじゃないから異存はないが。
「俺の名前は、新崎遥希。いや、ハルキ・シンザキのほうがいいのか?」
遥希は外国に行ったことがないから名乗り方がよくわからない。ある程度の外来語は学んでいるが、やはり言いにくい。
「ごく普通の高校に通っているごく普通の学生だ」
「コウコー? ガクセー?」
アウリールの反応を見て遥希は確信した。大体は分かっていたが、やはり文化が違う。
高校や学生という概念があるのかどうかは分からないが、この世界は、ザ・ファンタジーって感じがする。
とはいっても、この世界にも学業を学ぶ施設ぐらいあるのだろう。
遥希はアウリールの疑問について回答する。
「高校は、学業を学ぶ施設。学生とはその施設に通う生徒のことだ。この世界にも学業を学ぶ施設はあるだろ?」
「いや、そのような施設はない」
「え?」
「大体、学業を学べるのは高い地位を持つ者か、貴族の連中だけだ」
「なっ……」
さすがに予想外だった。学業を学べる人が限られているのも、その施設が存在しないことも。
それなら、それに該当しない一般人はどうなるのだろう。
「それ以外の人は学べないのか?」
「学べることには学べる」
アウリールの遠回しな言葉に、少し顔を顰める。
そして遥希の頭の中には、1つの説が生まれる。
「もしかして、その人たちってのは………」
「その通り。金のある大富豪や大商人だ」
いつか読んだファンタジー世界を題材とした小説の内容と一致している。
その手の小説では、異世界の一般人は計算ができないだとか、字の読み書きができないなどと書かれているのを記憶している。
(まさか本当だとは。それにしても、なんだかんだでその手の小説に書かれていることは、大体あっているのかもしれないな)
そう結論付けた遥希は自己紹介の話に戻る。
「以上だ。家族構成はさっきの過去話から推測できると思うから省かせてもらう」
「そうか。ありがとう」
それだけ言うとアウリールは一人でぶつぶつと何か言っている。
きっと遥希のいた世界のことでも推測しているのだろう。
「それで、あとは何を話せばいい。それとももう終わるか?」
「いや、まだある。それはお前の能力の」
「断る」
「即答すんな!」
「頑固として断る」
遥希のスキル、《創造》は強力な能力だ。それだけに他人に軽々しく喋るものじゃない。
それに、そのことが広まれば、いいように利用されるかもしれない。レベルが上がればまだ違うかもしれないが、今は弱い。自分の身すら守れないくらいに。
そんな遥希の真剣な顔に、アウリールは渋々承知する。
「なら今度は俺が質問させてもらう」
「何についてだ?」
「この世界についてだ。全て教えろ。長くなっても構わない」
「………お前は本当に異世界人なんだな」
「それは分かり切っていたことだろう?」
「まぁな」
アウリールは一度深呼吸してから話し始める。
「この世界の名は《アールマティ》。名前の由来は大地の守護者という意味らしい。どこの言葉かわからない。昔の時代につけられた名だそうだ」
遥希は少し引っ掛かる部分があった。それはこの世界の名前だ。
しかし、それが本当かどうか判断がつかないので、記憶の片隅に追いやる。
「お前の世界がどうだったかは知らないが、この世界には、魔力、魔法の根源の力が存在する。それは、この世界の空間、どこにでも漂っている。しかし、空に向かって飛んでいくと、それにつれて漂っている魔力が低下していく。同時に空には不可思議な力があるといわれており、息苦しくなる」
そこで遥希は吹き出しそうになる。まさか、空気のことを知らないとは。
空間、というのはきっと空気のことだ。多分だが、魔力というのは空気中に含まれているもので、高度が上がれば上がるほど空気と一緒に薄れていくのだろう。
空気というものの存在を知らないために不可思議な力、という一言で済ませている。
空気の存在、それは地球にいれば誰もが知っている常識だ。
やはり、この世界は、世界の原理を知らない。きっと、太陽が上昇、下降している原理も知らないのだろう。
「そして世界は、五つの国から成る。《人間国(二グラム)》、《獣国》、《魔国》、《精霊国》、そして《神国》。このうち、地上に存在しているのが、《人間国(二グラム)》、《獣国》。その二つの国の裏、つまり地中の奥深く、魔界と呼ばれるところに存在しているのが、《魔国》。森の中や海の底、砂漠など、自然のある場所に存在しているのが、《精霊国》。空のもっと上、天界と呼ばれるところに存在しているのが、《神国》。そのうち目に見えないものは、《精霊国》と《神国》。この二つの世界に関しては、仮説でしかない。《魔国》は、魔界と呼ばれるところにあるのだが、どうやら海を越えたもっと先に存在しているらしい。実際に見た者はいるが、それも数人程度。勇者の生き残りがそう言っていたといわれている」
《精霊国》と《神国》に関しては何とも言えないが、《魔国》は確かにありそうだ。
その根拠は、地球と同じように、この世界も天体だと思えば、裏に存在するということにも納得がいく。
この世界の化学はそこまでなのか、と嘆息する。
「その国々に存在している種は名前通りだから説明しない」
それは大体わかる。つまり、人間種、獣種、魔種、精霊種、神種があり、そのそれぞれの国に存在しているということだ。
「ほかの国はどうか知らんが、この国にはギルドなるものが存在している。冒険者ギルド、商業ギルド、生産ギルド。これも名前の通りだから説明しない」
遥希の元の世界で考えると、商業ギルドがスーパーやショッピングモール。生産ギルドが工場。冒険者ギルドに関してはよくわからないが、採取や討伐等のクエストをするための受付みたいなものだろう。つまりは、派遣会社みたいなもの。
「まぁ、大まかな情報は教えたぞ。私は喋りつかれたから少し休むんで、テキトーにしてくれ」
「わかった。何かあったら呼びに行く」
「…………夜這いとか期待してるぞ?」
「寄るな、失せろ、消えろ、散れ」
「あっはははは! 冗談だ、気にするな! んじゃな」
自由な人だ、と遥希は思う。
こんなに自分を信用して、見てくれている人なんて、家族以外にいただろうか。否、いなかった。
自分に寄って来る人は、すべて目的は違った。見ているのは自分ではなかった。
だから何か嬉しかった。自分をしっかり見てくれる初めての他人。師、アウリール。
やはりこの人なら大丈夫、という安心感があった。
もし、アウリールが自分を騙していたとしても別にいい。この感情に浸れるのであればいくらでも騙されてやる。
そんなことを考えているうちに、異世界生活二日目は明けていった。