採掘
複数の闘技場ドームが立ち並んでいる中、ランドたちは中央の一際大きなドームへと入っていった。円形ドームの外周に沿って通路を進んでいく。外周の壁には天使と悪魔が戦っている絵や、竜の彫刻などが施されている。ドームの中央部は壁に阻まれてまだ見えないが、なにやらガンガンと金属を打ち合わせるような大きな音が聞こえてくる。しばらくいくとドーム中央部に進める上り階段があらわれた。ライに先導されてランドも階段を上っていった。階段の出口を抜けると巨大な空間が広がっていた。周囲にはぐるっと360度観客席が連なっており、中央部で行われる戦いを観戦できるようになっている。
人間が戦うのにはどう考えても広すぎる会場なのだが、その広さの理由は現場を見れば明白であった。人間の闘士などより何十倍も大きな鉄の巨人がそこにはいた。鉄巨人は人間1人を鷲掴みできるであろう拳を今まさに振り下ろさんとしていた。しかし、当然のことながら鉄巨人も例外ではなく透明物質の内側に封じ込められ静止しているので、その拳が威力を発揮することはない。
周囲では多くの人々が鉄巨人を掘り出そうと奮闘している。先端が鋭く尖った鉄柱を台車に固定し、奴隷数人がかりで荒々しく打ち付けているかと思えば、石工の集団がノミとツチを使って地道に削っていたりする。ランドは観客席の隙間を縫って進みながら、その様子を興味深く眺めていた。見た目に困難な作業を見るにつけランドは不安になり、ライに問いかけた。
「うひゃあ、採掘ってあんなに大変なの?ものすごく硬そうなんだけど」
「この透明物質は透土って呼ばれてるんだけど、強力なリギアの近くほど硬度が増す性質を持ってるんだ。リギアの力を封じる物質なんだから、リギアの力に応じて物理的に硬くなってもおかしくはないよね。あの鉄巨人は見た目通り強い力を秘めてるんだろう。掘り出すのにはまだまだ時間がかかるだろうね。でも俺達が掘る所はこんなもんだよ」
そう言いながらライは周囲の透土をツルハシで叩いた。するとザクッという音とともにツルハシが透土にめり込み、透土が崩れた。周囲に飛び散った透土はキラキラとした光を残して空気に溶けてしまった。
「この通り、普通の装備でも掘れるレベル。」
鉄巨人のドームを抜けたランド達は別のドームに入り、下り階段を使って地下に降りた。そして未採掘エリアに到着すると、ライはいったんランド、レニ、ロニを集めて作業開始の指示を出した。
「このドームは人間用の闘技場だったようだ。今俺達がいる地下は戦士達の控室になっていたらしい。俺も戦士の端くれ。同じ戦士としてこういう場所を荒らすのは申し訳なくは思うが、奴隷の身としては黙って掘るしかないな。さて始めるか。ランドはこの部屋を頼む。」
「サボるなよ」
レニが憎まれ口をはさむ。メンバーがそれぞれの持ち場に散って行ったあと、いよいよランドも覚悟を決めて作業を開始した。部屋は透土で満たされており、奥の方に剣と思われるものが転がっているのが見えた。ランドはとりあえずそこを目指して掘ることにした。スコップでひたすら透土をかきだしていく。ライはこともなげに透土を砕いていたが、不慣れなランドにとっては透土はとても硬く重く感じられた。ほどなくして手は痛み、息は切れ始めた。しかし、どうにも自分を舐めているレニを見返すためにもすぐに休むわけにはいかなかった。吹き出す汗を拭ったとき、ライの指示によって腕にはめた灰色のリングが紫っぽく変色している気がした。疲労で目がおかしくなったのであろうか。
小休止をはさみつつ掘り進め、ついに目的の場所まで辿り着いた。ランドにとっては無限とも思える時間であった。古代人が使っていたと思われる剣を手に取ってみるが、とくに変わったところのない普通の剣であった。ランドはがっかりした。良いものを掘り当てたからといってどうなるわけでもない。しかし、今までたいした苦労をしてこなかったランドにとって、今回の初採掘は人生で一番の苦労といっても過言ではない。成果に期待してしまうのも無理はなかった。そんなわけで意気消沈しているランドに泣きっ面に蜂の事態が起こる。
「ピギー!!」
奇怪な鳴き声とともに何かがランドの顔面に飛びつき張り付いた。
「むぐぐぐ・・・い、息ができない・・・」
ランドは必死にもがき、顔面に張り付いた何かを渾身の力を込めて引きはがそうとするが、ぴったりと張り付きどうしてもはがれない。いよいよ呼吸が苦しくなってきて、激しく足をバタつかせた。幸運にも足が立てかけていたスコップとツルハシにぶつかり、ガシャガシャと派手な音が鳴った。それを聞いたライが駆けつける。ランドの様子を見ると、懐から白い粉を取り出しランドに張り付いているものに振りかけた。
「ピギャア!!」
ランドの顔面はようやく解放された。そして自分を苦しめたものの正体を確認しようと目を凝らす。少し離れたところに、透土によく似た透明のアメーバのような生き物がもがいているのが見えた。ライがランドの無事を確認しながら語りかける。
「あれは透土に擬態したスライムだね。透土におおわれたこの街は隠れるのにもってこいで住み心地が良いらしい。けど、この辺りにはまだ発見報告がなかったから油断してたよ。ごめん。」
「ピギー!!」
もがいていたスライムがライに敵意を向けてきた。ライは気にする様子もなくランドが掘り当てた剣をゆっくりと拾い上げた。そして飛びかかってきたスライムをかわしざま、剣で突いて壁に串刺しにしてしまった。見事な早業であった。そして、身動きが取れないスライムに例の白い粉を再度振りかけた。するとスライムは茶色く変色し、しおれて動かなくなった。
「スライムはほとんど水分でできてるから塩をかけると縮んじゃうんだ。駆除用に配られてるんだけど、ランドにも渡しておくべきだったな。それと、この剣、結構良い剣だよ。リギアじゃないけど今の技術じゃ作れない金属が使われてる。こういうのも貴重なんだ。鉄巨人を掘り出すときの道具に転用出来たりもするからね。お手柄だよ」
散々な目にあったが多少の達成感は得られたランドであった。