底の街
地上には底の街への直通リフトもあるのだが、物資の搬入・搬出や奴隷監視員の移動用なので奴隷が使用することは禁じられている。奴隷用の大階段は100段下りるごとに踊り場に出て、折り返してまた100段くだるというシンプルなものだった。それが果てしなく続いている。足腰の強いレニとロニは元気よく下りていくが、ランドはというと何回か折り返したところで膝がガクガクしてきて、上体を立たせるのもおっくうな有様である。うなだれながらやっとの思いで折り返しの踊り場に辿りつき視線をあげる。
「うわっ!!」
ランドはびっくりして腰を抜かした。目の前に飛行するモンスターがいた。いや、正確には透明物質のなかに封じ込められたモンスターである。大きな翼をはためかせる竜、飛竜というやつであろうか。その目はまるで生きているかのように爛々とした光を宿しており、透明物質ごしに対峙するランドに狙いを付けているかのようであった。頭部には巨獣レティシアの制御用リギアによく似た装具を被っている。底に沈んだ街が健在であったころ、街の住人である古代人はこの飛竜に乗って大空を移動していたのであろうか。
透明物質の中をよく見ると、あちこちに見たことのない鳥の群れが飛行中の状態で固まっている。水槽の中の魚群を眺めている気分だ。他にも謎の球体が散見される。どんな機能を持っているのかはわからないが、古代人は物体を空中に静止させるという高度なテクノロジーを有していたことは確かである。
「おい、まだ半分も下りてないぞ。早くしろ」
先行していたレニがランドのいる踊り場まで戻ってきて文句を言う。そしてランドの服をつかみ無理やり立たせようとした。その拍子にランドの胸元から首飾りがこぼれ出た。父アルシャークに土産としてもらったサンドシャークの首飾りである。それを見たレニの顔が強張った。
「これは・・・なんでお前が戦士の首飾りを持っているんだ」
「なんでって、もらったんだけど」
「それを外せ」
「えっなんで。嫌だよ」
ランドにとっては首飾りはもはや唯一の思い出の品である。外す気になどなれない。手を伸ばすレニに抵抗するランド。ごちゃごちゃと揉めているとライとロニも戻ってきた。ライが2人を諌める。
「なにしてるんだ。無駄な体力を使ってる場合じゃないだろう」
「ライ、あれを見ろ、こんなやつが俺達キバ族の誇りである戦士の首飾りをぶらさげてる」
レニがランドの首元を指さしながら不満を漏らす。ライはちょっと驚いた顔をしたのち、すぐに落ち着いた感じでレニをひきはがした。
「ランド、悪かったな。その首飾りは戦士の首飾りと言って、キバ族でも特に勇敢な戦士にのみ族長から贈られる特別なものなんだ。レニは自分がキバ族の戦士であることを誇りに思ってて、自分もいつか戦士の首飾りをつけられるようになりたいと思ってるんだ。それで興奮してしまったんだろう。ん?でもランドのはちょっと作りが違うみたいだね。普通のより装飾が凝ってる。」
ライは少し不思議そうに首飾りを見つめる。
「まあいいや。結構休めたことだし先を急ごう。スコップとツルハシは俺が持つよ」
ライの助けもあり、ランドはなんとか底に降り立つことができた。膝が笑って立っているのがやっとだ。まだ何の作業もしていないのに先が思いやられることである。さらに、このときのランドは疲労のせいで思い至らなかったが、行きがあるということは帰りもある。帰るときは大階段をのぼらねばならない。
降りた先は広場になっていて、周りには資材置き場や休憩所、食糧配給所などが立ち並んでいる。奴隷達はここを拠点として採掘活動をするのである。先にリフトで降りていた奴隷監視員がイラついた感じで声をかけてきた。
「おい。遅いぞ。何をしていた。」
ライが監視員の元に行き、2言3言愛想よく声をかける。すると監視員の機嫌が直ったようで、ライに4つのリング状のものを渡して去っていった。どんな言葉をかけたのかは不明だが、これが大人の処世術ってやつであろうか。なんにせよ、遅れた原因のランドとしてはライに助けられた形である。
ライは3人のもとに戻ってくると、リングを腕に装着するように言った。そして全員の装着を確認すると、配給所で食料を受け取ったあと、街道を歩きはじめた。左右には透明物質の壁がそびえ立ち、そのなかには古代の建物や木々が封じ込められている。上方にも透明物質の天井があり、さながら海中トンネルを歩いている感覚だ。見たこともない珍しい光景に気を取られているランドにライが話しかけてきた。
「歩きながら説明するよ。透明の大地には東西南北にそれぞれ大階段が掘られていて、今俺達が下りてきたのはそのうちの北の階段だ。要塞から荷馬車で南下して一番最初に辿りつくのがこの北の採掘地だ。ここには古代の闘技場が沈んでるんだ。闘技場なだけに戦いに転用できるリギアがたくさん発見されるから帝国も重要視してるみたいだね。ほら、遠くに見えるあれがそうだ。」
ライが指さした先にドーム状の巨大な建造物を複数確認することができた。古代人はよほど闘いが好きだったのだろうか。戦いというものとは無縁に生きてきたランドは、その丸い外観とは裏腹に刺々しいプレッシャーを感じるのであった。