透明の大地
犯罪者収容所を後にした奴隷商隊は、リギア採掘場を目指して足早に街道を南下していく。日が落ちたころ、ようやく見える宿場町の灯り。目を引くのは町自体よりも背後に覆いかぶさるように群生している巨木である。夜の闇の演出効果もあり、まるで黒い大波が街を飲み込まんとしているかのようで非常に不気味だ。
魔の森。当初は森と町の間に、ある程度の間隔があったのだが、今では目と鼻の先だ。樹木が成長し拡大を続けているのだ。
魔の森は迷い込んだ旅人の方向感覚を狂わせ、その魔手から決して逃がそうとはしない。ある者は彷徨った挙句力尽き木々の肥やしとなり、またある者は森を跋扈する凶悪なモンスターの餌食になる。今宵も魔の森の代表的な住人であるワーウルフの遠吠えがときおり聞こえてくる。凶暴なモンスターは夜行性のものが多く、夜中に森の中を進むのは自殺行為だ。一泊するしかない。
翌日、太陽が昇り魔の森の邪悪な気配も鳴りを潜めたころ奴隷商隊は移動を再開した。先人が苦心して森に切り開いた道ではあるが、呪いを忌避するかのように先を急ぐ。
一面、壁に覆われた建造物が見えてくる。さながら鋼鉄の要塞である。中に入ると、ランドの乗っている車両の扉がようやく開いた。にっくきギュスターブが車両内部に鋭い視線を走らせつつ奴隷に命令を下す。
「全員外に出ろ。迅速にな」
ランドは言われるままにふらふらと外に出た。ここ2日、ほとんど車両の中に押し込められていたため足元がおぼつかない。ひさびさの外の空気は格別であり、ランドは軽く伸びをしながら深呼吸した。日はとっくに暮れており、周囲に灯った松明で近場の様子は分かるものの、要塞の奥がどうなっているかまでは分からない。少し離れたところでは、ランド達とは別の奴隷の集団が移動を開始している。車両ごとに順番に移動しているのだろう。
ランドたちも整列させられたのち、松明を持った監視の奴隷商に前後を固められながら、簡素な小屋まで連れてこられた。そして、大部屋に放り込まれてしまった。ようやく外に出れたと思ったのも束の間、矢継ぎ早の監禁である。
ランドはうんざりしたが、奴隷車両よりは広いし揺れもないのでまだマシかなとも思った。壁の上部に小さな窓が付いており月明かりを取り込んでいる。周りを見ると、他の奴隷達は思い思いの場所で雑魚寝し始めた。疲労がたまっているのだろう。ランドも思い出したように欠伸をすると、あれこれ考える気力もなく眠りに落ちたのだった。
翌朝、ランド達は大部屋で食事を取ったあと、また外に出された。朝日がまぶしい。歩きながら昨日の夜は確認できなかった要塞の奥に目を向ける。すると、海のようなものが見えた。あるいは湖だろうか、巨大な氷河だろうか、地表に太陽の光が反射して青っぽくキラキラと輝いていた。結局、それが何なのかは分からなかった。
しばらく歩くと、建物が立ち並んでいる地帯に入り、比較的大きな建物の前で停止させられた。建物の前には奴隷と思われる人々が集合している。
「リギア採掘のチーム分けを行う。番号を呼ばれた者は指示されたチームに加われ。」
番号とは何のことだろう、ランドは一瞬戸惑ったが、すぐに自分の腕に刻まれた奴隷の印の番号だと思い至った。そして、もはや名前ではなく番号で管理される立場であることを再認識させられ悲しくなった。
ランドはメンバー全員が褐色肌という特徴を持つチームに入ることになった。みな似た雰囲気の持ち主であることから、同一民族で構成されていることが予想された。他のグループも同様である。このようなグループ分けをするのは、チームの結束を強め作業効率を上げるためである。ランドはキバ族ではないのだが、奴隷の印がなぜかキバ族であることを示したので機械的に組み入れられた。
チームはランドを含めて4人である。そのうち、背が高くて落ち着いた感じの青年がランドに話しかけてきた。
「やあ。俺はライ。このキバ族のチームのまとめ役みたいなことをやってる。君もキバ族・・・ではなさそうだね。まあいいや。本当はもう1人いたんだけど怪我で離脱して人手が足りないんだ。よろしく頼むよ。こいつらは双子の兄弟でレニとロニ」
レニとロニと呼ばれた少年は年のころはランドより少し上といったところだが、剣の民キバ民族だけあって猫科の肉食獣をイメージさせるしなやかな身体つきをしていた。顔つきは見るからにやんちゃである。
「レニだ」
「ロニだ」
ぶっきらぼうに言い放つ。あまりランドを歓迎していないようである。ライは困った奴らだといった感じで呆れている。ランドは少しやりづらさを感じながらも一応挨拶をした。
「僕はランド、ライさん、それからレニさんとロニさん、よろしくお願いします」
チーム分けが済むと、今度は何チームかごとに荷馬車に乗せられて要塞の奥に移動していく。荷台に壁や屋根はついていないため息苦しさは感じずに済んだ。景色もよく見える。謎だった海のようなものの正体が徐々に明らかになってきた。
「なんだ、あれは」
透明な大地が遥かかなたまで続いており、その底に街が沈んでいる。沈んでいる街は人間が生活していても不思議でないほど完全な形を残している。
荷馬車が土の大地と透明の大地の境目に差し掛かる。ランドは思わず荷馬車のへりにしがみついた。沈むと思ったからである。しかし、荷馬車は事もなげに透明の大地を踏みしめ進んでいく。眼下に広がる街を見下ろしていると、空を飛びまわる鳥にでもなった気分である。その神秘的な光景に見とれているうちに目的地に到着した。
ランドはスコップとツルハシを渡された。受け取って少し考えたのち、我に返ってライに質問した。
「えっこれはなに?」
「掘るんだよ。この透明の大地を。下の街にはリギアがわんさか眠ってる。まあ大がかりな遺跡盗掘ってとこかな。」
「それにしたってこんな原始的なやり方で掘るなんて・・・」
「この透明の物質にはリギアの機能を停止させたり狂わせる効果があるらしい。その証拠に、監視の手元をみてみな。」
監視の手には木製の堅そうな棒が握られていた。
「奴隷制圧用リギアが使えないから、何かトラブったらあれで俺達を黙らせるんだよ。と、無駄話をしてると一発食らうことになるからさっさと行こう。底に下りるためのでかい階段があるんだ。」
奴隷商のボス、スレッジが採掘は体力勝負だと言っていたのはこういうことだったのか。体力に自信のないランドは先行き不安を感じつつスコップとツルハシを抱え込んで階段に向かうのだった。
「うう・・・既に重い・・・」