自由
バシャア!!気絶しているランドの顔面に大量の水が降りかかってきた。
「うわっぷ。うひゃあ冷たい。なんだなんだ。」
目を覚ましたランドが飛び起きて頭上を見上げると、巨大な黒い影がそそり立っていた。巨獣のレティシアである。レティシアは長い鼻の先端をランドに向け、勢いよく水を噴射した。ランドは勢いに押されて尻もちをついてしまう。何が何やら訳が分からない状態である。
「お、気が付いたみたいだな。」
声をかけてきたのはランドを捕えたいかつい男であった。
「すまねえな。手下が大人げないことしちまった。ギュスターブのやろう、まさかお前みたいな子供にまでいきなりリギアを使うとはな。俺はそもそもリギアの力でコントロールするやりかたは嫌いなんだ。レティシアちゃんもことあるごとに実験と称して拘束されて、ちょいと抵抗する素振りを見せようもんなら電気ショックを与えられる。俺にはどうすることもできんが、それが不憫でなぁ・・・と、お前にこんなことを話してもしゃあないか。」
「そうか・・・僕はリギアの力を食らったのか。一瞬のことだったから何が起こったのか分からなかったよ」
中央奴隷市場を出発したときはまだ昼間だったが、あたりはすでに薄暗くなっていた。けっこうな時間、気絶していたようだ。ランドが目線を少し遠くに向けると、やけに高い塀が連なっているのに気付いた。その塀の中に入れそうな唯一の入口付近では、奴隷商と、奴隷商とは別のアースランド人が互いのリギアを差し出し合って何かやりとりをしていた。ランドがそれを気にしているのに気付いたいかつい男が口を開く。
「ここは犯罪者収容所だ。あいつらは収容所で働く奴隷の引き渡しをリギアを介してやってるんだ。ご主人様の登録変更ってやつだな。これから向かうリギア採掘場は体力勝負なんでな。非力な女子供の奴隷はここで降ろして炊事、清掃、まあ警備以外は何でもやってもらう。奴隷でもなきゃこんなとこで働きたがらんからな。適材適所ってやつだ」
「僕も子供なんだけど。」
「ガッハッハッ。微妙なとこだな。まあ先住民族の中にはお前くらいの年でも成人の儀式を済ませているものもいると聞く。採掘場での労働を儀式の代わりの試練だとでも思って頑張るんだな」
「だから僕は何度も言うようにアースランド人なんだって。まあ言っても無駄だろうけど・・・それにしてもおじさんは奴隷商って感じじゃないね。僕にリギアを食らわせたやつなんかは奴隷商のイメージそのものだったのに」
「ふっ。お前、ガキのくせに以外と鋭いな。自分でも最近はなんでこんなことをしているのかと自問自答することがある。まあレティシアちゃんとの出会いが大きいだろうな。レティシアちゃんと2人、森で自由気ままに暮らせたらどんなに素晴らしいか。だが、俺もレティシアちゃんも所詮は帝国に飼われている身。そういう意味ではお前と変わらん」
いかつい男は寂しそうな目でレティシアをチラリと見上げて溜め息をつく。
「本音が話せてちょっと気が晴れたぜ。お前名前は何てんだ。俺はスレッジ、この奴隷商を仕切ってる。」
「僕はランド」
「よろしくなランド。真面目に働いてればお互い自由になれる日もきっとくるさ。」
そんな日が本当に来るのだろうか。ランドは不安でいっぱいであった。父上が自分の失踪に気付いて捜索してくれるだろうが、奴隷になってリギア採掘場にぶちこまれているなどとは夢にも思わないだろう。一応、アースランド帝国の法律は、一定期間の強制労働ののちガス抜きのためいったん奴隷を解放すると定めているのだが、それまで耐え切る自信もない。どんどん暗い気分になっていく。そんなランドをさらに暗い気分にさせる男が近づいてきた。ランドにリギアを使用して気絶させたギュスターブである。
「これはこれは、ずいぶんと会話が弾んでいるようで。家畜同然の奴隷に人間の言葉を使ってやるとは、さすがあのような獣を手懐けているスレッジさんですねぇ」
あからさまな皮肉であり、自らのボスに対する口ぶりではなかった。ギュスターブがスレッジに不満、あるいは対抗心を持っていることは明らかであった。
「余計なことは言わんでいい。手続きは終わったのか?」
「はい。つつがなく。」
「相変わらず仕事が速いな。しかも正確ときてる。それはたいしたもんだ。しかし、俺の意向を無視してたいした意味もなくリギアを使ったのはどういうことだ。そこまでする必要はなかったはずだ。」
「ワタシの解釈は違います。奴隷は家畜です。家畜を教育するには痛みが最も効果的なのです。」
ギュスターブは蔑みの目でランドをチラリと見ると、自分の言葉に酔ったかのように派手に髪をかきあげて恰好を付けた。ビクッ!ランドは条件反射で両腕を交差させて頭を抱え込み丸まって防御姿勢をとった。リギアを食らった恐怖が脳裏によぎり、またやられるのではないかと身体が反応してしまったのだ。それを見たギュスターブは嘲りながら勝ち誇ったように言った。
「ほぅらごらんなさい。教育の効果が出ているでしょう。もうコレはワタシに絶対に逆らえない。キィッヒッヒッヒッ」
ギュスターブは賢そうな外見とは裏腹に下品で不快な笑い声をあげた。その金切り声は辺りに響き渡るほどであった。ランドは恥ずかしさと悔しさで今にも泣きそうだった。一欠けら残っていたプライドにすがりついて必死に涙を堪えていると、バシャア!!頭上からまたもやレティシアが放水してきた。今度はギュスターブも巻き添えである。
「ヒィィ。獣が吐き出した汚水が。ワタシは綺麗好きなんだ。チクショー」
ギュスターブは這う這うの体で逃げ去っていた。
「レティシアちゃんは奴の笑い声が大嫌いなんだ。」
スレッジが悪戯っぽくニヤリとする。ランドの気持ちも少し晴れやかになったのだった。