巨獣
目の前に巨大な輸送車が止まっている。荷台が何台か連結されている大規模なものであった。車列後方では奴隷商の誘導に従って奴隷達が次々と荷台に乗り込んでいた。あれに乗せられたら終わりだ。そう直感したランドは最後の抵抗を試みた。
「ガブッ!!」
渾身の噛みつき。弱者にも平等に与えられたリーサルウェポンである。さしものいかつい男もギャッと声を上げ腕のロックを緩めてしまう。その隙にランドは輸送車の側面から前方にまわりこみ裏に駆け抜けようとした。しかし、進路を遮る巨大な何かに衝突し跳ね飛ばされて転倒。岩のような感触。否、起き上がろうとするランドの目に飛び込んできたのは岩などではなく見るも恐ろしい巨獣であった。
「なっなんだこの怪物は」
地に伏せて休んでいたその巨獣は、いかにも頑強そうな太い四肢を踏みしめてのそっと立ち上がった。そして、頭部に付いた長い突起物のようなものをしならせ、紙屑でも拾い上げるかのようにランドを巻き上げ宙づりにした。ランドはそのパワーに圧倒され声すら出すことが出来なかった。いかつい男が慌ててやってくる。
「こらっレティシアちゃん。それはオモチャじゃないですよぉ。いい子だからお鼻をおろしましょうねぇ」
いかつい男のいかつい外見から身の毛もよだつ気持ち悪い猫なで声が発せられた。巨獣はそれを聞くとあっさりランドの拘束を解いた。ドサッ、かなり高く持ち上げられていたのでランドは地面に叩きつけられてしまった。
「ゲホゲホッううっいてて、食われるところだった」
「食うわけないだろ、レティシアちゃんは草食の乙女なんだ。巷の女子に大人気のラーズベリの実が大好物なんだぞ。おおよしよし、聞き分けの良い子でパパ大助かりですよぉ」
いかつい男はそう言いながら懐から真っ赤な丸い植物の実を片手で持てるだけ掴み出し、巨獣の口めがけて放り込んだ。そしてムシャムシャとおいしそうに食べる巨獣の長い鼻を優しくなでてやる。巨獣もうっとりしながら気持ちよさそうに低いうなり声をあげた。ランドからすると、美しくもありグロテスクでもあるなんとも珍妙な光景であった。そこにいかつい男の仲間がやってきた。
「その子供で最後だ。早く乗せろ。・・・しかしおまえもいい趣味してるよなあ。頭部のリギアで制御しているとはいえ、そいつは馬500頭分の力を持つ化物だぞ。人間なんぞ軽く蹴られるだけでお陀仏だ。今の技術では荷を引くような単純な命令しか与えられないが、いずれ戦場に投入されて数多の人間を殺すだろうよ」
「うるさい!そうなったとしてもレティシアちゃんは絶対に軍なんかに渡さんぞ。無理やり戦わせるなんてこの俺が許さん。レティシアちゃんは俺がっ」
仲間の男は最後まで聞かずにハイハイといった感じで輸送車に乗り込んでいった。興奮冷めやらぬいかつい男は、無言でランドを乱暴に掴みあげた。そのまま車列後方までズカズカと移動すると奴隷用の車両に放り込み扉をロックする。いかつい男は輸送車前方の御者台まで戻り「レティーーーゴー!!」とお気に入りのオリジナル合図を出すと、巨獣も呼応して叫びつつ輸送車を引き始めた。
ランドは何とか脱出しようと扉をガンガン叩くがビクともしない。
「おい。無駄なことはやめろ。」
ランドは声に反応して振り向く。そこには多くの奴隷が乗せられていた。みな状況を受け入れて諦めているのか瞳に覇気が感じられない。ランドに声をかけたと思われる奴隷の男は続ける。
「前を見ろ。格子の向こうから奴隷商が睨んでいるぞ。処罰されたくなければおとなしくしておけ。」
見ると、いかつい男とは別の奴隷商が確かにこっちを監視していた。いかつい男より賢そうな面構えをしている。あの男なら話が通じるかもしれない。そう思ったランドは賢そうな男と話をするため荷台の前方に移動し、格子を越しに話しかけた。
「ねぇ。僕は奴隷じゃないんだって。帝国三騎士の一人アルシャークの息子ランドなんだよ。ちょっと確認してよ」
だが、賢そうな男は無言でランドをにらみつけるとプイと顔をそむけてしまった。ランドはむきになって格子を揺らしながらアピールした。さすがに無視しきれなくなったのか、賢そうな男は再度後方に顔を向けた。
「ずいぶんと反抗的な奴隷だな。子供といえど規律を乱す者には罰を与える。・・・通電」
賢そうな男は何かの装置をランドに向けた。その瞬間・・・バチィ!!ランドは強力な電気ショックを与えられて気絶し崩れ落ちた。賢そうな男は奴隷制圧用のリギアを使用したのだ。奴隷の印を刻まれた者だけに作用する便利な道具だ。荷台に乗せられている奴隷の中には屈強な戦士が何人もいたが、このリギア1つで簡単に制圧されてしまうので抵抗するだけ無駄なのだ。
「問題なし」
賢そうな男は気絶したランドのことなど一瞥もせず正面に向きなおるのであった。