3人の騎士
「仕事は終わったの?」
「いや、これから城に行かねばならん。家に帰るのはそれが済んでからだ。馬をとばしていたらイーグルの眼がおまえの姿をとらえたから、ちょっと脇道にそれて息子の顔を拝みにきたってわけだ」
父親はそう言って端正な顔立ちの長髪の騎士を見た。イーグルはやわらかく微笑みながらランドに挨拶をしようとしたが、横から発せられた大声でかき消された。
「がっはっは!!なんだ坊主その髪型は。まるでプードルみたいだぞ。」
父親の脇からひげもじゃでずんぐりむっくりした大男がヌッと出てきた。騎士団において父親の右腕的存在の男であり、古くからの友人だ。肉弾戦で無類の強さを発揮し、敵対勢力からは(一部の味方からも)バーバリアンと呼ばれ恐れられている。性格は見た目通りに豪快なので野蛮人扱いされても笑い飛ばしている。
「ハ、ハンスおじさん。これは今流行りの髪型で、学校の友人も皆同じ髪型をしています。セットや管理にお金がかかるから、貴族にしかできない高貴な髪形なんです!」
ランドは顔を真っ赤にして自分の頭の両サイドにぶら下がっているカールした髪を擁護した。昔からハンスのことが苦手だった。無理やり剣や武術の稽古をつけられたり、山ごもりに付き合わされたりした。ハンスが捕らえた野生の馬の背に乗せられて落馬したときの恐怖は、今でもトラウマとして残っている。
「私は上品で良いと思いますよ。似合ってます。」
優しい声でイーグルのフォローが入る。ハンスとは真逆の冷静で思慮深い性格で、広い視野で戦局を見通すことに長けていた。目を引くのは切れ長の片眼を覆うように装着されている何かの装置である。これはリギアと呼ばれる古代の遺物の1つで、様々な不思議な力を秘めている。例えばイーグルのものは視力、視界を拡張して空から地上を眺めることも可能だ。アースランド帝国はリギアの力を背景に先住民族を降伏させ、奴隷を確保し、さらなるリギアを発掘するというサイクルにより躍進しているのだ。
「まあ髪型1つとってもぞれぞれに拘りがあるし、人によって色んな見方があるってわけだ。それはそれとして、ランド、土産だ。」
なんの拘りもなさそうな短髪の父親が馬上からランドに向かって小袋を投げ渡す。中にはチェーンが付いた何かの生物の牙が入っていた。
「サンドシャークの牙だ。先住民族の間では真の強者しか身につけることができないお守りだ。」
ランドは両手で包み込むように牙を持った。牙からは確かに強者の生命力を感じ取ることができた。
「ありがとう。なんだかご利益がありそう。あ、そうだ、明日は仕事あるの?母さんが父さんが帰ってきたらやってもうことをハリキッてリスト化してたよ」
「そりゃ参ったな。明日は奴隷市場の警備…いや仕事なんだ。母さんにはランドから事前にそう言っといてくれ。久々に帰った翌日に仕事なんていきなりは言いづらいからな」
そう言うと、父親は馬の手綱を大きく左に切って旋回し、城への道に戻った。ハンスとイーグルもランドに目くばせしてから後に続いた。ランドの姿は一気に小さくなっていく。
「アル、喜んでいましたねランドくん。」
アルというのはランドの父親の愛称であり、フルネームはアルシャークという。
「ああ。だが俺としてはあんな牙を後生大事に持っておくんじゃなくて、自分の目で牙の主を見てみたいっていう冒険心に刺激を与えたかったんだがなあ。あの様子だと友達に見せびらかして満足しそうな感じだな。」
「がっはっは!!そんな回りくどいやり方せんでもワシがサンドシャークの前に坊主を引きずり出してやるぞ!」
「そんなことをしたらランドくんのトラウマがまた一つ増えてしまいます。落馬のことを忘れたのですか。あのときの恐怖がもとでランド君は馬に乗れないのですから、移動手段もないのに冒険どころじゃないでしょう。それよりも勉学に勤しむほうが彼に向いていると思いますよ。性格は真面目で曲がってないですし。」
「まあひねくれて育ってないのは救いだなあ・・・」
アルシャークは不安だった。アースランドは破竹の勢いで勢力を拡大しているが、その過程で犠牲となった先住民族の潜在的な怒りははかりしれない。隣の魔法大国とも一触即発の状態である。いざとなれば、息子のランドも戦わざるをえない日がくるかもしれない。あいつは戦えるのだろうか。いや戦えないだろう。
「はぁぁ・・・」
思わずため息が出る。
「がっはっは!!なんじゃい。アルよ辛気臭いのう。」
「おまえが羨ましいよ」