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スレイブランド  作者: kou
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アースランド

 肉と肉、骨と骨がぶつかり合う破裂音が響き渡る。その度に巻き起こる大歓声。その場にいる全ての人間の視線が中央で拳をぶつけ合う屈強な2人の男に注がれている。土と砂が敷き詰められた地面をえぐるように足を踏み込み、全体重を乗せたパンチを応酬させている。


 上半身裸で衆目に晒されながら彼らは何のために戦っているのか。金、栄誉、あるいは戦うのが単に好きだから?そうではないことは彼らの腕を見れば一目瞭然である。刺青のようなものが刻まれている。それは奴隷の証である。奴隷だから見世物として戦わされているのだ。


「どうだランド。来てよかっただろ」


 闘技場の観客席の一角。身なりの良い少年2人のうち、細見長身のほうが得意げに声をかける。ランドと呼ばれたちょっと気の弱そうな少年は、初めて体験する熱狂に圧倒されていた。だが、本能的な闘争への憧れのようなものを刺激され、興奮しているのは確かだった。


 隣で観戦している友人のジョイスはそれ以上に興奮している。顔を真っ赤にしながら拳を振り上げ何やってんだ反撃しろだのと声を張り上げている。


 戦いは終始、若い奴隷が押しているようにみえた。初老の奴隷はガードを固めているが、何発も顔面にもらって血をたらしている。さらに、いいのが1発顎にはいりよろめいて転倒してしまった。


 若い奴隷が追い討ちで踏みつぶしにかかる。間一髪避けた初老の奴隷は相手の足にしがみつく。若い奴隷はやっきになって引き剥がそうと上からゲンコツの雨を降らすが、お留守になったもう片方の足を払われて自分も転倒してしまう。初老の奴隷はスルスルと相手の背中を取ると首を両腕でロックして締め上げはじめた。


 若い奴隷は最後の力で締め上げられたまま立ち上げるも意識を失い壮絶に力尽きてしまった。会場のボルテージは最高潮である。


「どうだ!見たかランド!俺の奴隷が勝ったぞ」


 大喜びのジョイス。そう、勝利した初老の奴隷は彼の所有する奴隷なのだ。


「う、うん凄い逆転劇だったね」


 ランドも同じように興奮してはいたが、負けた方がピクリとも動かないのが気がかりだった。死んでしまったのだろうか。だが、それは杞憂だった。初老の奴隷が若い奴隷の身体を起こし、背中に何やら打撃を加えると息を吹き返したからだ。ランドとしては締め落としよりも、死者蘇生のような技術の方が衝撃的であった。


 「次は俺のお気に入りの店に連れてってやるよ。あれやるとすげえハイな気分になれるんだ」


 上機嫌なジョイスのあからさまにいかがわしい言葉。ランドは気乗りしなかったが、今日は1日付き合うという約束だったので付いていくことにした。ジョイスは貴族学校の友人で優等生なのだが、まさかこんな裏の顔を持っているとは思わなかった。


 闘技場を出て怪しい裏路地を2人で歩いていく。このような治安の悪いところに来たことがないランドは気が気ではない。嫌な予感がする。


 その予感は当たった。路地の脇でたむろしていた3人の風体の悪い連中がニヤニヤしながら近づいてきたのだ。


「へっへっへっ。おめえら貴族のガキか。ずいぶん羽振りが良さそうじゃねぇか」


 酒臭い息を吐き出しながら顔を近づけてくる。ジョイスは顔をしかめながら男たちを罵った。


「よるな下郎。貴族にそんな態度を取ってただですむと思っているのか!?」


「なんだとっ!生意気なクソガキが!思い知らせてやる」


 酒に酔って正常な判断ができなくなっている男は拳を振り上げた。さすがのジョイスも怯んで防御態勢をとる。


 ガシッ。酔った男の腕を、背後から現れた大男が掴んで捻り上げる。


「イテテテテッ。なんだテメェ。離しやがれ」


 大男はあっさり腕を離した。興奮した酔っ払いたちは一瞬やる気になったようだったが、大男の普通でない体躯を再確認して少し冷静さを取り戻したのか逃げて行った。大男がジョイスに向き直る。


「坊ちゃん。護衛も付けずにこのような場所を歩いてはいけません。いや、護衛がいたとしても坊ちゃんには相応しくない場所です」


「またトマスお得意の説教か。聞き飽きたよ。俺ももう14だぜ。自分の意志で行きたい場所に行きたいときに行って何が悪い」


 あたふたしっぱなしだったランドは、トマスと呼ばれた大男に見覚えがあることに気付いた。闘技場で戦っていた初老の奴隷その人である。その穏やかで落ち着いた表情と口調は闘技場での獰猛なイメージとは真逆である。


 トマスはランドの怯えた感じに気付いてジョイスに再度の提言をする。


「ご友人もお疲れのようです。今日のところはここでお開きにした方がよろしいかと」


 ジョイスはランドをチラリと見た後、さすがに観念して受け入れた。


「まあ今日はトマスの勝利に免じて引き下がってやるよ」


 トマスに安全な場所まで送り届けられた後、ランドは自宅への帰路についた。歩きながら考えるのは奴隷のことである。トマスはまるで守護神のようであった。自分のピンチのときに盾となってくれる人が側にいたらどれだけ心強いことだろう。友達の持っているものは輝いて見えるし、欲しくなるのが少年の心というものだ。


 ランドが暮らしているアースランド帝国では貴族階級が奴隷を所有するのは一般的なことである。今日みたいにチンピラに絡まれたときのために1人くらい付けてくれてもいいのではないかと思う。しかし、ランドの家は父親の方針で奴隷が1人もいない。


 思索にふけっていると、背後からドカドカと馬の足音が迫ってきた。ランドはなんだなんだ本当に曲者が寄ってきちゃったのかと焦り振り返った。騎馬が3騎やってくる。そのうちの一騎が父親であることはすぐに分かった。薄茶色の甲冑と薄茶色の馬。ひたすら地味な色合いである。父親本人は「戦闘区域である砂漠や枯れた大地の色に合わせた。つまり保護色だ。」などと言っていたが単に地味好みでファッションに無頓着であることをランドは知っていた。


 騎馬とランドとの距離はあっという間に縮まった。

「ランド!」

 耳に馴染んだ心地よくも頼もしい父親の声。

「父上!おかえりなさい!」

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