3,定番ギルドはちょっと違う?
新連載3話目です。
このランガストには数多くのギルドがある。
ミリアス嬢とランガスト伯爵の強者語りに時折出てきたギルドだけでも、冒険者ギルド、探索者ギルド、魔法ギルド、商業ギルド、鍛冶ギルド、裁縫ギルド、魔石ギルドと実際にはまだまだたくさんのギルドがあるらしい。
そんなたくさんのギルドの中でオレが選んだのは当然冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドでは街人からの雑事依頼から大商人や貴族などからの依頼まで数多くの依頼が持ち込まれる。
伯爵から貰った金がいくらくらいの価値を持っているのかまだよくわからないので、自分の能力を活かせる仕事を早々に手に入れておくのは悪い事ではない。
送ってくれた馬車から降りるとそこにはこの街では珍しい木造建築の横に3軒分はありそうな巨大な施設があった。
開け放たれている大きな門のような扉から見える施設内はイメージとは違ってかなり清潔感があり、荒くれ者の巣窟というイメージは一瞬にして崩壊するほどだ。例えるなら役所か銀行?
定番の掲示板に大量に依頼の紙が貼られているというのはギリギリあったが、ランクらしきものは見当たらない。
ただ乱雑に貼られているようなことはなく、きちんと整理して見やすく貼られているようなので何かしらの区分けはあるのだろう。
外から見ているばかりでは分かる事も少ない。
こちらにはこの街を治める人物の紹介状があるのだ、何も怖い事はないだろう。
「いらっしゃいませ、冒険者ギルドランガスト第7支店へようこそ。
この度はどういった御用向きでしょうか?」
「あ、えっと、登録をしたいのですが」
「はい、ご登録でございますね。では紹介状や推薦状などはお持ちですか?」
「はい、これを」
「お預かりいたします……ッ!?
しょ、少々お待ちください!」
たくさんいる美人な受付嬢の中から優しそうな人を選んでみたが、紹介状を確認した時点で血相を変えて奥に走っていってしまった。
やはりランガスト伯爵の紹介状というのは大きな効力を持つ物なようだ。
まぁ当たり前だよな。この街を治めている人なわけだし。
そんなことを適当に考えていると先ほどの受付嬢と共に筋骨隆々の初老の男性が現れた。
「お待たせして申し訳ない。わしは第7支店支店長をしているニールギンと言う。
此度は登録と言う事で間違いないだろうか?」
「えぇそうです」
身長180センチメートルのオレが見上げるほどのその巨体からは微かにオレを試すように威圧感が発せられている。
ここで舐められては紹介状を偽造したか、または盗んだのではないかとあらぬ疑いをかけられかねない。
なぜならランガスト伯爵は強者フェチ。
そんな伯爵の紹介状ならば所持している者は強者であるはずだからだ。
向けられる威圧感にも鋭い視線にも一切怯まず自然体でいると、短い時間だったが試験は終わったようだ。
「……それではここでは何だ。こちらへ」
「はい」
試すように発せられていた威圧が消えうせ、どうやらオレは彼の試験には合格らしい。
案内されたのは会議室のような一室。
長机と椅子と壁には黒板があるだけの簡単な部屋だ。
支店長――ニールギンさんの他にも最初の優しそうな受付嬢が一緒に入ってきて、その手には書類の束と銅板のような物をもっている。
「さてクドウ殿。冒険者ギルドについての説明は必要かね?」
「あ、はい。お願いします」
「……必要なのか……」
あれ……もしかして冒険者ギルドの説明なんて必要ないほど常識的なレベルなのか?
「それではご説明させていただきます。
まず冒険者ギルドの理念とは――」
あーなるほど。
ニールギンさんが小さな声で呟いた理由がわかった。
冒険者ギルドについての説明とは、冒険者ギルドの利用方法や仕組みだけではなくその創設の理由や掲げる理念など小難しくて体外的な話になってしまうようだ。
ぶっちゃけオレもそんな事には興味は無い。
ここは利用法や仕組みなんかを教えてもらえばよいだけなのだ。
だが、1度口に出した事だ。男子に二言はない。古いかもしれないが、考えは人それぞれだ。
ここは1つ勉強だと思い、耐えよう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ニールギンさんがこっくりこっくりと居眠りを始めてから30分ほどで説明は終わった。
一方オレはなんとか耐え切った。
後半の半分ほどは実際の利用法や規約など、冒険者ギルドを実際に活用する上で必要なことだったので真面目に聞いた。
纏めるとこうだ。
冒険者ギルドは所謂何でも屋である。
街人からの小さな依頼から貴族や大商人といった大物からの依頼まで幅広い窓口を持っており、そういった依頼の裏取りを行い、登録しているギルド員に遂行させる。
当然難しい依頼ほど報酬は高くなり、ギルドへの貢献度が上がる。
冒険者ギルドにはランクはないが、貢献度があり一定以上の貢献度がなければ受けられない依頼も多い。貴族や大商人などの大口の依頼だ。
この貢献度というのが曲者で、ただ強いだけでは一定数値までしか上がらないそうだ。
一足飛びに駆け上がる事は難しく、たとえランガスト伯爵の紹介状を持ってきたオレでもスタート地点をある程度上げてスタートするくらいしか出来ないらしい。
しかし伯爵の紹介状など、ここ数年持ってきた者がいないために支店長の出番となったそうだ。
ちなみに冒険者ギルドに登録する際には何かしらの資格や試験は必要ない。
だが身分証明が出来ないと登録後に貰える冒険者ギルドカードを身分証としては扱えないらしい。
オレの場合は伯爵が保証しているので身分証として使えるそうだ。伯爵様様だ。
「クドウ殿、冒険者ギルドは扱っている依頼に関してのみの権限しか持っていない。
もし迷宮や商売に手を出す場合は、迷宮なら探索者ギルド。商売なら商業ギルドに登録をしてくれ」
どうやらこの世界ではギルドの取り扱っている範囲というものはきっちりと区分されているらしく、様々な事に手を広げる場合はそれ相応の根回しが必要となるらしい。
「もちろんギルドはただの互助組織だ。活用しないと言う手もある。
だがギルドを活用するメリットは大きい。逆にデメリットは少ない。
最初は手間だろうが、是非とも登録する事をお奨めする」
「わかりました」
小一時間にも及ぶ長い説明が終わり、やっと書類記入の段階になった。
書類に書かれていた文字は不思議と読める。
言葉が通じていたし、外からギルド内を見た際に依頼が読めていたからわかっていたが不思議だ。
オレが書く文字もこの不思議現象の延長のようで、知らない文字のはずなのに読めるし書ける。
おかげで困らないのだからありがたい。
使われている紙も羊皮紙やパピルスのような古い時代のものではない。さすがにコピー紙のようなつるつるの紙ではなかったが。
筆記用具も鉛筆というよりは黒炭をちょっと芯の太い鉛筆状にした物という感じだったが書きづらいわけではなかった。
「書き終わりました」
「お預かりいたします……はい、問題ありません。ではこちらに血を一滴垂らしていただけますか?」
記入書類には名前や年齢、出身地、所持スキルや使用武器など様々な記入項目があったが必須記入箇所はそれほど多くなかった。
なので必須のところだけ埋めたがやはり特に問題なかったらしい。
続いて受付嬢が持ってきた銅板の指定された箇所に受け取ったナイフで指を浅く切り、血を一滴垂らす。
魔法陣でも浮かび上がるのかと期待したが特にそういったこともなく、銅板に即座に血は吸収されて終わりだった。
まぁ一瞬で血を吸収するような銅板もなかなか不思議ではあったが肩透かし感が否めない。
「それではこれで登録は終わりだ。
ようこそ、冒険者ギルドへ。歓迎しよう!」
「よろしくお願いします」
立ち上がり差し出されたニールギンさんの大きな手を同じく立ち上がり握り返して登録は終了となった。
ちなみにギルドカードは発行までに1日かかるらしいので、明日取りに来るように言われた。
それまでは依頼を受ける事もできない。
さらには紹介状のおかげでギルドカード発行手数料の1万ジェニーも免除らしい。ちなみに無くした場合の再発行手数料は5万ジェニーらしい。
この世界の貨幣単位はどうやらジェニーのようだ。
悲しいかな高いのか安いのかわからない。なので日本人得意の曖昧に笑って濁しておいた。
紹介状も別のギルドに登録する際に使えるそうで返却してもらえた。封蝋の印は新しくランガスト伯爵の印の横に冒険者ギルド支店長の印が押されたらしい。
なので勝手に開けないようにと念を押された。
……これ、ギルド登録を繰り返したら印だらけになるんじゃね?
そんな適当な事を思いながら冒険者ギルド第7支店を後にした。
ちなみに金貨の袋を貰った時点で仕舞う鞄なども何もなかったのでセバスチャンが用意してくれた肩掛け鞄を活用させてもらっている。
見た目以上に中身が入るような高性能な鞄を期待していたのだが、至って普通の頑丈な鞄なだけだった。
冒険者ギルドへの登録も済んだし、他のギルドには今は用はない。
なのでこの目立つブレザー姿をどうにかして、冒険できるような装備と道具を整えよう。
だがその前に物価と貰った金貨の価値を確認しなければ。
まだ昼には少し早い時間だし、ここまで来る時に見えた露店が連なる通りにでも行く事にした。
異世界名物冒険者ギルドですが、この世界ではちょっと立ち位置が違ったりします。
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