26,街中デート
もしもし私めりーくるしみますいぶ。
いぶだけに甘ったるいデート話などいかがでしょう。
汚れ1つない純白のワンピースにはエメラルドグリーンの糸で精緻な草花の刺繍が施されている。
ひらひらとスカートの裾が揺れて眩しいほどの御身足がチラチラ見えているのがなんともエロティックだ。
だが全体的に見れば清楚で可憐な少女をイメージする事は間違いないほどに楚々とした装いになっている。
うん、イメージぴったりの素晴らしい私服だ。
リス子先生じゃなければもうちょっとあざとく見えたかもしれない。それだけこの癒し可愛い先生さんには似合っている。
大きなリス耳とリス尻尾を揺らしながらかけてくるリス子先生だが、ここでオレは気づいてしまった。
彼女はとてもよく似合っている私服だが、オレはどうだ。
そう、今のオレはあまり質がよいとは言えない方のマントを羽織、下には超高級品の服鎧だ。
午前中ずっと狩りをしていたとはいえ、超人の体なので返り血はほとんど浴びていないし、汗もかいていない。
しかしそれでもこれから街中デートだというのにこれはない。
……なんてこった! リス子先生の初私服に浮かれて自分の格好をないがしろにしていた!
まずい! まずいぞ、オレ!
このままではお洒落なお店に入ってもリス子先生に恥をかかせてしまうかもしれない。
しかし質のいい方のマントは宿に置きっぱなしだ。
とりあえず狩り用のマントは外して鞄から水筒を取り出す。
服鎧の保全機能はある程度汚れないと上手く働かない。だから水筒の水を服にぶっ掛ける。
でももちろんリス子先生には見えない位置にだ。いきなりオレが水を服にぶっかけたら驚くだろうし。
ある程度濡らしたら保全機能を使って綺麗にする。
ほとんど汚れていなかったが、今ではもう新品同様だ。
あとはこのそれなりの量が入っている肩掛け鞄とマントだが、ここで必殺の偽装工作スキルの出番だ。
鞄に無理やりマントを仕舞い、その上から偽装工作を施す。
これで大きく膨れた鞄はそれほど入っていないように見えているはずだ。
きっとリス子先生は街中デートの事で頭がいっぱいだから気づかないはずだ。
ちなみに素材を入れていたリュックも折りたたんで鞄に突っ込んである。デートの終わりに返そう。
これでデートの準備は整った。
服鎧は中央に近いこの辺の高いお店にも普通に入れる程度には高級品だから少し地味でも問題ない。
「クドウさん! お待たせしました!
あ、あの、その、どうでしょうか……?」
「とても素敵ですよ、先生。
先生の清楚で柔らかい癒しのイメージぴったりの素敵なワンピースです」
「はうぅぅ……。そ、そんなに褒めないでくださいぃ~」
準備が整ったオレの下にかけてきた先生をめいっぱい褒めると、自分から聞いてきたのにすっかり大きなリス耳の内側まで真っ赤になってしまった。うむ、実に癒される。
「まずは精算金です」
「はい! うわぁ……こんなに。すごい……」
「では先生。さっそく行きましょうか」
「ぁ、はい!
えっとですね。実は行きたいところがあってですね」
「ほほう?」
まずはお昼ということもあり、街中をぷらぷらするよりも先にご飯を食べる。
リス子先生が行きたかったというお店はどうやらカップルが多い場所だったらしく、店内とオープンテラスには多くのカップルがいる。
「えへへ……。素敵なお店ですよね。
前から1度でいいから入ってみたいと思ってたんです」
「確かにお洒落でよさげなお店ですね」
「ですよね! 内装もとても可愛くて素敵なんです!」
「じゃあテラスじゃなくて中にしますか?」
「はい!」
カップルが多いお店であり、オレ達は男女で来ている。
つまりはどこからどうみても、そう見えるということである。でもリス子先生的にはたぶんそこまで気が回っているとは思えない。
店内の内装の可愛さに目を輝かせているからだ。
気づいてたら今頃真っ赤になっているはずだしね。
実に期待を裏切らない癒し先生だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
華やかな中にも可愛らしさと清楚さが入り混じった落ち着いた内装の店内。
メニューも押し花がちりばめられた可愛らしいものだ。
出てきた料理も内装や雰囲気にぴったりとあったものだったが、如何せんこういう料理は量が少ない。
リス子先生も副業とはいえ探索者をしているので、ちょっと物足りなかったみたいだ。もちろんオレも物足りなかった。
でも大盛り料理では店の雰囲気に合わないだろうからこんなものだろう。
がっつり食べるというよりは、雰囲気を味わうお店なのだろうし。
雰囲気はお腹いっぱいだが、実際のお腹は半分も満たされないでお店を後にした。
「お店は可愛らしくてよかったですけど……えへへ、ちょっと物足りませんでしたね」
「そうですね。ちょっと露店の方に行ってみましょうか」
「はい、私のお気に入りのお店を教えてあげますよ!」
「それは楽しみです」
中央近くから外延部よりに移動してたくさんの露店が並ぶ通りで小腹を埋めるように数軒をはしごしていく。
先生のお気に入りのお店は結構あるらしく、2人で少しずつ分けて食べながら店を回っていく。
1つだけ買って2人で分けて食べるなんて実に良い。
これで食べさせ合いなどした日にはきっと爆発しろって言われるだろうね。
でもさすがにそれをやるとリス子先生の耳の内側がまた真っ赤になってしまうし、そんな可愛い彼女を回りの野郎どもに見せたくないので自重した。
……今度2人きりのときに絶対やろう。
「このパン美味しいですね」
「この木の実の歯ごたえがいいんです」
「仄かに甘くていい感じですねぇ」
数軒の露店で買った食べ物を持って広場のベンチに2人で座りながらのんびりと食べる。
もう少し近づけば触れ合ってしまいそうな距離だ。しかしこれがオレと先生との距離でもある。
まだオレ達は恋人同士というわけではない。だからこの微妙な距離なのだ。
でもリス子先生が向けてくれる柔らかい癒しの笑顔はものすごく好意的だ。
露店で買った甘いナッツのようなものがはいったパンをもきゅもきゅ食べている彼女は実に可愛らしい。
大きなリス耳も尻尾も口の動きに合わせてゆっくりと動き、至福の時間をより幸福にしてくれている。
……もう時間が止まってしまえばいいのに。
「クドウさんと一緒にいると時間があっという間に過ぎてしまうので、時間が止まっちゃえばいいのになぁ……なんて。えへへ」
パンを食べ終わった先生の小さな口からそんな言葉が漏れる。どうやら彼女もオレと同じ事を考えていたらしい。
恥ずかしそうにはにかむ笑顔を向けてくれる癒し可愛い先生は本当に可愛らしすぎてこのままお持ち帰りして目一杯愛でたい衝動に駆られる。
「まだまだデートは始まったばかりですよ。
今日をめいっぱい楽しみましょう、先生」
「はい!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
街並みがオレンジ色に染まり始めるまでたっぷりと街中デートを楽しんだ。
途中何度か手を繋ごうかとも思ったけれど、まだ街中デートは1回目だ。
まだ早い……早いと思うんだ。いやでも……。
まぁ結局手を繋ぐ事はなかったけど。
でも次はきっと繋ぐと思う。そう、次だ。次!
「……もう、日が暮れちゃいますね」
「そうですね。例のお店に行きましょうか」
「ぁ……はい!」
デートも終わりに差しかかり、ちょっとだけ寂しそうに呟く先生にまだ終わらない事を告げると、パッと花が咲いたように笑顔が戻ってきた。
うん、やっぱりリス子先生は笑顔が1番だ。
前回も利用した個室の取れるお店に行き、楽しく食事をする。
そして忘れずに今後の約束を取り付ける。
明日は午後から4回目となる生活魔法講習となり、明後日は先生が魔法ギルドで1日仕事があるためにフリー。
明々後日にまた1日迷宮デートだ。でもたぶん今日みたいに午前中探索して、午後は街中デートになるだろう。
今回もワインが出てきたが、前回の失敗を覚えていたお酒に非常に弱い先生はちゃんと自重して飲まないでいるようだ。
「先生、今日は飲まないんですか?」
「も、もう! 今日は絶対飲みません!」
「大丈夫ですよ、潰れてもちゃんと送っていきますから」
「むぅぅ……飲みません!」
ぷくーっと頬を膨らませてぷりぷり怒るリス子先生が大変可愛らしい。
本当にこの人はなんでこんなにも可愛いのか不思議だ。でも可愛いは正義なので何も問題ない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
例の個室のお店からゆっくりと夜の街並みを堪能するように、今日のデートを終わらせたくなくて惜しむように2人で並んで歩く。
でも歩を進めれば何れ辿り着くように、魔法ギルドの寮にはあっという間についてしまった。
元々それほど離れてもいなかったのだから仕方ない。
「……今日はとても楽しかったです」
「えぇ、オレもすごく楽しかったです」
少し寂しそうな笑顔。でもその表情は少し赤味を帯びている。
寮の前でしばし無言で見つめあう。
じっとオレの目をみるリス子先生、いや……リーシュ。
その表情はデートが終わってしまう名残惜しさとこれから起こるかもしれないであろう事への少しの期待。
そっと伸ばされた手が彼女の肩に触れ、ゆっくりと彼女の瞳が閉じ……。
「……この寮の前は結構人通るのよ?」
「はうぅ!」
「こんばんは、アシュリーさん」
気配察知でわかっていたのでオレは驚かなかったが、リス子先生は飛び上がるほどに驚いて耳の内側まで真っ赤だ。
軽く溜め息を吐いてこめかみを押さえているエルフさんがなんともいえない顔でオレ達、いやリス子先生を見ている。
「ここここ、こんばんは!」
「リーシュ……。やるならもうちょっと場所を考えなさいよ……」
「は、はうぅ……」
「クドウ君も私の事気づいてたでしょ」
「あはは、ばれてましたか」
「まったく……」
ちょっと疲れたようなアシュリーさんにリス子先生を取られてしまったので今日はこの辺で退散する事にする。
さすがにこの雰囲気で続きをやるのは無謀すぎるし、何より先生も望まない。
「それじゃ、オレはこの辺で。
また明日、先生」
「ぁ……はい。
おやすみなさい、クドウさん……あ、あの! 今日は本当に楽しかったです!」
「オレもです。おやすみなさい、先生。アシュリーさん」
いつの間にかがっちりとリス子先生を後ろからホールドしてしまっているアシュリーさんにも一応挨拶をすると苦い笑顔をしながらヒラヒラと手を振ってくれた。
……応援してくれている割にはなかなかイケズな人だ。侮れん。
寮から宿へと歩きながらそんなことを思っていると、ふと思い出した。
リス子先生の素材用リュック返し忘れてた。
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