25,迷宮と私服と
めりーくるしみます
え? 早いって? 知らないなぁ……
後ろ足銀牛亭に戻ってきたときにはもう夜もいい時間だった。
さすがに寝ているかと思ったニドウさん達だったが意外な事に起きているようだ。
無論気配察知のおかげでわかったことだ。
彼女達の部屋のドアをノックするとすぐにココネーリイの簡素な返事があった。
「まだ寝ていなかったのか?」
『クドウさん! おかえりなさい!』
「ナナネが主殿を待っていたかったようだったから」
ドアから見えたオレの姿を確認して弾かれたように笑顔を咲かせるニドウさん。
ココネーリイはそんなニドウさんを慈しむような表情で見ながら報告してくる。
まぁいつ寝るかは彼女達の自由ではあるからとやかくいうつもりはない。
しかし明らかに恋する乙女な、こんな笑顔を向けられるとさすがに自分が失敗していることをいやでもわからせられる。
オレの本命はリス子先生なので、ニドウさんには応えられない。
だが空間魔法という有用そうな魔法も捨てがたい。
出来れば恩人止まりであってほしかったが、もう明らかにそんな段階はすっ飛ばしているらしい。
……これは困ったな。
『ただいま、ニドウさん。
でもこんな夜遅くまで待ってなくてもいいんだよ?
もしかしたらもっと遅くなったかもしれないんだから』
『……ごめんなさい。でも大丈夫です。
もう少し遅くなったら寝るつもりでしたから』
明らかに徹夜してでも待っていそうな雰囲気なのにそんなことを言われても説得力というものがない。
しかし彼女なりに気を遣っているのだろう。
非常に嬉しそうな笑顔のままにそう言われてしまっては返す言葉がない。
とにかく今すぐには無理そうだ。
一先ず距離と時間をある程度置いて、様子を見よう。
今のニドウさんは辛い環境から救いだしてくれたオレを白馬の王子様かなんかだと思っていそうだし。
もう少し冷静になればまた変わってくるだろう。
これが空間魔法という有用そうなスキルがなければ冷たくあしらって終わりなのに……まったく困ったものだ。
『とにかくもう遅いし、寝よう。
明日は1日出るからココネーリイから離れないようにしてね?』
『はい、わかりました!
でも、夜には帰ってくるんですよね?』
『あぁ、夜には戻ってくると思うよ』
「ココネーリイ、明日は1日出るからニドウさんのことを頼んだぞ?
一応これは1週間分くらいの食費やシャワー代だ。
ほかにも必要なものがあったら買っていいが、無駄遣いするなよ?
食事やシャワー以外で使ったら夜にでも報告してくれ」
「了解」
ココネーリイに一先ず四角銀貨3枚――3万ジェニーを渡しておく。
1週間分にはちょっと多いが、これだけあれば日用品などの買い忘れがあったらすぐに買えるだろう、
命令ではないが、ちゃんと報告義務も言い渡したし、ニドウさんを慈しむような表情で見ている彼女がそんな小さな事でオレの不興を買うような事はしないだろう。
最悪ニドウさんと離れ離れになる可能性だってあるわけだしな。まぁそんなことはニドウさんも悲しむからしないけど。
2人におやすみを言って自室に戻るとすぐにベッドに倒れた。
今日はものすごく濃い1日だった。
でも明日はリス子先生と1日迷宮デートだ。
それを考えるだけで疲れもどこかに吹っ飛んでいきそうだ。
まぁ超人と化しているオレだから疲れは所詮精神的なものなんだけどね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日早朝。
ニドウさん達はまだ寝ているようだったので声は掛けずにそのまま出てきた。
待ち合わせ場所は前回同様西門だ。
前回よりは早めに来たと思ったのだが、待ち合わせ場所にはとんがり帽子からぴょこんと飛び出たリス耳と彼女の小柄な背丈よりも大きな杖が目立つオレのリス子先生が待っていた。
今日も実に癒し可愛い。うむ、眼福眼福。
「おはようございます、先生」
「あ、クドウさん! おはようございます!」
「お待たせしてしまいましたか?」
「大丈夫ですよ、そんなに待ってませんから」
さっそく癒し可愛い先生に声を掛け、定番のやり取りをしてから出発だ。
今日はなるべく戦わずに4階層まで移動して、そこでがっつりやる予定である。
真面目なリス子先生は5階層の情報と地図も入手してきたそうだけど、あくまで念のためだ。
でも一応オレも把握しておくために、セッチ迷宮に向かいがてら即席の癒し可愛い先生の講義を拝聴することになった。
それによると、5階層は3部屋しかない小さな場所らしい。
ボスの部屋と水晶の置いてある部屋が2つ。
もちろん前の階層に戻る水晶部屋と次の階層へ進める部屋だ。
その真ん中にボス部屋という配置らしい。
ちなみにこの3部屋の構成は1つだけではないらしく、同時に別の水晶から5階層に侵入しても同じところに出る確率はかなり低いらしい。
ただ低いだけで絶対にないわけではないそうだ。まぁ5階層自体人はそれほどいないからかぶることは滅多にないらしいけど。
かぶったら水晶で戻ってまた入ればいいだけだしな。
ちなみにボスも大したやつは出てこない。
ぶっちゃけボスというよりはただの集団だ。
そう、5階層のボスはホブゴブリンが10体ほど出てくるだけなのだ。
とはいっても数は力だ。リス子先生のようなソロの魔法使いだとこの数が大きな壁となるわけだ。
今はオレという前衛がいるから問題にもならないけどな。
「とは言っても、挑まないけど」
「――火槍!
……ふぅ。ボスですか?」
両足を足首から切断されて動けなくなったホブゴブリンに火の槍が突き刺さり、のたうち回って息絶える。
オレの独り言が聞こえていたようでリス子先生が一息吐いてから声を掛けてきた。
「えぇ、何れは行くことになるでしょうけどまだ早いですからね」
「そうですねぇ。私もいつかは挑戦してみたいと思ってます」
にっこり笑って同意してくれる彼女の表情は大変素敵だ。
この笑顔を曇らせないためにもボスに挑むならしっかりと準備をしてからにしたい。
とは言っても当分は4階層で狩りになると思うけど。
これ以上は行きにも時間がかかるからな。
日帰りじゃなくて泊まりでならありだろうがそれも難しい。
何せリス子先生には魔法ギルドでの仕事があるからね。あくまで迷宮探索はアルバイトだ。
「いつかは一緒に行きましょうね」
「はい!」
そう遠い未来の話ではない事は彼女もわかっている。だからこその素敵笑顔での返事なのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふふ……まだお昼くらいなのにもうリュックがいっぱいですよ!」
「前回以上に大量ですねぇ」
「はい! これも全部クドウさんのおかげですね」
「いえいえ、先生が居てこそですよ」
「えへへ……じゃあ2人のおかげ、ということで!」
リス子先生の中でも少しずつ変化が起きているようで、前は過剰に謙遜していたところだったのが今では2人のおかげになっている。
これだけでもかなりの進歩だと言えるだろう。
自信がなくて不安でいっぱいだった彼女の心をこうやって少しずつ塗り替えていこう。
いずれは自信満々とは言わないが、自分に自信が持てるくらいになったときに……!
そのためには迷宮以外でも自信をもってもらわなくては。
「先生、今日はもうリュックがいっぱいですし、これで終わりにして少し街を一緒に歩きませんか?」
「そうですね、これ以上はもって帰れませんし……。
そ、その……一度寮に戻って着替えてからでも……いいですか?」
「もちろんですよ」
1日狩るつもりで来たのだから当然お昼も持ってきているが、別に食べなければすぐ腐るわけでもない。
街に戻ってから雰囲気のいい店にでも入って街中デートと洒落込もう。
それにしてももしやリス子先生の初私服じゃないか?
これは記念すべき日ではないだろうか!
「よし、そうと決まればさっさと帰りましょう!」
「はい!」
幸いにも戻りの水晶はすぐ近くにある。
戻りの水晶が見つかればあとは順に戻っていくだけなのであっという間だ。
行きと違って戻りの水晶は前の階層に戻るとすぐ近くにあるので探さなくてはいけないという事はないのだ。
ちゃっちゃとセッチ迷宮から脱出し、そそくさとランガストまで戻ってきた。
先生も行きよりも明らかに歩みが早かったし、それだけ楽しみにしてくれているということだろう。
オレもものすごく楽しみだ!
「じゃ、じゃあすぐに着替えてきますので申し訳ありませんけれど、探索者ギルドで清算をお願いしますね」
「任せてください」
着替えなければいけないリス子先生とは一旦別れてオレだけで清算にいく。
午後しか街中デートの時間がないんだからふたてに別れるのは当然だ。
先生の初私服に胸を高鳴らせ探索者ギルドで清算を済ませる。
まだお昼を少し回ったぐらいだったのでギルド内は閑散としていて清算はあっという間に終わった。
今回は4階層の魔物の資源ばかりだったので少し多目で50万ジェニーを上回った。
しかし金なんて正直今はどうでもいい。
今大事なのは癒し可愛いリス子先生の初私服だ!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
清算金を受け取り、速攻でギルドを出ると魔法ギルドへと急ぐ。
この時間の清算なのですぐに終わることはわかっていたので待ち合わせ場所は寮に近い魔法ギルド前としたのだ。
おめかししている先生の方が時間かかるだろうしね。
果たしてリス子先生はまだ来ていなかった。
そわそわドキドキしながら待っていると寮のある方角から、大きなリス耳と大きな尻尾を揺らしながら駈けてくる女性の姿が見えた。
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