24,長い長い1日
結局それほど時間をかけることもなくココネーリイの防具は決まった。
ただ結構な値段になったけど。
「まいどあり。メンテナンスが必要になったら持ってこい」
「わかりました」
「主殿、感謝する」
「まぁ頑張ってニドウさんを守ってくれ」
「当然」
すでに結構な額を使っているのに、これでもまだ防具だけだ。まぁ盾を含む一式装備分だから仕方ないにしても、すでにココネーリイと防具合わせて1000万ジェニーに届く金額になってしまった。
武器も買ったら確実に超える。奴隷って金かかるなぁ。
「主殿、私は以前探索者をしていたがその時よりも数段いい防具だ。本当に感謝する」
「まじっすか。君はBランクだったんだろう? 結構深い階層まで探索してたんじゃないのか?」
「確かにそう。でもここまでいい防具は必要なかった。どちらかといえば武器の方に金をかけていた」
「へぇ……普通は逆なんじゃないか?」
「私は盾術:中級を持っているから」
探索者ギルドや冒険者ギルドにある資料によると、スキルは相当な修練を積むか才能がないと発現しないものだ。
そして発現したそのスキルの恩恵はかなりの効果があり、戦闘スキル持ちの奴隷――戦闘奴隷の値段が跳ね上がる原因にもなっている。
オレの場合はあまり実感がないが、普通はそうではないらしい。まぁ確かに気配察知や偽装工作は持っているのと持っていないのとでは段違いなほど有用だ。
そして盾術:中級を持っていると防具が大した事なくても深い階層を探索できるくらいになるらしい。
回避術が中級になったら少しは実感できるのだろうか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大手武器屋に着いた頃には日が翳り始めていた。
やはり結構な時間かかってしまっている。でも今日の予定はここで終わりだし、なんとか間に合った感じだ。
だが防具屋とは違って人を傷つける事が出来るものが大量に置いてあるここではニドウさんが酷く怯えてしまった。
ずっとオレのマントを握って離れようとしないくらいに。
『大丈夫だよ、ニドウさん。スーパーにだって包丁とか鎌とか売ってるだろう?
アレのちょっとすごい版みたいなものだから。
所詮は道具だよ。置いてあるだけだから危なくもないし』
『……ご、ごめん、なさい……』
これはだめっぽい。
武器なんて使わなければただの道具でしかない。でもそれは結局はオレの言い分でしかない。
彼女にとっては怖いモノでしかないのだろう。
仕方なく店員を呼んで刀剣コーナーにココネーリイを連れて行ってもらう。
オレはニドウさんを連れて武器屋の向かいにある喫茶店で待つ事にした。
買う剣が決まったらここまで呼びに来るように行ってあるので大丈夫だ。
『はい、ニドウさん。これでも飲んで。少しは落ち着くよ』
『……すみません』
『まぁ仕方ないよ。日本にはあんなむき出しの刃物が大量に置いてある店なんて早々ないからね』
『……はい……』
店のお奨めの紅茶を飲みながら静かに待つ。
濃厚なミルクたっぷりの甘い紅茶を飲んでニドウさんも大分落ち着いてきた。
それにしても失敗だったな。彼女がこれほどまでに刃物を怖がるとは。
空間魔法が使えるようになっても、迷宮探索に連れて行くことが果たして出来るのだろうか。
連れて行けないとしたら彼女の有用性は著しく下がる。
その時に彼女をどうするのか……。今のうちに考えておく必要があるかもしれない。
もし慣れでなんとかなるようなものなら、小さなナイフあたりから持たせてみるのもありだろう。
だが精神的な、例えばトラウマのようなもので刃物がだめなら本格的に詰む。オレにはカウンセリングのような事はできないからだ。
『ニドウさん。無理に答えなくてもいいんだけど……もしかして刃物にトラウマとかある?』
『ぇ……? ありませんけど……』
『あれ? そうなの? 武器屋ですごく怖がってたからてっきり……』
『ぁ、あれはその……刃物も怖かったんですけど……色んなところで試し斬りみたいなことをしてたのが怖かったんです……。
生き物を殺すために作られた物だって意識したらすごく怖くなっちゃって……』
なるほど、そういうことか。
トラウマがなくてよかった。これなら小さなナイフから始めれば恐らくなんとかなるだろう。
ココネーリイがいるとはいってもいずれは彼女にも護身用の武器くらいは持ってもらいたいからな。
今から少しずつ慣れてもらったほうがいいが、一先ずは言葉と魔力感知を優先させよう。
今後の方針が決定したところでココネーリイが店にやってきた。
「主殿、決まった」
「わかった」
『ニドウさん、ココネーリイとちょっと待っててくれる?』
『はい、すみません』
『いいよ、少しずつ慣れていこう』
「……はい!」
温かい紅茶のおかげかやっと彼女にも笑顔が戻ってきた。
さてココネーリイはいくらの剣を選んだのかね。あんまり高くないといいのだが。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お客様。お客様の奴隷はこちらの剣をお選びになりましたが、いかがでしょうか?」
「180万ジェニーか。……こんなものなのか?」
「こちらの剣は刀身がミラウス鉱で出来ておりますので非常に軽く、頑丈です。
取り回しもしやすい片手剣ですので小柄な女性が持つのに相応しいでしょう。
柄の意匠も華やかですし、鞘にも同様の意匠が拵えてあります」
防具一式よりは安いが、オレの黒刀闇烏に比べると3分の1以下だ。
店員の話を聞く限りでは確かに女性向けなのだろう。
オレが渋っていると焦った店員がこの剣の素晴らしさを聞いてもいないのに捲くし立て始めた。
それを聞き流していたら今度はおまけをたくさんつけ始めている。面白いので腕を組んで店員を少し強めに睨んでいると、冷や汗を流しながら刀身が同じミラウス鉱だという短剣もつけてきた。
あんまりいじめすぎてもどうかと思ったのでそこで購入を決めると、わかりやすいほどに店員が安堵していた。
結局180万ジェニーでミラウス鉱の片手剣と短剣と手入れ用の小物をかなりの量ゲットできてしまった。
少し前にこれの3倍以上の刀を即決で購入しただけなのにずいぶんと恐れられていたように思う。
あ、もしかして絡んできた冒険者をさっくりと殺害した事が原因か?
大手の武器屋なのだし、冒険者や探索者がメインの購買層だろう。そうなるとソレ関連の噂にも敏感なはずだ。なるほどね。
「主殿、ミラウス鉱の剣! 短剣も!?」
「あぁなんか短剣はおまけでもらった。そのうちニドウさんに持たせるかもしれない。
扱い方とかも君から教えてもらう事になる。
だが今は言葉と魔力感知が優先だ」
「魔力感知?」
「彼女には魔法の才能があるからな」
「了解」
尻尾をぶんぶん振って嬉々として剣と短剣を受け取ったココネーリイに苦笑しながらも、今後の方針を軽く伝えておく。
綺麗な意匠の鞘を撫でてご機嫌のココネーリイと、そんなココネーリイを見て苦笑しているニドウさんを連れて後ろ足銀牛亭に戻る。
本日の予定をやっと消化し終わった。
なんだかとても長い1日だったような気がする。
明日はリス子先生と迷宮探索デートだ。
たっぷりと癒してもらおう。
しかし残念ながらまだオレの長い1日は終わらないらしい。
部屋のドアを開けたら何やら手紙が差し込まれていた。
差出人は……「ミリアス・ランガスト」だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「突然呼び出してしまって申し訳ありません、ナルミ様」
「いえ、こちらこそお待たせしてしまったようで申し訳ない」
「ふふ……。殿方を待つのは女の嗜みです。特に意中の相手なら尚の事」
「ご冗談が上手い。ですがありがとうございます」
手紙には1文だけ「時間があれば以前会ったカフェでお茶でもしませんか?」とあった。
指定の日付もなく、こちらの都合のいい日を指定するのかとも思ったが何か嫌な予感がした。
そもそもミリアス・ランガストは伯爵令嬢。
このようにドアに挟んで手紙を置いていくような人物ではない。
正式なお誘いというわけでもないだろうからありなのかもしれないが、それでも違和感が拭えなかった。
まさかと思ってニドウさんとココネーリイに「外出してくるから夕食は勝手に食べてくれ」とお金を渡して、例のカフェに来てみれば案の定だ。
もう日も沈み始めて夕方というよりは、宵闇という時間。
嫌な予感の通りにそこには誰であろうミリアス・ランガスト本人が優雅にお茶を楽しみながら待っていた、というわけだ。
「まず最初にお聞きしたいのですが」
「なんでしょう?」
コテンと聖女のような包み込まれる微笑を湛える顔が傾く。
絵画のように美しいその光景は日が沈み、昼と夜の境界の一時を切り取ったかのようだ。
「普段からこのようなやり方なのですか?」
「いいえ、ナルミ様ならきっと来てくださると信じていた故です」
このしれっとした返答に感情が顔に出ないようにするのがやっとだった。
完全に手のひらの上で転がされている感が否めない。
やはりこの人は恐ろしい。
恐ろしすぎてもう関わりたくないくらいだ。
「それでナルミ様、是非迷宮探索のお話を聞きたいですわ。購入された奴隷の話も」
監視の視線はまったく感じなかったが、監視なんてものは必ずしも相手を視界に入れておく必要性はない。
これだけ人が多い街で誰の目にも触れずに動く事は困難だ。
足跡はどうしても残るし、監視側に力があればそこから調べるのは容易。
だから彼女がオレの行動を把握していても不思議ではない。
……不快感を感じるかどうかはまた別の話としても、だ。
「特に面白い話ではないと思いますよ?
すでにあなたが知っている話です」
「ナルミ様の口から直接聞けると言うことが大事なのです。他は全てどうでもいい事です」
屈託の無い表情で発せられる言葉は背筋が泡立つほどに狂っている。
なぜそこまでオレに執着するのか。
わかっている、彼女は強者フェチだ。そして異常者だ。
……異常なほどに強者を愛しているモノだ。
だからここで否という選択肢は最初からない。
もし断れば彼女は何をするかわからない。
いや……わかっている。彼女にとって他は全てどうでもいい事。
……だからこそ選択肢がないのだ。
しかしそれを表情にも声にも出さず、人外の祖父に鍛え上げられた精神でもって抑え込む。
かくして、オレの長い1日の最後に待っていた最悪のイベントは美しい街並みがライトアップされ、人通りが消えるまで続いた。
色々抱える物が増えてくると絡め手が効きやすくなってしまって痛し痒しですね。
単独ならある程度どんな状況でも対応できるHUTUの高校生なんですけどねー。
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