23,2人の買い物
帰りは諸々の物を購入する予定なので辻馬車は拾わない。
荷物も宿に置くのでそのままではなく、収納用の袋を購入して入れている。
服や下着の他にも日用品を購入して、とりあえず日常で必要なものは大体揃ったはずだ。
『じゃあちょっと本屋に寄って行こうか』
『本屋さん……ですか?』
『ニドウさんの言葉の勉強に必要でしょ?
最初は簡単な本を使って少しずつ覚えていけばいいよ。ココネーリイもいるし、日常で必須の事だからたぶんすぐに覚えられると思うよ』
『じ、自信ないです……。英語の成績もあんまりよくなかったし……』
『今は周り全てが知らない言葉だし、聞いてれば自然と覚えられると思うよ。それにこの世界で生きていくなら必要なことだしね』
『……はい』
ココネーリイの服やなんかを選んでいた時はテンションが高かくて色々吹っ切れていたみたいだけど、自分の事になるとちょっと自信がないみたいだ。
でも海外とかに行くと言葉の覚えは早いって誰かに聞いたことがあったような気がする。日常を円滑に過ごすには必要な事だし、そういったものは必要に迫られて覚えが早くなるとオレも思う。
幼い頃初めて祖父に連れられて山篭りした時は死なないように様々な事を必死で、本当に死ぬ思いをして身に付けたのはいい思い出だ。二度とやりたくない。
それに比べれば大分ぬるい。
「ココネーリイ、本屋に寄っていくよ。ニドウさん用の言葉の勉強のための本をいくつか購入しようと思うんだけど、どれがいいか君も選んで欲しいんだ。
小さい頃読んだ本とかあったら教えてくれ。
あと君にはそれらを使ってニドウさんに教えて欲しいからその辺も考えて選んで」
「……了解」
服屋の衝撃からは立ち直っているが、それでも自分の扱いが奴隷の扱いとは思えなくて困惑を隠せていないようだ。
何せ命令ではなく、お願いをしているんだしな。
きっと普通の奴隷なら「ニドウを教育するための本を選んでこい」で終わりだろうし。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本屋で幼児向けの白黒でイラストの多い本――幼児向けには白黒しかなかった――と、植物図鑑や動物図鑑などのカラーイラストの多い本――こちらは大人向けなのでカラーがあったがすごく高い――を選んだ。
ノートもいくつか売られていたが基本的に紙の質があまりよくないのでかさばる。なので3冊くらいに留めて、黒板を10インチタブレットくらいに小さくしたようなボードが売られていたのでそっちも買っておいた。筆記練習はこっちでやってもらおう。
本は紙が普及しているのと印刷技術もあるようなので本屋が普通にあるし、値段も庶民でも手に入れやすい価格になっている。
ただそれは白黒に限る話で、カラーになると値段が10倍以上に跳ね上がっている。今回買った図鑑はカラーなのでかなりの値段になったが、オレも読みたいので問題ない。
ちなみに国語辞書のようなものは売られていないらしく、購入できなかった。あったら便利なのに。
本屋を後にしてそのまま露店を冷やかしながら、何か必要そうな物は購入して後ろ足銀牛亭にまで戻ってきた。
さて2人の部屋でも取るかね。
「おや、おかえり。部屋は増やすのかい?」
「えぇ、お願いします。2人部屋用の部屋ってあります?」
「あるよ。あんたの泊まってる部屋の反対側が2人部屋用の部屋になってるから、そこにするかい?」
「そうですね、近いほうが何かと便利でしょう。いくらですか?」
「2人部屋用の部屋は2人で1泊6000ジェニーだよ。5連泊以上でのサービスなんかも一緒だけど、どうするね?」
「そうですね。彼女達の分は13泊分で。2人にもシャワールームを使わせますのでサービスは食事の方に回してもらっていいですか?」
「あいよ。……しかしあんたも物好きだね? 普通は奴隷は馬小屋とか納屋だよ?」
「まぁ人それぞれってヤツですよ」
「まぁ確かに……首輪がなきゃどこのお嬢さんだいってもんだしね。
……それだけに3人部屋にしなくていいのかい?」
「必要ありませんよ。オレは今までの部屋そのままで、追加の10泊分支払っておきます」
ニヤニヤ顔の女将さんに苦笑して返すが、後ろから感じる緊張した気配がなんともいえない。
奴隷は性奴隷として扱われても拒否できないのだから仕方ないだろう。まぁ片方は女将さんとの会話をまったく理解できていないからそれとは別の緊張だが。
支払いを済ませて2階に上がり、オレの部屋のすぐ前にある2人部屋に荷物を運び込む。
ココネーリイだけではもてなかったのでオレも持っているが、ニドウさんも手ぶらじゃなくミニ黒板やらなんやらを持っている。
2人部屋は1人部屋よりも少し広くて、ベッドが2つになっただけの部屋だった。
ベッドが増えた分だけ少し狭く感じるくらいだ。まぁでも特に問題ないだろう。
『それじゃあ、今日からここがニドウさんとココネーリイの部屋だから。
この宿には昨日のホテルと違って風呂とかはないけど、シャワールームがあるからそこを使ってね。ただ有料だから使う時にはココネーリイを連れて行くように。
食事も別料金だけど、連泊のサービスで2品おまけがつくよ。でも別にここでなきゃ食べちゃだめってわけでもないから。
ある程度の言葉を覚えるまではココネーリイにお金を預けておくから彼女に支払ってもらって』
『あ、あの……クドウさんは一緒じゃ、ないんでしょうか……?』
真剣な顔でベッドに座って説明を聞いていたニドウさんだったけど、話の流れ的にオレとは基本的に別行動だと理解したらしく不安げな表情で見上げてくる。
上目遣いで可愛いとは思うがどうしてもハムスターっぽい印象になってしまうのがマイナスだな。なんというか、回し車を回している光景が浮かんできてしまい笑いそうになってしまう。
『んッ! 昨日言ったようにオレは色々とやることが多くてね。それにニドウさんを付き合わせるのは……ちょっと体力的にも辛いと思う』
『わ、私頑張ります! 足手まといにならないように邪魔にならないように頑張ります!
だから……』
今にも泣きそうな表情で懇願されるが了承はできない。
彼女の膝の上で握られる小さな拳の震えからも、不安と寂しさは伝わってくる。
しかしだめだ。オレにはやらなければいけないことが多い。
特にリス子先生との楽しいデートに連れて行くわけには絶対にいかない! 当分は!
『ニドウさん、オレと一緒にいると言葉の勉強なんてまずゆっくりできない。
言葉がわからないと困るのはニドウさんだけじゃない。一緒にいるオレも困る。
不安なのはわかるよ。だからココネーリイに一緒にいてもらうから、今は我慢してくれないかな』
『……ごめん、なさい……私……自分の事ばかり……』
『いいんだよ、辛い目にあってきたんだ。仕方ない。いいんだ』
『うぅ……クドウさん……うわぁぁ……』
彼女の小さな震える拳を包み込むように握り、空いている方の手で髪を優しく撫でてあげれば今まで我慢してきた限界に達したのか、遂に泣き出してしまった。
そんなニドウさんを優しく抱きしめ、背中をポンポンと軽く叩いてゆっくりと落ち着かせる。
傍らに佇むココネーリイを見ればニドウさんを優しげな瞳で見つめている。
彼女によくしてもらったというニドウさんの言葉はどうやら本当のようだ。まるで肉親にでも向けるような慈しむ瞳で彼女を見つめている。
「ココネーリイ。彼女はオレの同郷だ。しっかりと守ってやってくれ」
「命に代えても」
ココネーリイにとってニドウさんがどんな存在なのかはわからないが、彼女の瞳には強い決意の色が見える。安心して任せられそうだ。
……オレはリス子先生で手一杯だからな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ニドウさんが落ち着いたところで、買ってきたノートに日常で使いそうな言葉を日本語とこちらの言葉である程度書き出す作業を始める。
その間彼女たちは購入した物の整理だ。
男のオレには見られたくない物とかも多いだろうから自分の部屋に戻ってきたが、結構書き出す量が多い。
「はい」「いいえ」などは基本として、「トイレ」とか「食事」とか「シャワー」とか日常で使う単語だけでも数ページに及ぶくらいの量になりそうだ。
いやそれでも全然足りないとは思うけどね。
一先ずはこのノートを使ってやり取りしながら言葉の勉強を進めればいいだろう。
2人の荷物の整理が終わったらすぐにココネーリイ用の装備を買いに行かなければいけない。
彼女は片手剣と盾を主軸としているようだし、その辺とあとは防具を例の店で買おう。
昨日今日だけで出費がすごいがまだまだ余裕はある。
いざとなったら迷宮で荒稼ぎしてくればいいしな。
そんな事を考えながらノートに書き出し作業をしていると扉がノックされてニドウさんの声が聞こえた。
『終わった?』
『はい、お待たせしてしまってすみません』
『こっちはもうちょっとかかるけど、戻ってきてからでもいいか』
『すみません、お手数かけてしまって……』
『気にしない気にしない。これはオレのためでもあるからね』
『クドウさん……』
花が咲いたかのような笑顔を見せるニドウさんだけど、残念ながらそれには応えられない。
もうちょっと冷たくすべきだろうか。いやでも空間魔法は有用そうだし……。
『……とりあえず、ココネーリイの装備を買いに行こう。
街の中でも装備はあった方がいいからね』
『装備って……剣とか鎧、ですよね……?』
『そうだね。ここは日本じゃないから仕方ないんだ』
『そう、ですね……』
『大丈夫。ニドウさんは無理して刃物を持つ必要は無いよ。そのためにココネーリイがいるんだから』
『……はい』
オレの「装備」という言葉に笑顔が引っ込み不安げな表情が顔を出したが、こればかりは仕方ない。
丸腰ではいざという時に守れない可能性もあるからね。
日本でだってSPなんかの身辺警護者は特殊警棒や射出型スタンガンなんかで武装くらいはしているしな。
黒刀闇烏を購入した大手武器屋よりは例の防具屋の方が近いので先にそっちの方に向かう。
「ココネーリイ、オレと一緒の時以外は大通り以外を通らないでくれ。
どうしても必要な時は仕方ないが、基本は大通りだけを通るようにしてくれな」
「了解」
「ココネーリイはあんまり喋らないな。奴隷商でもそうだったが、奴隷は皆私語厳禁なのか?」
「……勝手に喋って主の不興を買ってしまえば殺されてもおかしくない、です」
「まぁそうか。あぁそれと無理に丁寧に喋らなくていいよ。適当にしてくれ」
「……了解」
ココネーリイの主はオレではあるが、彼女はニドウさんの身辺警護のために買ったのだ。
彼女の態度が許容範囲を超えなければどうでもいい。
ニドウさんには優しく接するだろう事はあの慈しむような眼差しを見ればわかる。
「おっと、ここだ。ここでココネーリイの防具を買う。
オレのこの服もここで作ってもらったんだ」
「……主殿のその服を作った者の腕はかなりすごい。使われている素材もそう。奴隷になる前の私でも手が出ない」
「まぁそれなりにしたからな。さすがに同じレベルのものは期待しないでくれよ?
買うのは特注じゃなくて出来合いになるから自分で選んでくれ」
「わかった。防具を用意してもらえるだけでも私は運がいい」
「そういうもんか」
ココネーリイに一応釘を刺してからドアを開く。
よかった、ちゃんとやってるみたいだ。
「こんにちはー。いますかー?」
「おう、なんじゃいクドウか。今日はどうした?」
「実は今日も防具を買いに来ました。この子の」
「……ふむ。腕は悪くなさそうだな。今回も特注か?」
「いえ、今日はあるもので見繕おうかと」
カウンター奥から出てきた爺さんと軽く挨拶を交わすと、さっそく爺さんはココネーリイの品定めをする。
どうやら彼女も爺さんのおめがねに適ったようだ。
「嬢ちゃん、得物は?」
「剣と盾」
「重量は?」
「軽く」
「……この辺だな」
ものすごく簡素なやり取りだが、2人には通じているらしい。
爺さんはさっそく並べられている商品から色々見繕ってくれた。
「……悪くない」
「今あるのだとその辺が嬢ちゃんのサイズとスタイルに合うものだ。嬢ちゃんには少々不満だろうが……。
クドウがいいなら特注で作ってやってもいいが……」
「主殿」
爺さんとココネーリイが期待の眼差しを向けてくるが、さすがにそこまでの余裕は無い。
また1000万ジェニーとかかかったら目も当てられん。
ココネーリイに1000万ジェニー使うなら、リス子先生の借金全部肩代わりする方がいいし。
「悪いがさすがに特注はなしで。
それに君のメインの仕事はニドウさんの身辺警護なんだから、特注までする必要はないだろう」
「……残念」
「そんじゃこれでいいか?」
「もう少し見せて欲しい」
「よし、ついてこい」
自分で選べといったのはオレなので特に口出しすることもなく2人を見送る。
ニドウさんも物珍しそうに綺麗に並べられている鎧やらなにやらを眺めている。
「爺さん、カウンター借ります」
「おう、好きにしろ」
時間がかかりそうなのでオレはニドウさん用の日常会話ノートを埋める事にした。
武器買える時間なくなったらどうしよう。
ココネーリイが奴隷商館でナナネによくしていたのは色々理由があります。
その辺は今後出てくる予定です。
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