2,伯爵親子は底知れない
新連載2話目です。
とび蹴りを食らった山賊は身に着けていた革の鎧のような装備を撒き散らしながら30メートルは地面と平行して飛んだ後に草原の中を転がっていった。
突然の乱入に騎士も山賊も驚き、硬直してしまったが敵を前に隙を見せるなんぞ素人のやる事だ。
抜き手で喉を貫き、返す刀で別の山賊の首を蹴り折る。
攻撃の動作を次の攻撃に直結する動きで、一瞬たりとも隙を作らずに次々に山賊を仕留めていく。
山賊が我に返った時には7人が崩れ落ちていた。
だがまだ数の利はあちらにある。
気を引き締め少々刃毀れしているロングソードを上段から振り下ろしてくるのを見切り、腕を砕きつつ喉を潰す。
あまり質がいいとは言えない山賊の武器ではあるが、人を殺すだけならば十分な性能だ。
突きいれてくる槍の穂先に合わせて体を捻り、バックハンドで顎を砕く。
回転の勢いを殺さず手斧を振りかぶった山賊の側頭部を後ろ回し蹴りで砕く。
超人と化しているオレの手足は、全身鎧の騎士とは違って部分部分しか保護していない山賊の生身の部分を的確に打ち抜き、砕き、沈黙させていく。
3分とかからずに20人近くいた山賊の大半を始末することに成功した。
騎士達も負けじと半分とはいかないまでも6人ほど始末したようだ。
念のために山賊が持っていた槍を使ってしっかりと止めを差していると、騎士達も同様に倒した山賊達に止めを差し始めていた。
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「この度は危ないところを助けていただき、ありがとうございます。
わたくし、ランガスト伯爵家長女ミリアス・ランガストと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。私は久遠成海と申します。
田舎者故、礼儀を知りません。ご無礼ご容赦ください」
「ふふ……クドウナルミ様ですね。お会いできた事を神に感謝致します」
オレが助太刀した馬車一行はなんとこの国――ターンヴ王国の伯爵令嬢の乗った馬車だった。
一応漫画とか小説の知識で知っている程度の言葉遣いだがオレなりに頑張ってみたところ、特に問題なかったようだ。
もしかしたらこのミリアス嬢が寛大な貴族なだけかもしれないが。
いやそれ以前にこの世界の貴族という存在が漫画や小説にあるような傲慢な存在ではない可能性もあるが。微粒子レベルで。
とにもかくにも権力と言うものは恐ろしいので、出来る限り礼儀作法や言葉遣いには気をつけて令嬢に対応している。
ちなみに今は馬車の中。
助けてもらったお礼がしたいということでランガスト伯爵が治めている街――ランガストに向かっている。
最初はミリアス嬢の乗っている馬車ではなく、死んだ騎士の馬でも借りようと思っていたのだが令嬢が命の恩人なのだからということで強引に馬車に乗せられてしまった。
ミリアス嬢は見た目14,5歳で美しい銀糸のような髪にアイドル顔負けの整った顔立ち。
纏っているドレスも白を基調とした気品溢れる一級品。
その姿はまさに深窓の令嬢そのものである。
伯爵家の長女というだけあり、話し方から所作の1つまで全てが計算された完璧な美しさを持っていると思わせるほどだ。
漫画や小説の知識でしかないオレの付け焼刃にも劣る礼儀作法とは根本から異なる。まさに世界が違う。
車中での話は基本的にミリアス嬢が一方的に話し、それに相槌を打つ形になっていた。
オレから話を振るというのは少し難易度が高すぎるのでありがたい。
ミリアス嬢もミリアス嬢でオレの素性には一切触れずに、騎士も苦戦した山賊達を瞬く間に屠った強さに関する話ばかりだ。
他人に素性を聞かれた際にどうするかというのは道を歩きながら色々考えていた。
山奥で両親と暮らしていたが両親の死をきっかけに街に出てきた世間知らずな田舎者というのが1番楽そうだと思っていた。
だが結局車中では一切その設定が日の目を見ることはなかった。
山賊が馬車を襲っているような殺伐とした世界だから仕方ないのかもしれないが、それにしたってこのミリアス嬢は強さに並々ならぬ執着心を持っているというのが嫌と言うほどわかった。
だが自身は伯爵令嬢ということもあり、自らを鍛える事など許されない。そのため強い者に目がないのだそうだ。
ランガストに着くまで4時間ほど馬車に揺られていたが、その間中ずっとミリアス嬢の話に相槌を打っていた。
神話の戦いの神々の話から英雄譚、ランガストのギルドの高ランク保持者達の話までミリアス嬢は嬉々として喋り捲っていた。
見た目が凄まじくいいだけに実に残念な令嬢である。
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やっと辿りついたランガストは城塞都市というイメージがぴったりの街だった。
街の周りを巨大な壁が囲み、大きな門は2重構造をしている。
門の前にはたくさんの人や馬車が並んでいたが、伯爵令嬢の乗る馬車はそんな行列を無視して特に荷物などの検め無く街の中に入っていった。
まぁ伯爵の名前を冠する街なのだから当然ともいえる。
街並みには煉瓦や石作りの家が多く、高くても3階建てまで。
中世ヨーロッパといった雰囲気だが道端に糞尿が落ちていたり、異臭が漂ってはいないあたり地球の中世ヨーロッパとは違うみたいだ。
まぁオレの知識も大分怪しいところがあるので詳しくは無いが。
今通っている通りも石畳で出来ており、人通りも多いが馬車が2輌は並んで余裕ですれ違える程度には広い。
道行く人々も実にカラフルな髪色に西洋風の顔立ちばかり。
何より地球の人間そっくりの種族だけではなく、獣の耳や尻尾が生えた獣人やアイドル顔負けの美形で耳が長いエルフ、低身長だががっしりとした体つきは巌の如き髭もじゃのドワーフ、果ては二足歩行のトカゲといった見た目のドラゴニュートまで本当に様々な種族が混在している。
ゆっくりと走る馬車はどうやらまっすぐ通りを進んだ先にある大きな屋敷に向かっているようだ。
ミリアス嬢の話でもアレがランガスト伯爵邸らしい。
そこでオレをミリアス嬢の父親である、ミリアルド・ランガスト伯爵に紹介したいそうだ。
ミリアス嬢の話通りなら彼女の強さへの執着は父親のせいだ。
どうやらこの親子、揃いも揃って強者好きという厄介な性癖の持ち主なのだ。
ただ強者は好きだが、抱え込むような真似はほとんどしないらしい。
本人の意思を出来るだけ尊重しているらしく、連れて行かれてそのまま伯爵家の番犬となるようなことはないみたいだ。
ランガスト伯爵は治める領地、領民をとても大事にしていて領地の人々からかなり人気があるらしく、当然本人がいるこのランガストでは絶大な人気を誇っている人物らしい。
騎士も身分を問わず引き上げた者が多いそうだ。
他の領地では騎士になるには貴族か、または貴族の推薦状がないとなれないらしい。
騎士は高給取りだそうでランガストでは庶民の憧れの職なのだそうだ。
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「クドウナルミ君、娘を救ってくれてありがとう。
娘に聞いているよ。君はとても腕が立つそうだね。私は強者が大好きだ!」
「わたくしも大好きです、お父様!」
ランガスト伯爵はミリアス嬢に聞いていた通りの……本当にそのまんまな人だった。
まずは客間に通され、風呂に入れられ、用意されていた服に着替えて、身だしなみを5人もの侍女達に整えられた。
侍女達のプロの仕事にあれよあれよと翻弄されて気づいたら晩餐。
そしてこの第一声である。
その後はものすごく豪華な晩餐に舌鼓を打ちつつも、気さくな伯爵の話に相槌を打つ作業が開始された。
さすがはミリアス嬢の父親だ。
オレの素性なんぞ一切気にせず、自身の強者への想いを延々と話し続けるのだ。
それにミリアス嬢も混ざり、晩餐の席は混沌の坩堝というか、強者への熱い想いの充満した恐ろしい空間になっていた。
オレが開放されたのは晩餐が終わってサロンルームへ場所を移してからさらに夜が更けてからだった
最初に通された客間とは違う、さらに豪華な部屋に通されても部屋の調度品のすさまじさや広さに驚く気力も残っていなかった。
案内されるやいなや巨大なベッドに倒れるように墜落して、異世界の初日はなんだかわけがわからないまま終わった。
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ランガスト親子に圧倒されて気力がマイナスになっても1晩寝ればすっかり回復していた。
朝日が登って間もないくらいの時間に目覚め、体は実に快調だ。
昨日は驚く気力がなかったが、この部屋はすごい。
地球では普通の高校生だったオレでもわかるような高級な家具が平然と置かれている。
天井にはシャンデリア。壁には高そうな絵画。
絨毯は埋まるのではないかと思うほどの柔らかさ。
伯爵というのはとんでもない金持ちなのだと溜め息が漏れるくらいだ。あんな強者馬鹿な伯爵なのに……。
調度品を眺めて呆れていると控えめなノックの音が聞こえた。
部屋の中にはオレしかいないので、返事を返すと昨日も案内してくれたメイドさんが「朝食はいかがなさいますか?」と聞いてきたので「お願いします」と返した。
どうやら朝食は伯爵と一緒に食べるのではなく、部屋までもって来てくれるそうだ。
というか伯爵は公務があるそうで、今日はオレに構っている時間がないらしい。
とても残念そうにしていたとメイドさんではなく、朝食を摂り終わった後にやってきた執事頭のセバスチャンが言っていた。
その時にミリアス嬢を助けたお礼として拳大の巾着袋一杯に入った金貨を貰った。
この世界の通貨は初めてだが、漫画や小説なら金貨は大金のはずだ。
一体いくらくらい貰ったのかちょっと気になる。
金貨を渡されてすぐにミリアス嬢が訪ねてきたので、さすがに枚数を数える事も出来ず「これからどうなさるのですか?」と聞かれた。
どうするもこうするも答えは決まっている。
強者好きで様々な強者を知っているミリアス嬢も楽しげに話していたある場所にオレも興味がある。
……またこの強者フェチ親子の相手をするのもきついしな。
「では、やはり?」
「えぇ、行ってみたいと思います」
「ふふ……。わたくし、とても楽しみです。ナルミ様ならきっとすぐに……。
ですからいつでも構いませんので今度はナルミ様のお話を聞かせてくださいね?」
「わかりました」
「ではこちらをお持ちになってください」
「これは?」
柔らかい聖女の微笑みを返してくれるミリアス嬢だったが、オレの答えに少し興奮して頬が紅潮している。
だが残念ながらこれはオレに恋しているわけではなく、オレがこれから行く場所にいる強者達への憧れだ。
「お父様からの紹介状です。
ナルミ様の保証人となってくださるそうです」
「いや、それは……」
「ご安心ください。昨日じっくりとナルミ様の人となりは拝見させていただきました。
わたくしもナルミ様でしたら大丈夫だと確信しております」
なんと、昨日好き放題話していただけだと思っていたランガスト伯爵はオレの人となりを計っていたらしい。
さすがは権謀術数が渦巻く貴族界でも伯爵の地位を持つ人というべきか。
どうみても嬉々として自分の好きな事を喋っていた様にしか見えなかった。いやそう見せていたのか。
恐るべし貴族。
「ふふ……。そう警戒しないでください。
半分はお父様も本気で自分の好きな事を話していただけですので」
半分でもアレなのか……。
全力で話し始めたら一体どうなってしまうんだ。
やはり恐るべし貴族……いや、ランガスト伯爵!
だが何の後ろ盾もないオレにとってはありがたいことには変わらない。
玄関までわざわざ見送りに出てくれたミリアス嬢に丁寧にお礼を言い、「またすぐに会えますよ」という意味深な言葉と共にそっと渡された腕輪。
特別派手な装飾もなく、アクセサリーとしては地味だがその分身に着けるのに抵抗感が少ない。
「これは?」と聞いても微笑むだけで「とても便利な物ですよ」とだけ返されただけだった。
結局教えてもらえなかったのだが、くれると言うのだからもらっておく事にした。
ミリアス嬢のご厚意により馬車で例の場所近くまで送ってもらえる事になったので街並みを眺めながら揺られていく。
目指す場所はそう、ギルドだ。
強者フェチ伯爵令嬢ミリアス・ランガスト。
彼女は残念令嬢である。
……残念……なのである……。
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