17,贅沢な悩み
天使と悪魔なオレが脳内で激しくディスカッションを交わしていたが、平行線を辿っているために会議は踊れど結論出ず。
業を煮やした両者が各々の武器を持ち出し始めたあたりで、ガバッとリス子先生が起き上がった。
「せ、せんせい……?」
「おうちにかえるじかんでしゅ」
「え、あ、はい」
リス子先生が起きたのはいいんだが、椅子に座っていてもフラフラしているような状態だ。
椅子から降りてもやっぱりフラフラは変わらず、危うくテーブルに激突しそうになったところを支えると、可愛らしい声と共にそのまま支えている腕に頬を擦り付けてくるリス子先生。
こ、これはあかんやろー!
リス子先生の脅威度が6段階くらい跳ね上がった瞬間だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
背中に感じる柔らかい感触と規則的な寝息。
個室のある高級店を後にして――支払いは前払い――、魔道具の街灯が仄かに照らす美しい街並みを歩いている。
昼間見た時は緑が多く閑静な印象が強かった通りだが、今は逆に美しくライトアップした大人の雰囲気が漂っている。夜のデートには最適かもしれない。
打ち上げをした高級店は中央近くの店なので1歩店を出ればすぐにこの美しい通りになる。
魔法ギルドにも程近く、今はそこへ向かって歩を進めているところだ。
さすがに酔ったリス子先生を部屋に連れ込んで頂いてしまうのはどうにか思いとどまった。
そんなことしてしまったらもう止まらないしね。
リス子先生は魔法ギルドの職員だ。
講師のサポートもしていると言う話だし、友人くらいはいるだろう。
最悪いなくても先生のこの状況を見せれば何かしらの対策は取れるだろう。だめだったら後ろ足銀牛亭に新しく部屋を取る。
というわけで魔法ギルドにつくと、門から耳の長い美しい女性が出てきたところだった。
門番も敬礼しているし、職員かな?
「あの、すみません」
「あら? あなたクドウ君?」
「え? オレを知っているんですか?」
要らぬ警戒をもたれては困るので、門番と離れないうちに声をかけると話したことはないはずなのになぜか相手はオレを知っていた。
「えぇ、リーシュからよく、って背中の子はもしかして?」
「あ、えぇ、リーシュ先生です」
「あらあら……もしかしてお酒飲んじゃった?」
「はい、ワイン一杯だけだったんですけど……」
「あー……。この子お酒すごく弱いから。でもそっかぁ、うんうん。そっかそっか」
背中で寝息を立てているリス子先生をエルフの職員さんに見せると何か納得したようで、ニヤニヤし始めてしまった。
なんだろうね、とても居心地が悪いですよ?
「あはは、ごめんね。私は風の攻撃魔法の講師をしているアシュリー・グレゴリート。
リーシュとは友人なの。寮もお隣さんだから一緒に行きましょう?」
「あ、オレはクドウナルミです。すみません、案内させてしまうようで」
「いいのいいの。どうせ後は帰るだけだしね。
それよりどう? リーシュは着痩せするから、なかなか立派でしょ?」
「あはは、役得だと思っておきます」
「うふふ……。浮いた話のまったくないあのリーシュを射止めた子なだけあって余裕ねぇ。どうかしらお姉さんに乗り換えない?」
「あはは、遠慮しておきます」
「あらら、振られちゃったわぁ。ちょっと悔しいかも?」
全然悔しそうに見えないアシュリーさんの横に並んで美しい夜の街並みを歩く。
夜といってもまだまだ時間的には早い。
家々から漏れてくる光や団欒の声をBGMに静かに歩いているとアシュリーさんが唐突に話し出した。
「リーシュはね、とっても一生懸命なの。
生活魔法が不人気でもずっと諦めないで足掻き続けてる。
魔法ギルドの給料は歩合制でね。受講者が少ないと正直生活できないほどよ。多ければ騎士よりもずっと稼げるけどね」
草原で見た星空よりは少しばかり見える量が少ないが、それでも日本の街中から見れる星よりはよほど多い夜空を見上げながらアシュリーさんの話は続く。
「魔法ギルドの講師で探索者なんてやってるのはリーシュくらいなものなの。
浅い階層とはいえ、ソロで探索出来ているほどリーシュは様々な魔法を使いこなせているわ。
それこそ別の魔法の講師をしても受講者がたくさん来てくれるほどに」
少しの憂いと羨望。
街灯の仄かな灯りが美しい彼女に影を作り、その横顔は酷く妖艶だ。
背中に感じる暖かさと柔らかさがなければ見惚れていただろう。
「それでもリーシュは生活魔法の講師だけをしている。
もう聞いているかしら? この子は多額の借金をしているわ。
魔法ギルドのお給料と探索者としての収入でなんとかギリギリ利子を払えている程度でしかないけど……。
私もそれほど裕福じゃないから全額なんて無理だけど、それでも少しは力になってあげたい。
でもその話をする度にリーシュは困ったように笑って首を横に振るだけ……」
妖艶だった彼女に陰が差す。
この人は本当にリス子先生の事が大切なんだろう。友人として力になってあげたい。でも無理強いはしたくない。だから歯痒くて、無力な自分が悔しい。
そんな表情を見せるアシュリーさんにオレは何も言ってあげることは出来ない。彼女も望まないだろう。
「そんな歯痒い日々を送っていたら生活魔法の受講者が現れた。
リーシュは大喜びよ。もちろん私も一緒に喜んだわ。
しかも1回だけじゃなくて2回も受講してくれた。その上今日は一緒に迷宮を探索するっていうじゃない?
嬉しいんだけど、悔しくってねぇ。こんな事なら私も迷宮探索を一緒にすればよかったわ!」
「あ、あはは……」
「笑い事じゃないのよ? もうわかってると思うけど、リーシュのこと泣かしたら容赦しないからね?
私はこれでも魔法ギルドで1,2を争う攻撃魔法の使い手なんだから!」
「肝に銘じておきます」
「ならばよろしい。
でも安心して。あなた達の迷宮探索を邪魔する気はないから。むしろこれでも応援してるんだから」
「ありがとうございます」
「うふふ……素直でよろしい。あ、ここよ。あとは私が連れて行くわ」
どうやら寮は魔法ギルドからかなり近いところにあったみたいだ。
でもさすが魔法ギルドの寮だ。かなり大きいし、高級な区画の建物らしく美しい外観をしている。
幸せそうに寝息を立てているリス子先生と彼女の荷物をアシュリーさんに受け渡す。
「よいっしょっと。それじゃ気をつけて帰ってね、クドウ君。
……リーシュの事、幸せにしてあげてね」
「はい」
「んふふ……それじゃおやすみ」
「はい、おやすみなさい」
リス子先生は小柄だがそれでも大人の女性だ。
でもそんな彼女を軽々と抱え上げてしまうアシュリーさん。
胸は控えめなモデル体型だが、一体どこにそんな力があるのか不思議だ。
……まぁそれを言ったらオレも同じ事だが。……つまりはスキルか。
降って沸いた疑問だったがすぐに解けたので、すっきりして挨拶を交わしてその場を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
後ろ足銀牛亭の部屋に戻ってきてシャワーを浴びてすっきりする。
返り血も浴びてはいないし、激しい戦闘もなかったので全然汚れていなかったがそれでもやはり一息つけた。
でもやはりシャワーだけではすっきりはしても満足はしない。そのうちなんとかして風呂に入ろう。そのためだけに風呂付の宿屋に泊まるのもありかもしれないな。
今日はずいぶん活躍した黒刀闇烏の手入れを済ませて、リス子先生から借りているハンカチを眺める。
ほんのりと彼女の香りがするような気がする。
さすがに鼻を押し付けて彼女の香りを胸いっぱいに吸うとか、そんな事はしないがちょっと表情が緩むのは仕方あるまい。うん、仕方ない。
丁寧に肩掛け鞄に仕舞って、今日着て行った防具を事前に貰っておいたタライ一杯のお湯にしばらくつけてから魔力を通す。
すると水を吸って多少重くなった重量がすぐに元に戻った。
これは魔力を通すと設定された状態に戻す機能を利用した洗浄方法だ。
だが普通にこの機能を使ってもあまり綺麗にはならない。基本的には穴が開いたり破けたりしたら使う機能であって、ほとんど状態に変化がないとうまく機能しないのだ。
なので一旦水に浸けて状態を大きく変えたりする必要がある。
でも普通に洗うより圧倒的に早くて楽だ。乾かす必要すらないのだし。実に使える機能だ。
ただ普通は魔石を使って魔力を供給するらしいし、魔力を馬鹿食いするらしいから贅沢な方法でもある。オレにとっては全然減った気がしない程度の魔力なんだけどね。
着ている時に内部を快適に保つ機能にしても魔力を馬鹿食いするはずなのに、ずっと今日一日使っていたがまったく魔力が減っていない。
オレの限界は一体どこにあるのだろうか。
このままではリス子先生が大事だと言っていた自分の限界を知ることが出来ない。一体どうしたらいいのだろうね?
贅沢な悩みだとは思う。
だが他人は他人。オレはオレ。悩みはそれぞれなのだ。
とか適当に考えながら楽しかった今日が終わっていく。
アシュリーさんはリス子先生の親友です。
でも年は秘密です。
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