15,戦果
木の陰に隠れてリス子先生の詠唱が完了するのを待つ。
相手はゴブリン2匹。木にもたれてうつらうつらしている上に棍棒は足元に転がっているという絶好の鴨だ。
リス子先生も俺の戦闘能力を詳しくは知らないので倒しやすいのを選んでくれたみたいだ。
何度も腕に自信はあると言ってたんだけどな。まぁ実際に見せればわかってもらえるだろう。
「『――地中蔦』」
「……行きます」
地中蔦の発動と共に居眠りしていたゴブリンに一気に土の蔦が絡み付いて行動を封じて行く。
1拍の間を置いてリス子先生をチラっと見ると頷いてくれたので、一言残して1歩を踏み出す。
居眠りを邪魔された怒りをその表情と声に出しているゴブリンだが、土の蔦の拘束力はかなり高いので一向に抜け出せない。
ギャーギャー喚いているゴブリン共まで距離にして20メートルほど。
だがオレにとっては一瞬だ。
間合いに入った瞬間、黒刀闇烏を2度閃かせる。
返り血を浴びたくないので、すぐさま勢いを殺して後ろに大きく飛び退く。
首を半分以上切断されたゴブリン2匹はその傷口からどす黒い血を大量に噴出させ、すぐに崩れ落ちて動かなくなった。
せっかく地中蔦で拘束してあったのだからと、首から頭にかけて拘束していた部分を斬らないように気をつけてみた。なので首を完全には切断していない。
血脂を一振りして落とし鞘に納めながら振り返ると、リス子先生のくりっとした大きめの瞳が大きく見開かれていた。
「先生、大丈夫ですか?」
「……ぇ、ぁ……えっと……」
「剥ぎ取りしに行きましょう」
「ぁ、はい……」
何やら呆然としてしまっているがちょっと促せば黙々と片方のゴブリンから耳と魔石を剥ぎ取り始める。
オレももう1匹を担当したが耳はともかく、魔石の採取には少し手こずりながらもなんとか取り出した。
もちろん資源はリス子先生の取り分だ。
「はい、先生」
「ぁ、はい。ありがとうございます……じゃなくて!」
「お?」
「クドウさんすごく強いじゃないですか!」
「えぇ? いやでも腕に自信はあるって何度も言いましたよ?」
「そ、それはそうなんですけど……ですけど! こんなに強いなんて思うわけないじゃないですか!」
何やらちょっと理不尽な事で怒られているような気がするけど、まぁぷりぷり怒っているリス子先生も可愛いので、よし。
「だって……なんでそんなに強いのに……私なんかと一緒に迷宮を探索しようなんて思ったんですか?」
おや? これはよくないパターンだ。
ぷりぷり怒っていたのに、今度は俯いて沈んでしまっている。
ローブをぎゅっと握る手は若干震えていて不安そうだ。
まったく本当にこの人は……。
「先生、オレ言いましたよね?」
「で、でも……」
「仕方ない人だなぁ……」
「だ、だって……はうぅ……」
本当に自分に自信が持てないんだな。
でもオレから見てもリス子先生の魔法は十分強いし、うまく使いこなしているように見える。
何より不人気な生活魔法をそれでも広めようと迷宮探索というアルバイトまでして一生懸命頑張っている。
彼女を安心させるようにローブをぎゅっと握って震える小さな手を跪いて優しく両手で包み込んであげる。
「クドウさん……?」
「オレは迷宮に入ったのも今回が初めてです。
確かにそれなりに腕には自信があります。でも迷宮についてはほとんど知りませんし、初めての迷宮探索に一緒に行きたいと思ったのは誰でもない、あなたです」
不安そうだった瞳が大きく見開かれる。
その美しい瞳をジッとみつめてさらに言葉を紡ぐ。
「確かに生活魔法は人気がない魔法ですけど、オレは素晴らしい魔法だと思いますし、そんな素晴らしい魔法をオレに教えてくれている先生はとても素敵な人だと心から思っています。
だからそんなに自分を卑下しないで……自分の事を嫌いにならないでください」
「……わた……ぅ、ふぐぅ……私……」
「大丈夫……先生は大丈夫です。これからはオレがいます。だから大丈夫ですよ。
先生を苦しめる全てのモノから守ってあげます」
「……うぅ……ふぐっ……むぎゅぅ……」
リス子先生の瞳に大粒の涙が溜まり、彼女がずっと言ってほしかったであろう言葉をかけて優しく抱きしめてあげれば、ついに彼女の溜まりに溜まった感情は決壊してしまった。
しかし、ゴブリンの血の匂いが酷くなってきたので、さすがにこの場に居続けるのはまずい。ムードもへったくれもないし。
でもまだリス子先生はオレの腕の中だ。
ここはチャンスと見て、素早く彼女の膝裏に手を差し込み肩を抱く。
そう、お姫様だっこだ。
「ひゃっ」
「しっかり捕まっていてくださいね」
かなり軽いリス子先生を抱え、下ろしたままだった彼女のリュックや杖を拾い上げ、気配察知で探った安全な場所まで一気に移動する。
もちろんその間彼女に負担をかけないように細心の注意を払いつつだ。
腕の中にいるリス子先生は最初は驚いていたが、すぐにオレの胸に顔を埋めて安心してしまったようだ。
そのまま安全な場所についてもお姫様だっこを続け、彼女の気が済むまでそのままで居続けることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「その……みっともないところをお見せしてしまって……」
「いえいえ、とても男冥利に尽きましたよ」
「はうぅ……」
耳の内側まで真っ赤になった彼女だが、その可愛らしい顔には恥ずかしさの他にも笑顔が浮かんでいる。
泣いた後なので少し目元が腫れてしまっているが、ハンカチを濡らして当ててあげれば気持ちよさそうにされるがままだ。
「えへへ……すごく気持ちいいです……」
「それはよかった。泣いた顔も可愛いですけど、やっぱり先生の笑顔が1番ですからね」
「は、はうぅ……クドウさんはどうしてそんなに恥ずかしい台詞が簡単にいえるんですかぁ」
「思ったことを口にしてるだけですよ?」
されるがままだったオレの手からハンカチを奪い取り、ぷいっと後ろを向いてしまうリス子先生。
「うぅ……あんまりそんなことばっかり言ってると……本気にしちゃいますよぉ」
後ろを向いて小さく呟いた言葉はきっと彼女はオレには聞こえていないと思っている。
でも残念。ばっちり聞こえちゃってます。本気にしていいんですよ? むしろしてください。
でもソレを今は言ってはいけない。
彼女は自分に自信を持てていない。
溜まっていたモヤモヤは泣いて多少はすっきりしただろうけど、それで自信を持てるかと言われると……まったくの別問題だからだ。
そんなリス子先生をこれ以上無理やり押してもそれは……オレという彼女の欲しい言葉、行動をしてくれる理想にただ依存させるだけだ。
それではだめだ。
彼女には自分に自信を持ってもらい、その上で受け入れてもらいたい。
「……ふぅ……。ありがとうございます。このハンカチは洗って返しますね」
「別にそのままでも構いませんよ?」
「だ、だめですぅ! ちゃんと洗って返しますからそれまで私のハンカチを使ってください!」
「あはは、わかりました」
「ふふ……。それじゃあ探索の続きをしましょう! なんだかすごく元気が出てきてやる気満々です!」
「頼りにしてます」
「はい!」
やっぱりリス子先生は笑っている方が断然いい。
眩しいくらいに輝く笑顔を見ていると自分に自信をもつのもすぐなんじゃないだろうかと思えてしまう。
実際はそんなに簡単にはいかないだろう事はわかっているが、今は確かにそう思ったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
2人きりの迷宮探索は順調に終わった。
いや予想以上だった。少なくともリス子先生には。
オレ的には自分の持ってきたリュックも魔物資源でいっぱいになるだろうと思っていたので予想以上ではなく、予想通りといった程度だ。
逆にリス子先生的にはそんな事は思ってもいなかったので予想以上。
リス子先生のリュックにも魔物資源は大量に詰められており、オレのリュックもいっぱいだ。
だんだんと重くなっていったリュックはリス子先生には負担が大きかったのですぐにオレが持ってあげていた。
普段は彼女のリュックの半分も集まらないと言っていたが、まぁそんなもんだろう。
彼女はソロだし、効率的に動いているといっても魔力は有限であり、休憩もそれなりにいるからだ。
休憩にしても1人で周りを警戒しながらするのと、かなり気を許している上にリス子先生が驚くほど強いオレが一緒にいるのとでは大きく回復力が違ったみたいだ。
その上今回はオレが攻撃役をさっくり務めていたのでほとんど魔力を消費せず、使ってもせいぜい足止め程度。
攻撃は全てオレが引き受けた形だ。
そうなれば休憩も最小限となり、探知波で効率的に魔物を探して短時間で狩りまくることができる。
結局すぐに2階層に移動し、そこでも同じだったので普段は滅多にいかないという3階層へと探索の場を移した。
2階層は1階層よりも多少魔物の数が増える程度の違いしかなかったが、3階層は新たにゴブリンの亜種――ホブゴブリンが出てきたり、ワニの魔物――アリゲーターが出てきたりした。
当然ながらゴブリンやコボルトよりも資源的価値は高い。
強さも相応に上がっているが関係なかった。倒すのに時間はまったくかからない。
むしろ剥ぎ取りにかかった時間の方が長いくらいだ。
そうなれば4階層に移動するのは自明の理。
4階層はホブゴブリンとアリゲーターの数が増え、ゴブリンやコボルトはほとんど見られなくなる。
ホブゴブリンやアリゲーターが何匹きても正直相手にならなかったが、5階層はボスがいるらしい。
4階層まではリス子先生が最短ルートを知っていたので問題なかったがこれ以上はわからない。なので進むには準備不足だ。
地形的にも4階層までは同じような森林公園的な比較的歩きやすい場所だったのもある。
結局4階層をメインの探索の場として乱獲しまくった。
その結果がこのリュックである。
「い、一体いくらになるんでしょう!」
「大量ですよねー」
「や、やっぱり、私が全部貰ってしまうのは……」
「だめですよ、先生。最初の約束通りにお願いします」
「で、でもぉ……」
「先生は約束を破るんですか?」
「うぅ……クドウさんはずるいです……」
「そうですよ、オレはずるいんです。だから今日は約束通りに貰い受けてください。
でも次からは半分ずつですよ?」
「ぇ」
探索を終えての帰り道、大きく膨れたリュックを2つ担ぎながらリス子先生に次を取り付けるべく動く。
もちろん今回限りで終わらせる気なんてありはしない。
「先生はオレと一緒に迷宮探索するのはいやですか?」
「そんなことありません!」
「じゃあまた一緒に探索してくれますね?」
「うー……クドウさんはやっぱりずるいです……」
「そうです。オレはずるいんです」
「もぅ……。
ごほん。改めて、よろしくお願いします、クドウさん」
「こちらこそ、よろしくお願いします、先生」
こうしてリス子先生という、迷宮探索の大事なパートナーが出来た。
でも当然迷宮探索だけのパートナーでは終わらせない。
じっくりゆっくりと彼女に自信をつけさせて、いずれは……!
リス子先生は頑張り屋さんです。
そして悩みなんかも抱え込みやすい人です。
そんなリス子先生は頼れるHUTUの高校生にどんどん惹かれていってしまうのも仕方ない事なのでしょうね。
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