14,癒し可愛い先生の実力
人の手の入った森林公園といっても過言ではない趣の迷宮――セッチ。
だが実際は人の手なんて入っていないし、街の外に生息するような魔物よりもずっと強い魔物が跳梁跋扈している危険地帯でもある。
だがそんなことはどうでもいい。
今はこの手に感じるちょっと小さくて柔らかい手の感触だけが真実。
そう、リーシュ先生――リス子先生とのデートが何よりも――。
「ぁ、あの……クドウさん、手を離してくれないとうまく集中できない……です」
神は死んだ!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「えっとですね。水晶の周辺は魔物が近寄ってこない特殊な地帯ですので、まずは魔物がどこにいるか探ります。
闇雲に探しても効率が悪いですからね」
「わかりました。じゃあ」
「はい、任せてください!
『誉ある天空を統べし天空の王に願い奉る。風の理を紐解きて――』」
気配察知で掴んでいる魔物の場所を教えようと思ったら、リス子先生の背丈ほどもある杖を両手で構え持ち、朗々と詠唱を始めてしまった。
その詠唱は初級にしては長いので恐らく中級の魔法だろう。
「『――波となりて我に知らせよ。探知波!』」
そう思ったのだが、実際は攻撃魔法の中級に比べるとずっと早く終わった。
『探知波』。確か生活魔法のやつだったはずだ。
予習のために流し読みしていた生活魔法の詠唱本にも書いてあったやつだ。
「ふぅ……。あっちとこっちが数が少ないですし、よさそうですね。
あ、ちなみに今使ったのは生活魔法の中級魔法で探知波です。
魔力で作った波を飛ばして探し物をする魔法なんです。とても便利ですよ。
……魔道具でも代用できますけど」
リス子先生から告げられた魔物の位置は確かに気配察知で捉えていた魔物の一部だ。
オレの気配察知は中級なのでかなり広い範囲にまでその効果が及ぶが、探知波も負けないくらいの範囲を探知できるみたいだな。確かに有用な魔法だろう。
「で、でもでも! 探知波の代用魔道具は大型なので持ち運びも大変ですし、それに生活魔法があれば他にも必要な魔道具を持ち歩かなくてもいいから、あの……その……」
「わかっていますよ、先生。生活魔法は便利で素晴らしい魔法です。
オレはそんな便利で素晴らしい魔法を使える素敵な先生の生徒なんです。
先生が自信を持ってくれないと生徒のオレが寂しいですよ。
先生はオレに寂しい思いをさせていいんですか?」
「そ、それはだめです! クドウさんはとても魔法の才能があるんですから!」
「じゃあ自信を持ってください。とはいってもすぐには無理ですよね。
そうだ、せめてオレと一緒の時だけは代用が効くとかそんな寂しい事は言わないでください。
オレは素敵な先生の生徒なんですから」
「は、はうぅ……わかりました。えへへ……クドウさんは優しいです」
大きなリス耳の内側が真っ赤に染まり、魔法使い魔法使いしているとんがり帽子のつばを両手で持って隠れるように小さな声で呟く素敵先生。
やばい……迷宮という2人きり――魔物は背景――の場所でこんな可愛い仕草をされてしまってはオレの中の何か獣的なものが直立不動で待機してしまう。
「さ、さぁ魔物が移動しないうちに近づきましょう、先生!」
「あ、そうでした! じゃあ見つからないように注意して私についてきてください」
直立不動で待機している獣的な何かをなんとかシバキ倒して平常心を取り戻し、誤魔化すようにリス子先生を促す。
木を目隠しにして移動を始めるリス子先生の後ろについて行くと、そこにはゴブリンが2匹棍棒を肩に担いで暢気に歩いていた。
目の前で揺れる大きな尻尾が蠱惑的にオレを誘っているがここはぐっと我慢だ。我慢だオレ!
そんなオレの動揺など知ったことではないらしい、2匹のゴブリンはまだこちらには気づいていない。
……ふぅ。さてここはリス子先生のお手並み拝見といこうか。
正直生活魔法と脅しの攻撃魔法を使っているところしか見たことが無いので、彼女がどの程度戦えるのかわからない。
だがここはまだ1階層。
時間のある日の午前中は探索しているといっていたし、街の外のゴブリンよりは強いという迷宮のゴブリン程度では問題はないはずだ。
「『大地に眠る絡み合う蔦に願いて、我請わん――』」
木の陰に隠れたまま1度オレに振り返り頷くと、彼女は小さな声で詠唱を開始する。
これは生活魔法じゃない。
確か攻撃魔法にあった……。
「『――纏いて縛り拘束せよ、地中蔦』」
詠唱終了と同時に両手にもった杖を地面に軽く触れさせると、暢気に歩いていたゴブリン2匹の足元の土が変化し、土で出来た蔦のようなものが絡み付いて動きを阻害し始めた。
「『火に栄えし、麗神ニルファに願い奉る――』」
地中蔦がしっかりとゴブリンを絡め取り拘束したところで木の陰から姿を見せたリス子先生が今度は火魔法の詠唱に入る。
流れるような詠唱は実に手慣れていて一切の気負いがない。
「『――走りて刺さり燃え広がらん、火槍・対!』」
詠唱を終えたリス子先生の目の前に2本の炎の槍が出現し、すぐさま拘束されたゴブリンの腹部に突き刺さる。
突き刺さった槍が一気に燃え上がりゴブリンを拘束する地中蔦ごと丸焼きにしてしまった。
この魔法は詠唱本にあった『火槍』をアレンジしたものだろう。
火槍では槍が1本しか出ないし、いちいちもう1度詠唱するのも面倒だし時間がかかる。
1匹なら問題ないが、今回のゴブリンは2匹だった。それ故の選択だろう。
燃え上がったゴブリンは地中蔦の拘束が解け、その場でジタバタして火を消そうと頑張っていたが1分ほどで動かなくなった。
なるほど、これが魔法使いの戦い方か。
足止めして威力の比較的高い火魔法で大ダメージを与えて、追加で発生する炎で確実に息の根を止める。
消費する魔力を考えればかなり効率的だろう。
これが火魔法ではなく、土魔法だと倒しきる事が出来ず反撃を許すか、もう1回魔法を使う必要があるのだろう。もしくは出血で動けなくなるまで逃げ回るか。
「……ふぅ。こんな感じです。どうでした?」
「勉強になりました。特に火槍をアレンジした魔法や追加発生する炎で魔力消費を抑えている点なんかが」
「わぁ、さすがクドウさんです。そこまでわかりましたか!
そうなんです! 私も結構色々考えてるんですよ! えへへ」
オレの賞賛に嬉しそうな満足そうな笑みを向けてくれるリス子先生は可愛いけれど頼もしくも見えてくる。
こんなに癒し可愛いのに立派に戦える魔法使いなんだな……。
「さぁ資源獲得の時間ですよ! ゴブリンの資源は両耳と魔石です。あとは売れないのでいらないですね」
「ほほぅ」
「まずはお手本を見せますので見ててください」
「わかりました」
炎で丸焼きにした割にはゴブリンの耳は火傷1つなかった。
その理由もきちんとあり、地中蔦が絡みついた時に耳を覆うように展開させていたようだ。
地中蔦の細かい制御までしっかり行っていた事にさらに驚き、リス子先生はオレの表情にとても満足そうだ。
剥ぎ取りもとても手慣れていて、耳を剥ぐ時は後ろから前に向かって引っ張るように切りおとすと楽だとか、ゴブリンの魔石は心臓付近にあるので肋骨の隙間から刃を入れて穴を空けると取り出しやすいとか、癒し可愛いリス子先生には似合わない事を教えてもらった。
……リス子先生は立派な探索者だ。ちょっと認識を改めなければいけない。
資源獲得が終わると魔石は魔石用の袋。耳は防水性の高い袋に入れてしっかりと口を閉じる。
「リュックの中が汚れちゃうし、臭いもついちゃうのでしっかり閉じないとだめですよ?」と、その表情は素晴らしく可愛いのだが、言ってる事はなんとも生々しい。
「さぁどんどん行きますよ!」
今までの癒し可愛いリス子先生のイメージが音を立てて崩れて行くのを感じながらも、その中に見出した新たな魅力――頼もしさや戦う女性の凛々しさといったものが崩れたイメージを立て直している。
いや、以前よりももっとよくなっている。
癒し可愛いばかりでちょっと頼りなさげだった彼女が実は頼もしく、凛々しいのだ。
これはやばい。実にやばい! ギャップ萌えってやつですか!?
愛玩動物を愛でるような気持ちだったのがドンドン変わってきているのを自覚してしまうと、今までみたいにリス子先生を見れなくなってしまいそうだ。
リス子先生じゃないがオレも「はうぅ」って言っちゃいそうだ! 誰得だ!
「さぁ、クドウさん。次はあっちですよ! あれ? どうかしました?」
「はうぅ! いいえ! なんでもありません!」
「え? え? 本当に大丈夫ですか?」
「ふぅ……はぁ……すみません、取り乱しました。先生のあまりの頼もしさと凛々しさにちょっと尊敬と敬愛の念が暴走してしまって」
「ふえええ!? そ、そんな私……はうぅ……」
よし、「はうぅ」頂きました! オレは大丈夫だ!
まだまだ慌てるような時間じゃない。セーフセーフ。
大きな耳の内側まで真っ赤に染めて、頬に両手を当てて脇の下で器用に杖を維持しているリス子先生は俯いてしまった。
今にも頭から蒸気が吹き出そうだ。
でもここは迷宮。一応危険な場所なのだ。
それに気づいた先生はハッとして、誤魔化すように周りを見回す。
「……もぅ! クドウさん! ここは迷宮なんですよ? 危ないところなんですよ?
そういう事をいうのはちゃんと安全なところでだけにしてください!」
「わかりました。安全なところで尊敬する先生を褒め称えます。帰りは覚悟してください」
「は、はうぅぅ……」
ぷんすかしていたリス子先生だが、真顔で言い放ったオレの言葉にやっぱり撃沈していた。
よし、帰り道は祭りだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それからしばらくはリス子先生がお手本として足止めからの攻撃魔法という黄金パターンで魔物を駆逐していった。
だがゴブリンなら火槍でいいのだが、コボルトだと尻尾が燃えてしまうとお金にならないそうで、地中蔦でも覆えないので少し手数を増やして土矢を1匹につき3発くらい撃って倒していた。
大体わかったがこのセッチ迷宮1階層はゴブリンとコボルトしかいないみたいだ。
集団となっているのも少なく、大体は2匹、多くて3匹くらいだ。
探知波の魔法で定期的に魔物を探しているので、集団とはかち合わないようにしているというのも大きい。
迷宮自体はものすごく広いようで、結構遠目に他の探索者が狩りをしているのは見かけてもそれだけだ。
得物がかち合うこともまずない。
「いつもこんな感じに探索をしているのですが、どうですか? 参考になりましたか?」
「はい、とても勉強になります。さすが先生です」
「えへへ……じゃあそろそろクドウさんも戦ってみますか?
クドウさんはその刀で戦うんですよね?」
「はい、それなりに自信はありますので任せてください」
「ふふ……じゃあ足止めするのでその後はお任せしてもいいですか?」
「了解です」
この探索デートはギブアンドテイク。
リス子先生に迷宮についてご指導頂く代わりに、オレが倒した魔物も彼女に献上する。
そのためには彼女1人で倒すのではなく、オレも戦闘に参加しなければいけない。
今まではお手本という形でリス子先生がやっていたがやっとオレの出番が回ってきたようだ。
さぁ張り切っていいところをみせなくてはな!
リス子先生はそれなりに強いです。
魔法は使えば魔力を消費します。
消費した魔力は時間経過か、高い消耗品を使うしか回復しません。
なので1人だと休み休みしか狩れないのです。
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