13,先生はベテランさん
リスの大きな耳の内側まで真っ赤になる可愛い先生との、第2回生活魔法講習では生活魔法を2つ登録させた。
まぁそんなことよりも明日丸1日リス子先生と迷宮デートが出来る方が大事だ。
そう、丸1日である。
リス子先生は本来は時間の空いている時に午前中だけ迷宮の浅い階層で探索をしてお金を稼いでいるそうだ。
だが今回はオレに色々と指導しなければいけないという事で丸1日時間をとってくれたのだ。
幸いにも魔法ギルドの仕事はまったくといっていいほどない彼女なので、急でも問題なく丸1日開ける事が出来てしまうみたいだ。不憫だ。
講習の終わり際は明日の迷宮デー……もとい、探索に持ってくるものを色々とご教授してもらった。
まず何をおいても必要なのは探索者ギルドのギルドカード。
これがないと迷宮を探索して得た魔物の資源を正当な価格で買い取ってもらえない。
それにギルドカードを作っておけば探索深度に応じてランクがつく。リス子先生が普段探索している階層程度では登録当初のランクから変動はないそうだが、ないよりはずっとマシだそうな。
このランクは所謂資格証明にもなるので就職活動などでも有利になるそうだ。もちろんその辺は冒険者ギルドや商業ギルドでも同じらしい。
……異世界に来てまで就活の心配とか世知辛い。
でもギルドカードを作るには1日必要なので、もし持ってなかったら今日の帰りに申請して探索が終わって帰って来た時に受け取ればいいと言われた。
幸い持ってるから大丈夫だけど。
その他には浅い階層でも街の外に生息している魔物よりも強いので、装備品などしっかり準備しないと危険らしい。その辺はもちろん大丈夫。
丸1日の探索デートなのでお昼ご飯を持ってくるようにも言われた。
あとは細々としたものだが、基本的に非常用。
何せリス子先生は様々な魔道具で代用が効くとはいえ、生活魔法の先生なのだ。
「装備品と食料だけもって迷宮に探索に入ってもかなりの事に対応できちゃうんです」と着痩せして見た目はあんまりなさそうに見える胸を張っていた。
オレは知っている。あのあんまりなさそうな胸は実はすごい事を。
色々と明日の打ち合わせを済ませ、やっぱり昨日一昨日と同じように門まで見送りについてきてくれて、見えなくなるまで手を振っていた。
やっぱりリス子先生は可愛い。
そんなリス子先生を明日は丸1日独り占めだと思うとドキがムネムネしちゃう。
スキップしてしまいそうになる足を「静まれ、オレのアシィ!」と思いながら、ちょっと寄り道して後ろ足銀牛亭に帰った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
遠足前の子供のようにドキドキして眠れなくなるかと思ったが、普通に快眠。
寝られるときに寝るように習慣付けられているので何の問題もなかった。今日も絶好調だぜ。
祖父との山篭りや修行中は昼夜関係なかったからな。
身支度を整えて、言われたようにお昼ご飯用に例の肉挟みパンを購入。
今日は肩掛け鞄だけじゃなく、昨日寄り道して購入した大きなリュック――探索者ギルド近くの道具屋で販売されている魔物資源などを入れるための頑丈でおまけにたくさんの防水性の袋がついてくる、探索者御用達の物――を、同じく道具屋で購入した寝袋代わりにもなるマントを羽織ってその上に背負う。
今日の帰りにはきっとこのリュックは魔物資源でいっぱいになっているだろう。まだ今はぺったんこだけど。
朝の早い時間からいつも冒険者ギルドの依頼で外に出るときに使っている門――東門とは正反対の位置にある西門へと向かう。
リス子先生との待ち合わせ場所はそこだ。
今日行く迷宮――セッチはランガストの街から徒歩1時間くらいの場所にあるあの初心者用の迷宮だ。
なので草原方向とは間逆の山岳地帯へ向かうと存在するそうだ。
西門には魔法使い魔法使いしたとんがり帽子――ただしリスの大きな耳は専用の穴が開いていて外に出ている――にローブと身の丈ほどもある杖を装備したいつもと違ったリス子先生が先に待っていた。
背中にはぺったんこのリュックを背負っているが大きな尻尾がちょっと邪魔そう。
「おはようございます、先生」
「おはようございます、クドウさん。今日はビシバシ厳しく行きますよ!」
「お手柔らかにお願いします」
「ふふ……。冗談ですよ。でも迷宮は浅くても危険がいっぱいです。その事はしっかりと肝に銘じて下さいね?」
「もちろんです」
まった? 今来たところ、的なやり取りはなかったけど朝からリス子先生の癒し可愛い笑顔と、真剣だけどそれもまた可愛くてほのぼのする表情を見れたので満足。
「……クドウさん、防具は?」
「うん? あぁ実はこの服、防具なんですよ」
「え、そうなんですか。へぇ……服にしか見えないですけど防具なんですかぁ」
リス子先生は本当に素直で疑う事を知らない。
さすがに癒し可愛い先生でも知らない人ならすぐに騙されたりしないだろうけど、ちょっと親しくなるとコロっと騙されそうで心配だ。
「ほら触ってみて下さい」
「わわ……硬い……これ何で出来てるんですか?」
「なんだったかな……まぁ結構いいものですよ」
「すごいですねぇ……でもこれなら大丈夫そうですね、安心しました」
特注のオレの服を触ってやっと安心してくれたリス子先生と一緒に、門でカードを例の銅板で検査して潜る。
もちろん2人共青色の合格だ。
ここからは道なりに40分くらい歩いて、途中で道を外れて20分くらい進めばセッチ迷宮の入り口にたどり着くらしい。
道を外れる場所には立て看板が設置されているそうなので迷う事もない。さすが初心者迷宮。
「見渡しのいい街道とはいえ、魔物がたまに出てきますから警戒を怠ってはだめですよ?」
「はい、先生」
「でも警戒しすぎても疲れちゃいますから、適度にでいいですよ。私もいますから!」
「頼りにしてます」
「えへへ……」
迷宮までの道のりはリス子先生と楽しく会話をしながら進んで行く。
あぁこれはまさしくデートだ。
……魔物さえ出てこなければ、だが。
1時間ほどの距離にある迷宮まではやはり街からそこそこ離れている事もあり、魔物がそれなりに襲い掛かってくる。
その度に「任せてください!」と張り切る先生が魔法で軽く脅かして撃退してくれている。
使っている魔法も攻撃魔法の初歩でも比較的魔力の消費の少ない魔法で、しかも少ない手数で効果的に相手を脅かして逃げるように仕向けている。
ゴブリンとかコボルトって頭空っぽだと思っていたが、軽く魔法で脅かせば逃げて行くんだな……。これは勉強になる。
依頼遂行中に出会う魔物は大抵その場で殺しているので気づかなかった。
「外の魔物はあんまりお金になりませんし、ここで消耗してしまうと迷宮で探索できなくなっちゃいますからね」
「なるほど、さすが先生です。勉強になります」
「えへへ……そんなことないですよぉ」
いつもみたいに持ち上げてスキンシップを誘発させるためではなく、純粋に賞賛する。
こういう小細工といってはなんだが、消耗を避けるためのテクニックはオレに欠けている部分でもある。
祖父と山篭りしてた時は基本的に『見つけ次第殺せ』だったからなぁ。遭遇を避けるよりも積極的にオレから襲い掛かっていたくらいだ。
魔物を少ない消費で素早く撃退する先生に賞賛の眼差しと言葉をかけていると、あっという間に迷宮の入り口に辿りついたようだ。
だがそこには洞窟の入り口もなければ、空間が歪んでゲームみたいにワープゾーンが出来ているわけでもなかった。
「ここがセッチ迷宮の入り口です。迷宮はこうして転移の大水晶が入り口になるんです。
だから中の魔物が外に出てくる事はないんですよ」
「へぇ……この馬鹿でかい水晶で迷宮に転移できるんですか」
「はい、そうなんです。でも転移する場所はランダムなので中に入る時は体の一部を接触させていないと違うところに飛ばされちゃいますから気をつけてください」
「わかりました」
「そ、それじゃあ……えっと……は、はい!」
しどろもどろになりながら差し出されるはリス子先生の小さな手。
身の丈もある杖を握っているからか綺麗な白魚のような手とはいえないが、それでもリス子先生らしい実に可愛らしい手だ。
「よろしくお願いします、姫君」
「はぅぅ……クドウさんはいじわるです」
差し出された可愛らしい手を取り片膝を突いて跪き、ちょっと気取って騎士が姫君の手を取るようにしてみれば大きなリス耳の内側まで真っ赤になってしまった。持って帰りたい。
「……もぅ、ふざけてないで行きますよ!」
ぷいっという表現がぴったりの仕草で顔を背けるが、真っ赤なままなので大変可愛らしい。そんなリス子先生と手を繋いだまま大水晶に彼女の小さな手のひらが添えられる。
水晶は一定間隔毎に小さく光っており、リス子先生が水晶に手のひらを当てて次の光が来た瞬間に視界が切り替わっていた。
「おぉ……すげぇ」
「ふふ……迷宮に初めて入った人はみんなそんな感じになるんです。私もそうでした」
「いやぁ転移なんて初めてですし……何より洞窟とか遺跡みたいな場所じゃないんですね」
転移した場所は森だ。
ここが迷宮だと確信できるのは天井が本物の空ではなく、描かれたようななんともいえない偽りの空だからだ。
森といっても木はまばらに生えているだけで、遠くまでは見渡せないが薮などのブッシュもほとんどなく割と歩きやすい。
人の手が入った森林公園といった印象だろうか。
そして背後には入り口にあった大水晶よりは小さな水晶。それでも小柄なリス子先生くらいはあるが。
ちなみに入り口の水晶の色は緑だったが、この水晶は青い。
「青い水晶に触れれば前の階層に戻れるんです。
今は1階層なので触れれば入り口です。次の階層に行きたい時は赤い水晶を探せばいいんです」
「ほほぅ。そういう仕組みですか」
特に降り立ったこの青い水晶がある場所は周囲に木もなく、円状の広場になっているようだ。
魔物の気配も感知できる範囲ではこの広場を避けるように点在しているようだ。もしかしたら水晶には何か特殊な魔物避けの効果でもあったりするのだろうか。
転移直後に魔物と鉢合わせなんて事態があるなら先生も事前に言うだろうし、たぶんそうなんだろう。
「私は基本的に午前中だけですから1階層か2階層のどちらかです。今日はクドウさんに色々教えますので1階層でやるつもりですよ」
「ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「はい、しっかりついてきてくださいね」
笑顔でそんなやり取りをし、さっそく迷宮探索……もとい、迷宮デートがスタートした。
迷宮デートのスタートです。
リス子先生は意外とベテランさんなので色々な事を知っています。
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