12,魔法侍、デートに誘う
軽く走っても特に問題なかったので、次は激しく動きながら走ってみた。
具体的には反復横飛びの斜めバージョンというべき走り方だ。
端から見たらかなり怪しいだろうが、幸いここは草原。
草もかなり高いので問題ない。問題ないったら問題ない。
相当激しく動いてみたがまったく支障がないのでテストもこの辺で終えておく。
あとは実際の耐久性だがビッグボア程度の突進ではまず破けたりしないだろう。
恐らく黒刀闇烏で全力で斬りつけても斬れないのではないだろうか。
草原の中を反復横飛び斜めバージョンで高速移動しているとコボルトやゴブリンはたくさん見かけるが――すぐさま逃げていくが――ビッグボアは未だ見つからない。
反復横飛びを辞めて普通に走って探し始めたが目視でも気配察知でもなかなか見つからない。これは森の方まで行かなきゃだめだろうか。
森まで行くのはちょっと遠いなぁと思い始めた時にやっと見つけることができた。
しかし頭数がちょっと多い。群れで移動でもしてたのか?
そういえばビッグボア討伐の依頼がいっぱいあったな……。これのせい?
総数30頭近いビッグボアが集団でブヒブヒ言ってる様はかなり迫力がある。
1頭1頭が体長3メートルを超えているだけに圧巻だ。
だがオレにとってはただの得物でしかない。
暗めの色をしている服とはいっても今は草原の中だ。あまり隠密性はない。
この服の隠密性を活かすなら暗闇で活動すべきだ。
なのでここは堂々と行く。
狩るべき相手だが殺気を隠す事も無く行けば逃げられて面倒だ。
必要頭数は5頭とはいえ、バラバラに逃げられたら追いかけるのも一苦労なので殺気はいつも通り隠し、だが堂々とまっすぐにビッグボアの群れに向かっていく。
風下というわけでもないので、匂いですぐに気づいたビッグボアが怒涛の勢いで突進してきたが柳のように勢いに逆らわず避け、すれ違い様に漆黒の刀身を走らせる。
走りぬけ、そのまま草を引きちぎりながら地面を削っていくビッグボア達。
だが群れは止まらない。
次々とオレに向かって突進しては草を巻き込み地面を削っていく。
群れの全ての突進が終わった時には背後に掘り返された草原跡地が出来ていた。
「さてさて剥ぎ取りしますかね」
いつもよりは使用した黒刀闇烏についた血脂を一振りして落とし鞘に納め、代わりに腰の後ろに括り付けている剥ぎ取りナイフを抜く。
手ごたえ的に生き残っているものはいないだろう。気配察知でも一切生きている気配を感じないので全滅しているのは確定とみていい。
だがかなり酷い匂いがし始めているので討伐証明部位である牙2本を5頭から剥ぎ取りその場を後にした。
魔石は大した値段にもならないので放置だ。多いし面倒すぎるし。
死骸はゴブリンやコボルトなんかが片付けてくれるだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
依頼完了報告を済まし、報酬も受け取ったがまだお昼には大分早い時間だ。
反復横飛び斜めバージョンで早く移動しすぎたようだ。
ちなみに比較的早い時間で依頼をこなしていても特に何も言われない。
まぁ基本的には街を出てすぐの草原に出没する魔物ばかりだしな。今回は少し遠出になったけれど。
もう少し遠くの――森とかにしかいない魔物や納品依頼になったら疑問を持たれるくらいはするかもしれないけれど。
ちなみにまだ大量のビッグボア討伐依頼は貼られたままだった。
群れが大量に出てるのかねぇ。
リス子先生との約束の時間まではまだまだ早いので、1度宿に戻って攻撃魔法の詠唱本を取って来て登録作業をする事にした。
また街の外に取って返すことになったが、暇つぶしも兼ねているので別に問題ない。
残っている魔法もあってもなくても別にいいものだし、そういえばビッグボア戦では一切魔法を使わなかった。
正直魔法はまだ馴染みがないというのもあって戦闘中には意識しないと使わないで終わってしまう。
魔法を織り交ぜた戦闘方法もいろいろ練習する必要もあるかもしれないな。
目指すは魔法剣士!
いや刀を使っているから魔法武士か? なんかださいな……魔法侍はもっと酷いし……。
うーん……。
目指すスタイルの名称に頭を捻りながら宿に置いておいた詠唱本を取って街から少し離れた位置まで走ってきた。
徒歩なら小一時間はかかりそうなところだが、オレなら5分もかからない。超人的身体能力は非常に便利だ。
さてさっそく魔法の登録を開始しよう。
初級の魔法は4属性のほとんどを登録済みなので中級の残りを消化していく。
さすがに中級になると少し規模が大きくなるために多少派手だ。
その派手さに引かれて頭の空っぽさ加減では魔物随一だと思われるゴブリンがワラワラ現れる。
そして棍棒を振り上げながら、ドタドタ不恰好に走って来るのでいい的だ。
中級風魔法――登録名『乱流旋迅』でまとめてバラバラに引き裂いて、中級火魔法――登録名『燃焼烈波』で死体を焼き、中級水魔法――登録名『大津波』で草原に燃え広がらないように消化しながら押し流す。
中級でもこの辺の魔法は範囲攻撃としてはそこそこ使える。
だがオレ1人だけならいいのだが、周りに人がいると使いどころが途端に難しくなるだろう。
何せ範囲が割りと広いので簡単に巻き込んでしまうのだ。
特に大津波はだめだ。思った以上に広範囲に効果が及んでしまう。
おかげで視界に映る草原の大半が水浸しになってしまった。
威力をもう少し調整できればいいのだが、それをやると別の魔法として登録されそうで怖い。
同じような魔法がたくさんあっても登録された魔法の中からお目当ての魔法を探す時に面倒だ。
だからといって登録する数を少ないままにしておくのも何か勿体無い。
だからこそ詠唱本に書かれている魔法くらいは登録しておこうと思ったのだが。
その後も時間までくそ長い中級魔法の詠唱を繰り返し、寄って来るゴブリンを適当に相手にし続けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
お昼前に宿に戻り、黒刀闇烏の手入れをしたあと肉野菜挟みパンを食べながら魔法ギルドへと向かう。
相変わらずこのパンは癖になる。
この肉も一体何の肉なのかさっぱりわからないがうまい。気になるが気にしたら負けだと本能が訴えている。故に調べたりしない。ダメ、ゼッタイ。
魔法ギルドの受付で教室の場所を聞き、受講料を支払うと今日は2階の7番教室らしい。
まだ少し時間には早いがきっと今日も早めに来てスタンバっているだろうリス子先生のためにもとっとと向かおう。
「こんにちは、先生」
「こんにちは! クドウさん! 今日もいい天気ですね!」
うん、ナイステンションと素晴らしい癒しの笑みを頂きました。
今日も実に癒し可愛い先生だ。
「そうですね、こう天気がいいとピクニックにでも行きたくなりますね」
「いいですねぇ。ピクニックかぁ。今度行っちゃいますか? えへへ……なんちゃ」
「いいですね、是非行きましょう!」
「ええええ」
なんちゃってと言い終わる前に被せてやりました。
オレとしては是非とも行きたい。
ピクニックは地下販売所でのデートとも言えないデートなんかとは比べ物にならない。これぞ本当のデートだ。
「先生は午前中はどうしてるんですか? もし時間が空いているようなら、どうです?」
「ぇ、ぁ、ぅ、そ、その……」
顔を真っ赤にしてしどろもどろで俯いてしまったリス子先生を急かさずゆっくりと待ってあげる。
もじもじとしてチラチラとオレを見る彼女に優しく微笑んであげれば「はぅぅ」とさらにリス耳の内側まで真っ赤に染めてしまった。
「すみません、やはりいきなり言われても都合つかないですよね」
「ぇ、あ、あのそういう、わけでは……」
「ではどうですか? ピクニック。明日もきっといい天気で気持ちいいと思いますよ?
柔らかい太陽の光の下、涼しい風が吹き抜ける草原に座って大自然の息吹を感じてみませんか?
きっと日ごろの疲れも吹き飛ぶくらいに癒してくれますよ?」
優しくゆっくりと。だがリス子先生は押しに弱そうなのでドンドン追撃をかけてみる。
オレの少々気取った情感たっぷりな言葉に彼女もその光景を妄想し始めたのだろう。真っ赤だった耳の内側が徐々に戻ってきた。
そしてうっとりするような表情を浮かべて祈るように両手を組み合わせる。
うん、ちょろい。
「いかがですか?」
「……ごめんなさい。行けないです……」
だが作戦は失敗に終わってしまったようだ。
手応えがあっただけに悲しいが、彼女も何かしら理由があるみたいで悲しそうに小さな声になっている。
「気にしないでください。時間が空いたら教えてください。その時は一緒にピクニックに行きましょう」
「ぁ……はい! 是非、是非行きます!
当分はその……お給料が出るまでは迷宮に毎日通わないと生活できなくなっちゃうので……ら、来月くらいには!」
「そうだったんですか」
「ぁ、えへへ……お恥ずかしながら、ほら私の講習は不人気ですから。
魔法ギルドからのお給料だけでは生活が苦しくて……えへへ」
なるほど。
他の魔法講習は予約しないと受講できないほど人気があると言う話だし、給料も相応なのだろう。
でもオレ以外受講する人がいないリス子先生の講習では給料も知れたものなのだろう。
ん? ていうか迷宮だと?
「リーシュ先生は迷宮で探索しているんですか?」
「えぇ、浅い階層で日帰りですけどね」
恥ずかしそうにはにかむ笑顔は見ててとても癒しになるが、これは絶好のチャンスじゃないだろうか。
「迷宮にはお1人で?」
「はい。少しでも稼ぎたいので1人ですよ?」
「ふむ……」
「あ、あの大丈夫ですよ? これでも私は魔法使いですから。生活魔法しか使えないわけじゃないんですよ?
もちろん生活魔法が1番得意ですけど」
「あぁいやもちろん先生の腕を疑っているわけじゃありません。
実はオレも迷宮には興味があったんですよ。いつか迷宮で探索してみたいなぁと」
「そうだったんですかぁ。私でも浅い階層なら探索できてますし、クドウさんならきっと大丈夫だと思いますよ?
もちろん準備や下調べはした方がいいですけど」
ふむ。やはり彼女の中にはオレと一緒に探索するという選択肢はないみたいだな。
まぁ一緒に探索する事になれば、得られた資源は普通は等分だからというのもあるだろうけどな。
しかし、だからこそここは攻め時だ。
「先生。1つお願いがあります」
「なんでしょう?」
「オレも同行させてもらえませんか、迷宮に」
「ぇ、で、でも私は浅い階層しか行きませんよ? それに……」
「もちろん浅い階層で構いませんし、オレが倒した魔物も先生にお譲りします」
「ええええ!」
オレ的には別に金に困っているわけでもないし、魔物を譲るのは構わない。
しかし無料で譲ると言うのはリス子先生的にも受け入れ難いだろう。
「これはギブアンドテイクです。
オレはまだ迷宮に入った事も無いので先輩である先生に色々と教えてほしいんです。
生活魔法の先生だけでなく、迷宮探索の先生にもなってくれませんか?
報酬はオレが倒した魔物の資源です。これでもオレもそれなりには戦えます。損はさせませんよ?」
「……クドウさんはそれでいいんですか?」
「えぇ、でなければ言いません」
「私が迷宮探索について教えられる事なんてあまりありませんよ?」
「オレは迷宮に入った事すらないのでどんな事でもありがたいんです」
「それだったら私じゃなくても……」
「先生がいいんです」
ちょろいリス子先生でもさすがにこれには渋るみたいだ。
だがもう少し押せば頷いてくれそうなのは雰囲気的にも明らか。さぁ観念しなさい。
「はうぅ……ほ、本当に私でいいんですか?」
「先生じゃないといやです」
「あうぅ……。はうぅ……ぅぅ……。……ゎ……」
「わ?」
「わかりました……本当に浅い階層しかわかりませんよ? 全然教えられなくても怒らないでくださいね? 絶対ですよ?」
「もちろんですよ。先生を怒るわけないじゃないですか」
「もぅ……クドウさんはずるいです……」
やっともらえた返事に心からの笑みを返せば、またもや大きなリス耳の内側まで真っ赤になってしまった。
可愛いので小さな呟きは聞こえなかった事にしてあげよう。
生活魔法2回目の講習会は終始ニコニコしっぱなしのオレと何度も顔どころか耳の内側まで真っ赤になる可愛い先生とで、なんとも言えない空間を形成し続けた。
魔法侍……どっちかっていうと魔法浪人じゃないですかねぇ。
あ、でもそれだと魔法大学的なところを目指す浪人生みたい!
そんなわけでリス子先生と迷宮デートの約束を取り付けた魔法浪……魔法侍でした。
気に入っていただけたら評価をして頂けると嬉しいです。
ご意見ご感想お待ちしております。




