そして立ち合う二人
詰め込みましたので少しだけ長めです。
朝日が登ってからしばらくたち、ペルーベンの街のささやかな休息の時間は終わりを告げる。
市場が開き、官庁が開くとまた街の中は喧騒に包まれる。
こうした毎日はペルーベンが未だ小さい町だった頃から繰り返されてきた。
そして今日もペルーベンの街は動いていく。
伊織は一人、中庭の一角に座り作業していた。
もちろん木刀を作っている。
ゆっくりと朝食を終えた後しばらく食休みをし、その後ダイクに鉈を借り受け木刀作りに精を出していた。
先生方から食後には食休みをし、しっかり食べたものを腹に収めるようにと教えこまれている。
もちろん食休みを出来る状況にないときもあるのでその時は素早く食べる方法も教えられている。
しかし、時間がある時はこの食事法を己の旨としていた。
一方アルフレッドはというと食後、身支度を整えた後商人ギルドへ向かうと言って宿を出て行った。
もちろん昼までには帰ってくると意気込んていた。
今伊織が作っている木刀は、我々がよく目にする日本刀を模した形のものではない。
ただ丁寧に皮を剥ぎ、握りの部分をしっかり手に馴染むようにしただけの簡単なものだった。
一見すると鍔もなく反りもないただの木の棒のように見える。
しかし、絶妙な重心のバランスになり、なおかつ強く折れにくいように出来ている。
伊織は木刀作りにはかなりの自信と、並々ならぬこだわりがある。
それは当然のことで、修行時代に大先生と若先生の手によって何本の木刀を切り飛ばされ叩き折られたかもう数え切れないのだ。
しかも木刀がなければ打ち稽古は中断してしまうのだから、上達するのは当然といえる。
木材の選び方から削り方までもう熟練工のそれとも遜色ない腕を持っているのだ。
そして、伊織は2本の枇杷の枝をダイクからもらっていたのだがこの2本は太さが全く違った。
1本は打ち稽古用のものだが、もう1本は振り稽古用のもので打ち稽古用のものより太く重いものである。
振り稽古は伊織が唯一父から手ほどきを受けた修行法で、正しい姿勢でひたすら木刀を振り続けるというかなり厳しいものだ。
しかも全身の筋肉を万遍なく鍛えるために木刀の重さを段々増していき、それを日に1000回振り終わるまで終わらないというまさに地獄とも言える修行だった。
伊織が先生方の下で行なっていた時には振り稽古用のものには鉄芯がはめ込まれたものを用いていた。
もちろん今作っているこの木刀にも鉄芯をはめ込もうと伊織は考えている。
ヒュオン、ヒュオンと中庭に心地良い風切り音が響く。
――うむ、いい出来だ。これならば激しく打ちあっても大丈夫だろう。――
伊織が自作した木刀を振り、感触を確かめる。
この枇杷の木は木質がいいだけでなく、万遍なく乾かされており、かなりの品質だった。
伊織が木刀を作り終えた頃にはもう太陽は真上に上がりもう辺りは昼時に差し掛かろうとしていた。
――もうこんな時間か、そろそろエリオットが来る頃だな。――
そう考え削りカス等の掃除をし、食堂に行くことにした。
伊織が食堂で待っていると、最初に来たのはアルフレッドだった。
「あぁ、よかった! 間に合いましたね!!」
アルフレッドは伊織のもとに来つつそう言った。
「そんなに心配しなくてもまだ何も始まっちゃいない。 ギルドに行っていたんだろう?どうだった?」
伊織は笑いながらそう尋ねる。 するとアルフレッドは嬉しそうに
「そうですねぇ!イオリさん!これを見て下さい!!」
そう答えると、右腕を見せる。
そこには商人ギルドの紋章である円に釣り合った天秤の刺青がある。
そしてアルフレッドの名前の下には星が2つ輝いている。
「この前の功績が認められて、ランク2に上がったんですよ!!」
そう星の部分を指しながら嬉しそうに伊織に腕を見せる。
「そうか。それはよかったな。」
伊織も冷静だが嬉しそうにそう労う。
「はい!!これで自分の店に一歩近づきました!! これもあそこでイオリさんに助けていただいたからです!! 本当にありがとうございます!!」
そうアルフレッドはまた深く礼をする。
「そんなに言うことはないさ。その星はアルフレッドの実力で得たもので俺は何もしていない。 ただここまで一緒に来ることになっただけだ。」
伊織は相変わらずそう言うだけだ。
商人ギルドでは、もちろん利益を得ることも重視されるが、それよりも適正な価格で需要のある場所に確実に商品を流通させることを重視する傾向にある。
商人ギルドの誇りは公平と適正にあるからである。
商人ギルドの登録商人は、違法行為に関わっていない限りどんな相手とも取引をし、またギルドの定められた範囲内の値段で取引することが義務付けられている。
これにより大都市部から離れた町や村の支えになっているし、アレクトス王国とバクラン帝国の両方に同一価格で取引をしている。
商人ギルドの紋章が公平を表す円と適正を表す釣り合った天秤を模しているのはそのためである。
アルフレッドは山間部の村々に日用品を行商しており、住民の注文にもしっかり応えられると判断されたのでランクアップが認められた。
「商人ギルドではランクアップする度により多くの商品を取引することが出来るようになります。 それに重要度の高い商品も取引可能になるんですよ!」
そうアルフレッドは嬉しそうに話す。
実際商人ギルドではランク2から取引の幅がかなり広がる。
ここで自分が何をこれから商って行くのかを決め、将来自分の店を持った時の仕入先などの人脈作りをする。
アルフレッドも着実に信頼と実績を得て成長している。
伊織とアルフレッドが合流してしばらくした後、エリオットがやってきた。
しかしエリオットは後ろに三人の若者を連れてきていた。
一人目は偉丈夫で、総金属製のプレートメイルに鎖帷子を着こみ、大きな戦鎚を背負った逆立った髪をした青年。
二人目はオーソドックスなロングソードと円形のバックラーに、革を基本として要所々々を金属で補強してある鎧を着た、銀髪碧眼の整った顔立ちの青年。
そして三人目は軽さと速さを損なわない革製の鎧に2本のショートソードを腰に下げた茶色い髪を短めに切りそろえた女だ。
立ち居振る舞いや体の運びを見るに三人ともそれなりの実力者だということはすぐにわかった。
そしてよく見ると戦鎚の青年は手に大きな荷物を持っている。
木剣の一部が飛び出しているのを見ると、どうやら中身は訓練用具のようだ。
そしてエリオットは食堂の中を見回すとすぐに伊織達を見つけた。
「お待たせして申し訳ありません。 少し予想外の事態になりまして、遅くなってしまいました。」
そう伊織に謝る。 そして、
「彼らが私が言った、今度の依頼に協力してもらおうと思ってる三人組ですよ。 」
そう紹介する。
「あなたがイオリ殿ですね。 私はこのウルブズのリーダーで魔法戦士のウォルスです。よろしくお願いします。」
そう金髪の青年は右手を差し出しながら言う。
伊織は彼から自分を見極めるかのような視線を感じた。
続けて後ろの偉丈夫が
「俺はクリストフだ! まぁ、クリスって呼んでくれや!!」
そう手を掲げつつ名乗った。
「あたしはマルティナです。 みんなからはよくマルタって呼ばれてます! よろしくたお願いしますね!!」
もう一人の女も名乗った。
「伊織だ。こちらこそよろしく頼む。」
ウォルトと握手をかわしつつそう答える。
「本当は後日機会を設けようと思ったんですが、立ち合いのことを言ったら見たいと言い出しまして・・・」
エリオットは困り顔でそう言った。
「当たり前ですよ。 エリオットさんが自分から立ち会いを申し込むことなんて滅多に無いんですから。」
「そうだぜ!! こんな面白そうなもん見逃すわけにはいかねぇよ!!」
「そうそう♪」
ウルブズの三人は口々にそう続ける。
「それに、私達も関わりのあることですからね。 実力は自分たちの目で見ておきたいですし、余裕があれば私達とも一手立ち合って頂きたい。」
ウォルトはそう結んだ。
彼がウルブズの頭脳のようでなるべくリスクを減らしたいとのことなんだろう。
まぁ少々自信家の一面が顔を覗かせているけれども。
「俺は全く構わない。なんといっても俺はランク1の新人だからな。 君達の言い分は正しい。」
そう伊織は落ち着いて言った。
「話がわかるじゃねぇか!! じゃあ決まりだな!!」
クリストフが嬉しそうに言う。
彼は伊織のただならぬ空気を感じ取り、戦いたくてウズウズしているようだ。
「全く・・仕方ありませんね。 しかし一番手は私なのでお忘れなく。」
エリオットはウルブズ達を制するように言った。
「ならば、早いほうがいいな。 もう女将には話をつけてある。早速始めようか。」
伊織がそう言って皆を中庭に誘う。
「そうしましょうか。」
エリオットが答える。 その言葉の中には興奮の色がかすかに見られる。
エリオットもウズウズしていた口であるようだ。
伊織は女将にこれから始めると声をかけ中庭へ出た。
この中庭はそこまで広い訳ではないが立ち合うスペースは十分に確保できるぐらいの広さがあった。
「では準備しますので少しお待ちを。」
そうウォルトは言うと、クリストフが持っていた包の中から4本の棒状のものを取り出した。
それを線を引きつつ中庭へ設置すると、
「では、立ち合う者以外はこの線から出て下さい。 二人は準備ができたら中に入って下さい。」
とそう言った。
伊織は大小の刀を置き、打ち稽古用の木刀を持って中に入る。
エリオットも訓練用のたんぽ槍を持つと中に入った。
彼は肩や腰の動きの邪魔にならない様な革鎧を身にまとっている。
線の内側には二人が向かい合って立っている以外誰もいない。
「では、“我は求める、強き壁。ウォール!”」
ウォルトがそう唱えると光の壁が棒状のものを頂点に地面からせり上がってくる。
壁は5mほどせり上がると今度は中心に向かい囲っていく。
完全に塞がると透明になって見えなくなる。
「この壁は簡単には壊れません。 これで心置きなく出来るでしょう。」
そう自信げに言う。
どうやらここが舞台ということらしい。
――これが魔法か、実際に見るとすごいものだな――
そう伊織は思いつつも。
「じゃあ始めようか。」
いつもの口調でエリオットに言う。
「ええ! よろしくお願いします。」
たんぽ槍を構えながらエリオットも答える。
お互い得物を持つ手に力がはいる。
こうして二人の立ち合いは始まった。
なんとか立ち会いまで行きました。
まだ始まっただけですけどwww
なんか魔法の呪文を考えるのって中二脳全開で楽しく感じてしまいます。
魔法の設定はまた後の話で。
そういえば、普通に出してしまいましたが、たんぽ槍って分かりますよね?
よくある、槍の先端部分に丸いポンポンみたいのが付いている槍です。
槍は突く動作が多いので木製の槍頭だと危ないんだと思います。