剣客と盗賊と
遂におまちかね(だと信じたい)伊織VS邪眼のヴィンス!!
「これが、合図みたいだな。」
広場の方で鳴り響いた派手な爆発音を聞いた伊織はエリオットにそう言った。
「そうですね、では皆さん! 早速移動しますよ!!」
「エリオットが先導する。 皆はそれに続いて行けばいい。 俺が殿を務める。」
エリオットと伊織は人質達に素早く指示を出す。
「行きます!!」
その掛け声と共に人質達がグループでまとまって裏口から走り出す。
しっかりと目が行き届いておりはぐれる者を出すこともなく、進んでいく。
しかし、女と子供混じりの足であり、そこまで素早いとは言い切れない。
伊織は最後のグループが倉庫を出たのを確認して、裏口を閉める。
広場の方では威勢のいいクリストフの声が響きわたっている。
――どうやら、陽動は作戦通りに成功しているようだ。 あとはこちらが如何に素早く合流できるかだな。――
そう考えた矢先、倉庫の方で何か物音がした。
――ちっ! 追手か、敵もそう上手く動いてはくれないか・・ 仕方ないな。――
そう判断すると伊織は自分に一番近いグループのリーダーに声をかける。
「エリオットに伝えてくれ、そちらは俺に構わず囮と合流してくれと。」
「えっ!? はい!わかりました!! でもあなたは!?」
「どうやら俺には仕事ができたようだ! さあ、早く行くんだ!!」
伊織はそのまま立ち止まり人質達が森に入っていくのを見届ける。
そして、食糧倉庫の方に向き直る。
バッガァン!
すると裏口が蹴り破られ、中から男が五人出てきた。
その中で一人だけ異様な雰囲気の男がいる。
無造作な長髪での暗く妖しい眼光の蛮刀を携えた男である。
――こいつ、かなり遣うな・・・そしてあの目、やつめこれまでに人を何人も殺めてきているな。――
背は伊織と同じぐらい、しかし体重は伊織よりもありそうだ。
そこまで筋骨隆々というわけではないが、鍛えられていることが見て取れる。
「てめぇ!! なにもんだぁ!! ここにいた女と子供を何処やった!!!」
そう誰何する。
「なに! 何処にでもいるただのハンターだ。 人質達は救出させてもらった。」
「へっ!! この邪眼のヴィンス様をコケにしようなんてなぁ。てめぇ生かしちゃおかねぇぞ。」
ウィンスが伊織にそう言い放つ。
今までとは違い、冷徹で残忍な声だ。
その声に反応し伊織は静かに太刀の鯉口を切る。
「おいてめぇら!! 殺っちまえぇぇ!!」
ヴィンスの指示を受けた四人の盗賊が一斉に剣を振りかぶり伊織に襲いかかる。
伊織は盗賊達を待ち構える。
先頭の者の剣が振り下ろされようとした瞬間、伊織は踏み込みつつ抜き打ちに先頭の者を斬り捨てる。
「カハッ!!」
伊織の太刀を受けた者が血を吐きながら崩れる。
しかし、伊織は間髪をいれずその右奥にいたの者を袈裟斬りに打ち込む。
その者はガラ空きだった首筋を半分ほど断たれ血を吹き出しながら倒れでいく。
もちろん即死だ。
残った二人がやっと反応して左に向き直った時には、伊織は刀を正眼に付けじっと下っ端盗賊達を見据えていた。
「なっなんなんだよぉ、こいつ・・・」
「おっお頭ぁ・・ 助けてくれよぉ!」
瞬く間に仲間が二人もやられたのを目の当たりにし、完全に恐慌状態に陥ってしまった。
そして恐怖のあまりヴィンスに助けを求める。
しかしその瞬間、
「・・・チッ、バカ共が。」
「えっ!?」
その声に伊織に向き直るともう眼前に太刀が迫っていた。
伊織はその隙を見逃すほど生易しい相手ではなかった。
二人をそれぞれ首筋への袈裟斬りと右側に抜けつつ銅をなぎ払うことで沈める。
どちらも主要な動脈を断たれ死に至った。
そしてただ冷静に太刀の血潮を振り払いヴィンスと対峙する。
「てめぇぇ! なにが何処にでもいるハンターだよ! おめぇみたいなハンター見たことねぇぜ・・・」
ヴィンスは伊織をまっすぐ見つめ薄ら笑いを浮かべながら言う。
「そんなことはない。 これでも駆け出しだよ。」
伊織もヴィンスを見つめながらそう答えた。
二人の視線が交差する。
先のエリオットとの出会いにおいてもこういう場面はあったがそれとは纏う空気が違った。
お互いに相手を殺めるという決意、冷たく刺すような圧迫感。
この二人の間のそれはまさに殺気と呼ぶにふさわしいものだ。
「急所を一発でなんて、澄ました顔してえげつねぇな・・・」
ヴィンスは伊織を見つめたまま下卑た笑いを上げる。
「生かしておいても害になるだけだ。 ならいっそ苦しまないほうがいい」
伊織は堪えた様子もなく言い放った。
「お前は相当腕が立ちそうだ、なぜその力で人々に害をなす。」
「へっ!! おらぁ生まれた時から散々泥水を啜って生きてきた! 今更人の為もねぇなぁ。」
ヴィンスの邪眼といわれる目が伊織を見つめる。
「そうか、仕方がないな・・・」
「その通りよぉ・・・ 今更そんなことは仕方ねぇのさ。」
その言葉通り二人共何かを諦めるような、そんなどこか哀しい声だ。
ヴィンスは蛮刀を両手で構える。
ヴィンスの蛮刀は一般的なマチェットをより大きくしたような形だ。
刃渡りは1m以上あり鍔はない。
戦闘時には抜きっぱなしで用いる為、鞘は持ってきていない。
分厚い刀身とその重さと遠心力を利用して骨まで“叩き斬る”事の出来る大剣だ。
そしてヴィンスは右半身に立ち、肩よりも握り手が後ろに来るように蛮刀を構えている。
この構えはこういった長い刀身を持つ武器を構える際にしばしば見られる。
「ッハァ!!!」
ヴィンスは鋭い踏み込みと共に肩に担ぐ様にした蛮刀を振り下ろす。
ブゥオォン!!
そして伊織は体捌きだけで躱す。
「まぁだまだぁぁぁ!!」
しかしヴィンスはそこから横薙ぎに切り込み、そしてまた振り下ろす。
流れるような見事な剣捌きである。
全身を使い遠心力を殺さないように、一太刀一太刀常に最大の力で斬りこむ。
全てが必殺の一刀である。
食らえば容赦なく人を死に至らしめるだろう。
伊織はひたすら躱し続ける。
――あの得物とまともに打ち合っても勝ち目がない。狙うは一瞬、それだけだ。――
伊織の刀では打ち合っても、重量と遠心力で負けてしまう。
悪くすれば刀が使い物にならなくなる。
それを理解している伊織はひたすら躱し続けるしか無かった。
一旦伊織はヴィンスとの間合いを取る。
「おめぇ、ほんとにやるなぁ! ここまで躱されたのは始めてだ!! まぁ、流石に無傷って訳にはいかなかったみたいだがなぁ。」
そういうヴィンスの目線の先には、身体のあちこちを細かく斬られた伊織の姿がある。
そして一番深く入った右肩の傷からは赤い血がパタパタと流れている。
道着もかなりボロボロに切り裂かれている。
「そういうお前もかなりのものだ。俺が出会った中で先生方を抜かせば一番強いな。」
伊織もヴィンスを見つめて言う。
――この才能があればハンターとしても一流だろうに・・・――
伊織は叶わぬと知りつつもそう考えてしまう。
この状況を第三者が見れば恐らくヴィンスが優勢のように映るだろう。
しかしそう単純ではない。
――まじいなぁ、一対一でもギリギリだが、こいつの仲間が合流してきたら完全にこっちの負けだ。それに人質のこともあるグズグズできねぇ――
ヴィンスには時間の制約がある、一方の伊織にとって時間は味方だ。
伊織がここでヴィンスを引き付ければ人質は逃げ切れ、ウルブズやエリオットも負担が減る。
極論を言えば伊織は逃げまわるだけでも戦略的には一向にかまわないのだ。
そんな中刀を交える辺り伊織も剣客の端くれと言える。
「こっちもてめぇだけに時間をとられるわけにはいかねぇ・・決めさせてもらうぜ!」
そう言うとヴィンスは伊織に向かって行く。
そして振りかぶった蛮刀を角度をつけ振り下ろす。
狙うは人体の重要器官の密集する首から胸にかけてだ。
――ここだ!!――
その時伊織が動く。
しかし打ち込んだ訳ではない。
僅かに左に躱しながら、自身の刀の切っ先を蛮刀の軌道上に斜めに構える。
蛮刀が伊織の刀に当たる。
「なっ!?」
ヴィンスが驚いた声を上げる。
自分の頭上に剣線が来る位置に置かれた伊織の剣の刃を自慢の蛮刀が滑っていく。
伊織は刀の反りを用いて受け流したのだ。
その結果蛮刀の軌道が変わり、伊織のすぐ横を虚しく通り過ぎる。
そしてヴィンスは前に持っていかれるように体制を崩す。
そこは伊織の間合いだ。
伊織はそのままヴィンスの左の首筋に刃をを当て引く。
「ガッハッ!!」
その瞬間邪眼のヴィンスはこの世を去った。
人々を苦しめ続けた盗賊団の頭の最後は呆気無く幕を閉じた。
過去を振り返ることも、後悔も、満足感も与えられること無く、無慈悲に命を刈り取られた。
刀ってすごいです。
こんなことも出来るんですから。
まぁこんなことを可能にする剣術とそれを修める剣士の方がすごいんですけどね。
ヴィンスはあまりこういう小説では出てこないような設定です。
っと言うかこの小説にはこういう悪役を多く出して行きたいですね。
匂わせてはいますが、どういうことかはまたおいおいです。