第6話 中間管理職ケイ、前線へ出る(※事務作業で)
第6話 中間管理職ケイ、前線へ出る(※事務作業で)
東坑道の空気は腐っていた。
湿った岩肌。鼻を刺す魔獣の臭い。鉄みたいな血の匂い。坑道の奥からは低い唸り声が響き、壁の松明が赤黒く揺れている。
「第五群、討伐完了!」
「第二区画、安全確認!」
怒号が飛び交う中、『鋼鉄の牙』の冒険者たちは走り続けていた。
三日間の大量討伐。
普通なら崩壊する量。
だがケイが組んだシフト管理のおかげで、まだ誰も倒れていない。
休憩。
交代。
水分補給。
信じられないことに、冒険者たちは“管理”されながら戦っていた。
「くそっ、次だ次!」
ガルガが大剣を振り抜く。
魔獣の首が飛び、熱い血が岩壁へ飛び散った。
「ガルガ、前出すぎ!」
後方からセリアの声。
「わかってる!」
「わかってないから言ってんのよ!」
いつもの言い合い。
だが以前ほど険悪ではない。
その時だった。
坑道の奥から、ずるり、と何か巨大なものが這い出る音がした。
空気が変わる。
冷たい。
嫌な圧迫感。
冒険者たちの顔色が変わった。
「……おい」
「なんだあれ」
暗闇から現れたのは、巨大な黒い獣だった。
四足。
異様に長い腕。
裂けた口から紫色の唾液が垂れている。
目が赤い。
明らかに雑魚ではない。
セリアの声が震えた。
「Bランク……!? なんでこんな場所に……!」
「予定にねぇぞ!!」
誰かが叫ぶ。
空気が一瞬で崩れる。
恐怖が伝染する。
その瞬間。
ガァァァァァッ!!
魔獣が咆哮した。
鼓膜が震える。
次の瞬間には地面を砕きながら突進してきた。
「散開!!」
ガルガが叫ぶ。
だが遅い。
前衛の一人が吹き飛ばされ、岩壁へ叩きつけられた。
「ぐあっ!!」
「マルク!!」
「くそっ、隊列崩れ――」
そこで。
通信水晶が淡く光った。
『――落ち着いてください』
静かな声。
ケイだった。
その声だけ、妙に温度が違う。
怒鳴り声と血の臭いの中で、そこだけ会議室みたいに冷静だった。
「ケイ! Bランクだ!! 想定外だぞ!!」
『はい。確認済みです』
「確認済み!?」
『ガルガ様、左から敵が来ます。三秒以内に防御姿勢を』
「は?」
反射的にガルガが剣を構えた。
次の瞬間。
横穴から小型魔獣が飛び出してくる。
「うおっ!?」
ギィン!!
辛うじて防御が間に合った。
「な、なんでわかった!?」
『足音です』
「聞こえねぇよ!!」
『聞こえます』
「怖ぇよ!!」
だが、そのやり取りのおかげで空気が少し戻る。
パニックが止まる。
ケイの声が続いた。
『セリア様』
「な、なによ!」
『ガルガ様のHPが四十パーセントを切ったらヒール』
「えいちぴー?」
『顔色と出血量です』
「最初からそう言え!!」
『感情的にならず、マシーンになってください』
「無茶言うな!!」
だがセリアは深呼吸した。
癖みたいに怒鳴り返しそうになって。
止めた。
ケイの声を聞いていると、不思議と頭が冷える。
『第一班、後退。第二班、槍持ち前進。第三班は右通路封鎖』
「了解!!」
誰かが即答する。
いつの間にか。
冒険者たちはケイの指示を待つようになっていた。
魔獣が再び突進する。
岩が砕ける。
熱い息。
腐臭。
赤い目。
ガルガが歯を食いしばった。
「うおおおお!!」
剣を叩き込む。
だが硬い。
刃が浅い。
その瞬間、巨大な腕が振り下ろされる。
「ガルガ!!」
『防御』
ケイの声。
短い。
ガルガは反射的に剣を横へ。
直後、衝撃。
骨が軋む。
だが致命傷ではない。
「っ……!」
『HP四十二。まだ耐えられます』
「だからその数値なんなんだよ!!」
『セリア様、今です』
「わかってる!!」
白い光が走る。
傷が塞がる。
熱かった血が冷えていく。
ガルガは息を呑んだ。
いつもなら、ここで焦る。
怒鳴る。
突っ込む。
でも今は違う。
耳に入る。
あの静かな声が。
『慌てなくて大丈夫です』
ケイの声。
『予定通りです』
その言葉が妙に安心する。
予定通り。
それだけで。
まるでこの地獄にも終わりがあるみたいに聞こえた。
『右脚を狙ってください』
「了解!!」
槍が刺さる。
魔獣の体勢が崩れる。
『今です、ガルガ様』
「おおおおおお!!」
大剣が振り下ろされる。
轟音。
黒い血飛沫。
魔獣の首が岩床へ落ちた。
静寂。
誰も動けない。
荒い呼吸だけが響く。
血の臭い。
汗。
松明の煙。
そして通信水晶から、いつもの静かな声。
『討伐完了ですね』
数秒後。
「……勝った」
誰かが呟いた。
「Bランクを……」
「死者なしで……」
冒険者たちが互いを見る。
信じられない顔。
ガルガは肩で息をしながら通信水晶を睨んだ。
「おいケイ」
『はい』
「お前ほんと何者だよ……」
少し沈黙。
そして。
『中間管理職です』
「意味わかんねぇよ!!」
坑道に笑い声が響いた。
疲れ切った笑いだった。
だが確かに。
絶望しかけていた空気は、そこにはもうなかった。




