表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/11

第5話 納期厳守の討伐戦(デスマーチの始まり)

第5話 納期厳守の討伐戦(デスマーチの始まり)


 その依頼書が届いた瞬間、『鋼鉄の牙』の空気は凍った。


 朝のロビーには雨上がりの湿気が残っていた。濡れた革鎧の臭い、薬草を煮込む苦い匂い、昨夜の酒臭さ。窓の外では灰色の空の下、鐘の音が鈍く響いている。


 ヴィクトリアは羊皮紙を持ったまま青ざめていた。


「……嘘だろ」


「どうしました」


 帳簿を整理していたケイが顔を上げる。


 ヴィクトリアは震える手で依頼書を差し出した。


「東坑道の魔獣異常発生……討伐指定数、百二十体……期限、三日……」


 ロビーがざわつく。


「百二十!?」


「無茶だろ!!」


「三日で終わる量じゃねぇ!!」


 冒険者たちの怒声が飛び交う。


 ガルガが依頼書を奪い取った。


「チッ……『黒狼の爪』か」


 その名前に空気が険しくなる。


 『黒狼の爪』。


 この街最大のギルド。


 そして『鋼鉄の牙』を潰したがっている連中だ。


「嫌がらせだな」


 セリアが吐き捨てる。


「こんなの受けたら死人が出る」


「でも断ったら終わりだぞ……」


 誰かが呟く。


 その通りだった。


 今の『鋼鉄の牙』には金がない。大型依頼を蹴れば資金繰りが止まる。


 原作でも、これが崩壊の始まりだった。


 無理な討伐。


 疲弊。


 連携崩壊。


 死者。


 裏切り。


 そしてギルドは壊れる。


 ヴィクトリアの唇が震える。


「どうする……」


 誰も答えられない。


 重たい沈黙。


 その時だった。


「なるほど」


 ケイが依頼書を見ながら呟く。


「典型的ですね」


「……は?」


「ただのデスマーチです」


 空気が止まった。


「ただのってお前……!」


 ガルガが怒鳴る。


「死ぬぞこれ!!」


「前世に比べれば天国です」


「どんな地獄で働いてたんだよ!?」


 ケイは無視してロビー中央へ歩いた。


 そして巨大な紙を広げる。


 ばさり、と机いっぱいに広がる羊皮紙。


 そこにはびっしりと名前と線が書かれていた。


「な、なんだこれ……」


「シフト表です」


「しふと?」


「24時間運用管理表」


「嫌な予感しかしねぇ」


 ケイは羽ペンを走らせる。


「まず戦力分析を行いました」


 名前が並ぶ。


 ガルガ、セリア、レン、マルク、リナ。


 その横には細かい文字。


『前衛特化』


『持久力低』


『夜間索敵適性』


『対毒耐性あり』


「え、ちょっと待って」


 セリアが顔を引きつらせる。


「なんでそんな細かく把握してるの」


「観察しました」


「怖っ」


「ガルガ様は瞬間火力が高いですが継戦能力が低いので四時間交代」


「馬みたいに言うな!!」


「セリア様は回復効率が高い反面、感情でMP消費が乱れるため補助役を追加」


「感情でMP消費って何!?」


「イライラすると回復精度が落ちています」


「うっ」


「あとレン様は集中力が夜型です」


 隅で酒を飲んでいた男が吹き出した。


「なんで知ってんだよ!?」


「昼間ずっと眠そうなので」


「見てんじゃねぇよ!!」


 ロビーが騒がしくなる。


 だがケイは止まらない。


「今から部隊を三交代制にします」


「三交代?」


「睡眠時間を強制確保します」


「はぁ!?」


「疲労蓄積による事故率を避けるためです」


 ケイは壁へ新しいボードを貼った。


『第一班』


『第二班』


『第三班』


 時間ごとに色分けされている。


「え、休めるのか?」


 若い冒険者が目を丸くする。


「はい」


「でも期限三日だぞ!?」


「だからです」


 ケイは静かに答えた。


「徹夜した人間は判断を誤ります」


 その声に、妙な重みがあった。


 一瞬だけ。


 ケイの脳裏に白い蛍光灯が過る。


 終わらない会議。


 机に突っ伏した同僚。


『あと三日だけ頑張ろう』


 そう言った上司が翌週消えた。


 息が少し詰まる。


 だが表情は変えない。


「全員、二時間ごとに水分補給。食事は必須。無断残業は禁止」


「冒険に残業って言葉使うな!!」


「あと」


 ケイはガルガを見る。


「単独突撃は禁止です」


「なんで俺だけ!」


「死亡率が高いので」


「ぐっ……」


「感情で動くと全体効率が崩れます」


「お前さぁ!!」


 ガルガが頭を抱える。


 だが周囲は少しずつ静かになっていた。


 不思議だった。


 無茶な依頼のはずなのに。


 ケイが紙にして、順番を決めて、役割を並べるだけで。


 “終わるかもしれない”と思えてしまう。


「……ケイ」


 ヴィクトリアが小さく呼ぶ。


「本当にできるのか」


「できます」


「なんでそんな言い切れる」


「終わらない仕事は存在しません」


「いやあるだろ!?」


「あります」


「あるのかよ!」


「その場合は人が壊れます」


 ロビーが静まり返る。


 ケイは淡々と続けた。


「なので今回は壊れる前提を排除します」


「…………」


「皆さん」


 ケイは冒険者たちを見回した。


「これは戦争ではありません」


「じゃあ何だよ」


「納期管理です」


 全員が変な顔をした。


 だが。


 次の瞬間。


「第一班、集合」


 ケイの声が響く。


 すると自然に冒険者たちが動き始めた。


 武器確認。


 食料確認。


 回復薬配布。


 まるで軍隊みたいだった。


 ガルガがぼそりと呟く。


「……なんか腹立つけど動きやすいな」


「はい」


「なんでだ」


「無駄が減ったので」


 セリアが苦笑する。


「ほんと、何者なのよアンタ」


 ケイは少しだけ黙った。


 雨上がりの光が窓から差し込む。


 埃が白く浮かんで見えた。


 そして彼は静かに答える。


「納期に追われ続けた、ただの一般人です」


 その言葉だけが。


 なぜか誰よりも重たく響いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ