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おにぎり屋ふくふく|春のにおい
ある日。
ふくふくの前の通りに、
やわらかな風が吹きました。
「なんだか、いいにおいするね!」
トラが、ぴょんと顔を上げます。
ミケも気づきました。
「ほんとだ」
シロは、ふっと微笑みます。
「春よ」
通りの向こうに、桜の木が咲きはじめていました。
お客さんたちも、どこか楽しそうです。
「お花見しながら食べたいねぇ」
「外で食べるのもいいわね」
ふくさんは、にっこり。
「じゃあ、今日は少し多めに握ろうかねぇ」
クロたちは、外へ出ます。
風が、やさしく吹きます。
桜の花びらが、ひらり。
トラが追いかけて、
まぐろが笑って、
ミケが「落ち着きなさいよ」って言って、
シロが静かに見守ります。
クロは――
その中にいました。
ふと、空を見上げます。
ひらひらと舞う花びら。
あたたかい光。
「にゃ」
その声は、軽やかでした。
もう、あの夜の影はありません。
おにぎりを持った人たちが、桜の下で笑っています。
「おいしいね」
「なんだか、うれしくなるね」
その声が、風に乗ります。
クロは、しっぽをふわりと揺らしました。
ふくふくの前で、ふくさんが見ています。
「いい季節だねぇ」
その声に、クロは振り向いて――
ゆっくりと、店の方へ歩いていきました。
その背中は、もう迷っていませんでした。
春のにおいの中で、ふくふくは今日も、やさしく続いていきます。




