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令嬢ゲーマー、婿活はじめます  作者: ベルガ・モルザ


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第八記録【韓国ドラマ的急展開と年齢の壁】




四月四日、午前。

五十階、特別監査室前の廊下。

そこは今、さながらファッションショーのランウェイと化していた。


カツ、カツ、カツ。

大理石の床を叩く、ヒールの鋭い音。

私はモデルのように背筋を伸ばし、颯爽と歩いていた。


「……ねぇ明菜。これ、本当に風紀チェックする側の格好なの?」


私は口元だけで、横を浮遊する紫のスーツの女に問いかけた。


今日の私の装備――【セクシー・スパイセット】は、控えめに言っても過激だった。

純白のワイシャツは第二ボタンまで大胆に開けられ、胸元のラインを強調している。

ボトムスは真っ赤なミニタイトスカート。深いスリットが入っていて、歩くたびに太ももがチラ見えする。

そして極めつけは、黒の網タイツに、光沢のある赤いエナメルピンヒール。


完全に秘書コスのAVか、夜のお店の出勤風景だ。

「風紀チェックに来ました♡」なんて言ったら、逆に風紀を乱している罪で逮捕されそう。


『何言ってるのよ。女は愛嬌、度胸、そして露出よ!』


明菜は手にしたSM嬢のような鞭をビュンと鳴らした。


『経営戦略室への視察なんでしょ? 相手は百戦錬磨のコンサルタントよ。ジャージなんて舐めた格好で行ったら、玄関先で門前払いだわ。まずは視覚情報で脳をバグらせなさい』


「バグらせるって……」


ため息をつきつつも、私は前を向いた。


すれ違う男性社員たちが、驚いたように振り返る。


「うおっ……」

「すげぇ美人……誰だあれ?」

「秘書課の新人か? 足なっが……」


囁き声が聞こえる。


まんざらでもない。

昨日のジャージ事件の汚名を返上するかのように、私は胸を張った。


フフン、チョロいぜモブども。

私の美貌にひれ伏すがいい。

所詮、男なんて視覚情報の奴隷なのだ。


『あら〜、みんな騙されちゃって。単純ねぇ』


明菜が私の耳元で、わざとらしく大きな声を上げた。


『この子、中身はジャージでポテチ食ってる干物女なのにねぇ〜! ホントはこんなイイ女キャラじゃないのよ〜! ただの着せ替え人形よ〜!』


ピキッ。

私のこめかみに青筋が立つ。


余計なこと言うな。せっかくいい気分で歩いてるのに。


『ほら見て、あの営業マンの目! 「今夜イケるかな」とか考えてるわよ〜! 残念でした〜、この子、男性経験値ゼロの魔法使い予備軍でーす!』


「うるさいっ!!」


ブチッ。

堪忍袋の緒が切れた。


私は立ち止まり、明菜がいる方向に向かって怒鳴りつけた。


「いちいち言わなくてもいいじゃんかー!!」


シーン……。

廊下の空気が凍りついた。


怒鳴り声が反響して消えていく。


「え……誰と喋ってるの?」

「Bluetoothイヤホン……してないよな?」

「ヤバい人? 関わらないほうがいいんじゃ……」


周囲の社員たちが、ビクッとして後ずさりする。


さっきまでの「すげぇ美人」を見る熱視線が、一瞬で「不審者を見る目」に変わった。

サーッとモーゼの海割れのように道が開けていく。


「あ……」


やってしまった。

また自爆だ。

美人局ならぬ、美人自爆テロ。


『アハハハ! 最高! ドン引きされてるわよ!』


明菜がケタケタと笑い転げている。


くそっ、この悪魔め。覚えてろよ。


その時だった。


開けた道の向こうから、一人の男が早足で歩いてきた。


黒のスーツを完璧に着こなした、長身の青年。

彼はスマホを耳に当て、流暢な英語で捲し立てながら、忙しそうにこちらへ向かってくる。


「――No, that's unacceptable. The deadline is absolute.(いいえ、それは容認できません。締め切りは絶対です)」


すれ違う瞬間。

私の視界がスローモーションになった。


黒髪のセンターパートから覗く、切れ長の鋭い瞳。

透き通るような白い肌は、まるでK-POPアイドルのように発光している。

ハイライトが当たっているかのような、完璧な肌質。


……うわっ、顔面つっよ。


私は思わず息を飲んだ。


 コイツの名前たしかソ・ユンジンだったよね


てか!アイドルかよ。肌のテクスチャ解像度どうなってんの? 毛穴ゼロ? 4K対応?

さいくぅー(最高)! かっけぇぇぇ!


完全にただのファンの目線になってしまう。

推せる。顔面だけで推せる。


ユンジンは私を一瞥した。

一瞬、彼の目が大きく見開かれた気がした。


でも、彼は立ち止まらず、良い香りを残して通り過ぎていく。


……あれ? 気づいてない?


どうやら彼は、このセクシーお姉さんが、入社式の「一条茉莉子」だとは気づいていないらしい。

「社内に現れた謎の美女」として認識されたようだ。


ビュンッ!

明菜が鞭を一振りした。


空中にウィンドウが表示される。


【ユンジンのステータス】

好感度: 爆増(↑) ※別人だと思っているため

性欲値: 100(MAX)

弱点: お姉さんな色気が素敵(年上の余裕に弱い?)


「……は?」


私は二度見した。


性欲値、100!?

カンストしてるじゃん!


昨日の剣崎の「ゼロ」からの振り幅が凄すぎる。

あのクールな顔して、中身はむっつりスケベだったのか。


お姉さん好き? 年上の余裕?

なるほど、そういうのが好みか。


『ほら! 今がチャンスよ!』


明菜が私の背中を、鞭の柄でグイッと押した。


『性欲値カンストなんてボーナスステージじゃない! 逃す手はないわよ! 追いかけて! クレオパトラは言ったわ。「誘惑とは、男の幻想を鏡のように映すこと」ってね! 彼が求めてる「イイ女」を演じきってやりなさい!』


らじゃー! 明菜先生!!


私はハイヒールで床を蹴り、彼を追った。


廊下の突き当たりにある、少し狭い休憩スペース。

そこに、ユンジンの背中があった。


彼は自販機で買ったらしい紙コップのお茶を飲み、ふぅ、と一息ついている。

電話は終わったようだ。


よし。

ここだ。ここで仕留める。


私は深呼吸をした。


大丈夫。今日の私は「セクシー・スパイ」だ。

中身はジャージの干物女だけど、ガワは最強装備だ。


よし、やってやる。この装備の性能を信じろ……!


【スキル発動:女優モード(妖艶なスパイ)】


私はスイッチを入れた。

目つきを変える。姿勢を正す。


【コマンド入力:少しだけ身体をくねらす(成功率50%)】


私はユンジンの背後に忍び寄った。

髪をかき上げながら、不自然にならないギリギリのラインで腰をくねらせて近づく。


傍から見たら「腰痛持ちのモデル歩き」に見えなくもないが、ギリギリセーフだと思いたい。


カツ……カツ……。

足音を響かせる。


気配を感じたのか、ユンジンが振り返った。


「……ん?」


私と目が合う。


妖艶に微笑む私を見て、彼の瞳孔がカッと開いたのがわかった。


食いついた!


彼は持っていた紙コップをサイドテーブルに置くと、迷わず私の方へ向き直った。

そして、グイッと距離を詰めてくる。


早い。

逃げる隙もない。


ドンッ。

背中が壁に当たった。


壁ドンだ。

いや、それだけじゃない。


彼の長い指が伸びてきて、私の顎をクイッと持ち上げた。


「ひゃっ」


近い!

顔が近い!

毛穴がない! まつ毛長い!


私の心臓が爆発しそうになる。


こんな少女漫画みたいなシチュエーション、現実にあるの!?

しかも相手は超絶イケメン。


ユンジンは私を見下ろし、目を細めた。

獲物を捕らえた肉食獣のような、でもどこか甘い目。


そして、低く囁いた。


「オッパルル ユホカヌン ゴヤ?」


「……は?」


吐息がかかる距離。

セクシーな響き。


でも、意味がわからない。

何語? 韓国語?


私の脳内翻訳機はエラーを起こしてフリーズした。


色気も何もない、素の返事が出てしまう。


私の反応を見て、ユンジンはフッと余裕の笑みを浮かべた。

通じなかったのが可愛い、とでも言いたげな顔だ。


彼は日本語で、ゆっくりと言い直した。


「……聞こえなかったですか? 『オッパ(お兄さん)』を誘惑するつもりですか? って聞いたんです」


オッパ。

お兄さん。


彼の目には、「年下の小悪魔的な美女が、年上の自分を誘惑しに来た」というフィルターがかかっている。


「ボクを落とせると思ってるんですか? 可愛いですね」という、マウント混じりの視線。


……あぁ、なるほど。


私は冷静になった。

一気に熱が冷めていくのを感じた。


オッパ?

お兄さん?


……いや、待てよ。


私は顎を掴まれたまま、彼の目をまっすぐに見た。

そして、真顔でツッコミを入れた。


「あの……お兄さんって……」


「ん?」


「私、たぶんキミとタメだよ?」


ピシッ。

ユンジンの完璧な笑顔に、亀裂が入った気がした。


「今年23の代だよね? 大卒一年目。私もそうだし」


「……」


「なんなら誕生日、私三月だから。五月生まれのキミより、学年は一緒だけど生まれは早いかも」


「……は?」


ユンジンの動きが止まった。

顎を掴んでいた手が、凍りついたように動かない。


「……同い年?」


「うん。同い年」


『あーあ』


明菜が呆れ顔で、一枚のカードを私の目の前に出した。

ぼんやりと光る、不安げな月のカード。


【THE MOON(月)】

意味は「幻影」「誤解」「欺瞞」。


『魔法が解けちゃった。シンデレラの鐘が鳴るのが早すぎたわね』


ユンジンはパッと私の顎から手を離し、後ずさりした。


その顔は、幽霊を見たかのように青ざめ、そして絶望していた。

さっきまでの余裕たっぷりの「オッパ」の顔はどこにもない。


「嘘だ……」


彼は頭を抱えた。


「こんなに色っぽいのに……同い年!? ヌナ(お姉さん)でもなく、ヨドンセン(妹)でもなく……チング(友達)!?」


彼の心の声が、ダダ漏れになって聞こえてくるようだ。


(ボクの『年下を守ってあげたい欲』も、『年上に甘えたい欲』も満たせない……ただの対等な女……ッ!)


どうやら彼は、極度の「年齢差萌え」属性らしい。

同い年という「対等な関係」には、一切の萌えを感じない、めんどくさい野郎だ。


「失礼しますッ!」


彼は顔を真っ赤にし、逃げるように部屋を出て行った。


さっきまでの「性欲値100」のオーラは完全に消え失せ、賢者モードのような「スンッ」とした背中だった。


取り残された私。

静まり返った休憩室。


「……え、何今の」


私は呆然と呟いた。


「勝手に盛り上がって、勝手に失望されたんだけど。解せぬ」


結局、何も始まらず、何も終わらなかった。

ただ、彼の性癖の歪みだけが露呈した形だ。


私はスマホを取り出し、リストを更新した。


ソ ユンジン → 【顔はいいけど年齢にうるさい面倒くさい男(性欲値の変動激しすぎ)】


「……はぁ。疲れた」


私はヒールで痛む足をさすりながら、休憩室を後にした。


色仕掛け作戦、失敗。

現実はゲームのように、ステータスだけで攻略できるほど甘くないらしい。


……っていうか、私の「年下」演技、そんなに完璧だったのかな?

それとも、彼が勝手に夢を見ていただけなのか。


どっちにしろ、次はもう少しマシな相手がいい。


そう願いながら、私は特別監査室へのエレベーターに乗り込んだ。




【明菜先生の研究メモ】


被験者データ No.002

・氏名:九条茉莉子(ハンドルネーム:セクシー・コネ条)

・職業:年齢詐称疑惑のスパイ


現在のステータス

・魅力:A(外見だけならトップクラス。中身は……ノーコメント)

・メンタル:C(理不尽な振られ方にモヤモヤ中)


新規獲得アイテム

・【お姉さん属性】:一部の層には刺さるが、同い年には無効化される諸刃の剣。

・【韓国語の知識】:オッパ=お兄さん。なお、使う機会はもうない模様。多分。


【明菜の分析ログ】

惜しかったわねぇ。

あと少しで陥落だったのに、まさか「年齢」という名のバグで弾かれるとは。


男の性癖っていうのは、海よりも深くて複雑怪奇なものなのよ。


「同い年」がダメなら、次はどうする?

「妹」キャラでいく? それとも……?

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