表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
令嬢ゲーマー、婿活はじめます  作者: ベルガ・モルザ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/42

第六記録【風紀チェックという名のジャージ徘徊】




四月三日、正午。


「ん〜〜〜っ! 最高! 勝利の味!」


五十階、特別監査室。

私のセーフハウスにして、ピンク色の要塞。


その中央に置かれた、無駄に高そうなローテーブルの上には、これまた無駄に豪華なランチが並べられている。

キャビア、フォアグラ、トリュフ。

世界三大珍味のコンボだ。


執事の直之が「お嬢様の戦勝祝いに」と、朝から腕によりをかけて作ったフルコースである。


私は首からナプキンをかけ、行儀悪くフォークを振り回した。


「アハハハ! ちょろい、ちょろい! リアルなんてこんなもんよ!」


昨日の大山田攻略戦での勝利が、私の脳内麻薬をドバドバと分泌させていた。

筋肉は裏切らない。そして、私の運も裏切らない。


「美味しいご飯食べて、適当に男転がして、私は勝ち組だぁー!」


「お嬢様は素晴らしいです。まさに帝王学の極み」


直之がサングラスの奥で目を細め、恭しく紅茶を注ぐ。

この巨漢、私を甘やかすことにかけては天才的だ。


『……アホね』


呆れ果てた声が、天井から降ってきた。

見上げれば、シャンデリアの上に優雅に腰掛けた明菜が、派手な扇子をパタパタとさせている。


『マリー・アントワネットは言ったわ。「パンがなければケーキを食べればいい」ってね。……今のアンタ、ギロチン台に送られる直前の貴族みたいよ?』


スター状態の私にそんな言葉聞かん聞かん!

今は勝利の美酒に酔わせろって〜の。


私はフォアグラを一口で頬張り、スマホを取り出した。

大樹とのチャット画面を開く。


「おーい、飯食ったか?」という短文と共に、大量のちくわスタンプが送られてきている。


ほら、順調じゃん。

このまま適当に返信して、一年間引っ張れば私の勝ちだ。



 


午後一時。


満腹になった私は、高級ソファでゴロゴロと芋虫のように転がっていた。

動きたくない。

このままここでYoutubo見て、定時まで粘りたい。


それが正しい社内ニートのあり方だ。


シャッ、シャッ、シャッ。


不快な音が鼓膜を叩く。

明菜だ。


彼女は私の目の前で、無言のままアルカナカードを展開していた。

三枚のカードが、空中に浮かび上がる。

すべて、鋭利な刃物が描かれた不吉な絵柄。


『じゃーん♡』


明菜がニヤリと笑う。


『剣の王、剣の騎士、剣の小姓。問答無用の「剣崎恭弥」コンボよ。さっさと地下に行きなさい♡』


「えー……」


私は心の底から嫌そうな声を上げた。


あのマッドサイエンティストかぁ。

気難しそうだし、絶対話通じないタイプじゃん……MP吸い取られるだけだって。


『行くの? 行かないの?』


明菜の手元に、巨大なハリセンが出現する。


行きます。行けばいいんでしょ。


私は渋々起き上がった。




地下二階、ロボット開発部。


エレベーターの扉が開いた瞬間、空気が変わった。


「うっ……」


鼻をつく機械油の匂い。

焦げた回路の独特な臭気。

そして、重低音で響き続けるサーバーの駆動音。


くさっ。なにこの理系臭。

空気清浄機置いてないの? 消臭スプレー撒きたい。


私は鼻をつまみながら、薄暗い通路を歩いた。


人の気配がない。

みんなラボに籠もっているのか、廊下は静まり返っている。


よし、誰もいない。

適当に一周して「視察しました」って報告すればいいや。


そう思って、気を抜いた瞬間だった。


「ここで何をしている?」


「ヒェッ!?」


耳元……いや、背後霊のような至近距離から声がした。


その声は、深海の底の底にある水圧のように重く、そして絶対零度のように冷たい。


私は心臓を口から吐き出しそうになりながら、その場で飛び上がって振り返った。


そこにいたのは、白衣の男。

剣崎恭弥だ。


仁王立ちで私を見下ろしている。

銀縁メガネの奥にある瞳は、アイスブルー。

感情の色が一切ない、無機質なレンズのような目。


「あ、あの……」


心臓バクバク。

でも、昨日の成功体験が私を支えていた。


笑顔だ。笑顔で乗り切ればなんとかなる。


私は右手を頭の後ろに回し、アニメのドジっ子キャラのように「アハハハ」と笑って見せた。


「いやぁ〜、ちょっと迷子になっちゃったみたいで〜。ここ、広いですねぇ〜」


完璧なごまかし。

……のつもりだった。


剣崎は眉ひとつ動かさなかった。

ただ、冷ややかに言い放った。


「誰かと思えば、ドジな新人で有名な『コネ条茉莉子』か」


ピキッ。


私のこめかみで、何かが切れる音がした。


コネ条?

今、コネ条って言った?


はぁ? 誰が上手いこと言えと。

センス古くない? しかも本人を前にして言う?


「……なんだとー! 誰がコネ条じゃー!」


私は反射的に言い返していた。

怒っているというより、売り言葉に買い言葉だ。


ギャグ漫画のツッコミみたいな口調になってしまう。


剣崎は無造作なアッシュグレーの髪を、神経質そうにかき上げた。


「用件は何だ? 無意味な徘徊はリソースの無駄だ。さっさと持ち場に戻れ」


「うっ……」


正論パンチ。


でも、ここで引き下がったら「コネ条」の名折れだ。

認めたくないけど。


「わ、私の仕事は社員の風紀チェックなんですー! 今日はここを視察に来たの! ちゃんと仕事してるか見に来たんですー!」


私は胸を張って宣言した。


どうだ、これなら文句あるまい。


剣崎は私の顔をじっと見た。

そして、眼鏡をクイッと中指で押し上げた。


レンズがキラーンと光る。


「……ほう。風紀チェック、か」


「そ、そうですよ!」


「何が風紀チェックだ。お前のその服はなんだ。それは風紀を乱していないのか?」


「え?」


服?


私は自分の体を見下ろした。


そこにあるはずの、完璧なブラウス。


……は、どこにもなかった。


代わりに私が着ていたのは、紺色の、少し毛玉がついた、ダサいジャージ。

私の中学時代の芋ジャージ。


「……あ」


思考停止。


しまったぁー!

ランチの後、満腹で苦しかったから、楽な格好に着替えたまま出てきちゃった……!


セーフハウスでの油断が、ここで致命傷になった。


「……」


沈黙。

気まずすぎる沈黙。


穴があったら入りたい。

いや、今すぐログアウトしたい。


風紀チェックに来た人間が、一番風紀を乱してるなんて、どんなギャグよ。


でも。


ここで逃げ出したら、一生「ジャージのコネ条」として語り継がれてしまう。


私の脳内回路が、高速で演算を始めた。


逃げるな。押し通せ。

嘘も突き通せば真実になるって、明菜も言ってた。


【スキル発動:女優モード(厚顔無恥Ver.)】


私はキリッと顔を引き締め、ジャージの襟を正した。


「……フッ。お目が高いですね」


「は?」


「これは、動きやすさを重視した、最新の視察用アクティブウェアです! 現場の空気になじむための、高度な偽装工作なんですよ!」


大嘘だ。

自分でも何を言ってるのかわからない。


でも、私は止まらない。


胸を張り、仁王立ちして彼を指差した。


「さぁ、ぐずぐずしないで私を案内しなさーい!」


えっへん!


剣崎は、口を半開きにして私を見ていた。

呆気にとられている。


あまりの堂々とした態度と馬鹿馬鹿しさに、毒気を抜かれたらしい。


「はぁ……」


深く、長く、重い溜息をつく。

彼は肩の力を抜いた。


「ついて来い。さっさと終わらせて帰ってもらう」


勝った。

無理やり押し通した。


私は心の中でガッツポーズをしながら、彼の後をついて行った。




ラボの中は、まさに秘密基地だった。


無数のロボットアーム、むき出しの配線、点滅するモニター。

男のロマンが詰まっている場所だ。


私にはゴミ屋敷に見えるけど。


「これが新型のアクチュエータだ。従来の油圧式とは異なり、形状記憶合金を用いた人工筋肉を……」


剣崎の説明が始まった。


長い。

そして難解だ。


「このトルク制御が……量子化誤差を……」


呪文? 何語?

日本語で喋ってほしい。


「へぇ〜」「すごいですね〜」


私は適当に相槌を打つマシーンと化していた。


眠い。

早く帰って寝たい。


そんな時だった。


ふと、個人デスクに目が止まった。


そこは、カオスだった。


難解な専門書や図面が山のように積み上げられている。

その隙間に、場違いなほど極彩色の何かが挟まっていた。


DVDのパッケージだ。


そこに描かれているのは、巨大な竜巻。

そしてその中を舞う、無数の凶暴なサメ。

チェーンソーを持った主人公。


ありえない構図。

B級映画の金字塔。


私は思考するより先に、口が動いていた。


「あ、これ『シャークトルネード』の3作目……」


ピタリ。


前を歩いていた剣崎の足が止まった。

空気が凍りつく。


ゆっくりと、彼が振り返る。


その表情は、先ほどまでの冷徹な「開発部長」のものではなかった。


眼鏡が、怪しく光る。


「……ほう」


低く、地を這うような声。

でもそこには、明らかな「熱」が灯っていた。


「お前、これを知っているのか?」


アイスブルーの瞳が、獲物を見つけたサメのように、私をロックオンした。


……あれ?

もしかして私、とんでもない地雷フラグ踏んだ?




【明菜先生の研究メモ】


被験者データ No.002

・氏名:九条茉莉子(ハンドルネーム:コネ条茉莉子)

・職業:不審者(ジャージ着用)


現在のステータス

・魅力:D(ビジュアルは最悪。ただし「インパクト」だけはSランク)

・メンタル:A(羞恥心を置き去りにした無敵モード)


新規獲得アイテム

・【芋ジャージ】:防御力0、機動力50、社会的威厳-100。

・【B級サメ映画の知識】:一部の変人マニアにのみ特攻ダメージを与える隠し武器。




【明菜の分析ログ】


アンタねぇ……。「風紀チェック」に来た人間がジャージって、何のコントよ?

マリー・アントワネットもびっくりな厚顔無恥っぷりだったわ。


でも、怪我の功名ね。

まさかその腐った映画趣味が、あの鉄仮面の心のセキュリティをハッキングする鍵になるなんて。


運命の女神も、たまには悪戯が過ぎるわね。


さぁ、次はどうする?

サメの話で盛り上がる? それともドン引きされる?


「類は友を呼ぶ」……この言葉が吉と出るか凶と出るか、見ものよ♡

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ